twentyone



「あー! この前の保健室の人や!」
「えっ」

 私が宮侑くんに認知されるようになったと知ったのは、体調を崩した翌週のことだった。
 たまたま友達の代理で出席した委員会に彼がいたのだ。まだ人が集まりきっていない教室に入ってきた宮くんは部屋を一度見回して私を見つけるとそう言った。声大きいからちょっと恥ずかしいです、私。
 なんの迷いもなく私の隣に宮くんは座って、少し楽しそうにこちらへ身体を向ける。

「名前聞いてもええですか」
「名字、です」
「名字センパイ!」

 私の名前を反復した彼は、より一層上半身を近づけて、反対に今度は内緒話をするように小さな声で訊ねてきた。

「ほんまに北さんの彼女やないんですか?」
「⋯⋯ん!?」
「やって北さん部活じゃあんな風に優しい顔せえへんもん」
「それは、多分、私が同級生だからだと思う」

 その回答に身体をもとの位置に戻した宮くんは、まだ納得がいってませんと顎に手を当てた。

「北さんに彼女おるとかむっちゃおもろいと思うんやけどなあ。ちゃうんですか」

 バレー部における北くんの位置付けって。
 でもさ、北くんの彼女になれるような女の子は一体どんな子なんだろうね。

「⋯⋯私は、北くん好きだけど、北くんは多分、そうじゃないと思うから。だから、その期待にはこたえられないや」

 私の突然のカミングアウトに宮くんは目を見開いた。

「あー。北くんには内緒、ね?」

 どうせしまっておけない恋心だ。いつか消えちゃうまでは、せめて大切に。なかったことにはならないように。
 宮くんは「うす」と小声で頷いた。
 まばらだった教室が埋まって、委員会の担当の先生がやってきて、小一時間ほど過ぎると委員会は終わりを告げた。部活向かう宮くんを見送って、私も帰路につく。
 
 口にすると、思いの外あっけないものだなぁと、少しだけ拍子抜けした。もっと恥ずかしい気持ちになったりするのかななんて考えていたのに。
 来週から夏休みが始まって、ますます北くんとの接点もなくなって、そんなことしていたら受験勉強はますます佳境を向かえるし、もう私に恋する時間なんて残ってないんじゃないだろうか。
 ひっそりと想って終わってしまう恋なんだろうか。うっすらと茜色を差し始めた空に、私の恋心は持て余されるだけだった。


◇   ◆   ◇


 人の子なのだから、恋のひとつやふたつくらいしたっておかしくないだろう。そんなこと頭で理解はしているのに、宮侑は己が部の長である北信介がそんなことに身を投じる想像は一切出来なかった。

「⋯⋯北さんも恋とかするんやろか」

 ドリンク休憩の合間に呟いた小声に反応したのはその双子、宮治だった。

「なんやねん藪から棒に。きしょいわ」
「あん? きしょくないやろ! 健全な男子トークやんけ!」
「お前とは恋愛トークしたないわ」
「俺かてお断りや!」
「ならやめーや」
「ここだけの話やねんけどな」
「言うんかい」
「今日、保健室行っとったやん。そんとき北さん来てくれたんやけどな、隣に女の先輩おってな、むっちゃ北さんと仲良う喋っとんねん。むっちゃレアなもん見た思て北さんに彼女ですかーて聞いたんやけどちゃうって言われてな。そんでそっから考えたんやけど、北さんが恋愛するんとか想像できひんと思わん? 北さんもちゅーとかするんかな」

 宮治は顔をしかめた。部活中にそんなこと想像したくない。けれど実際片割れが言うように、想像できるかと言われればノーだ。

「⋯⋯そら、するやろ。人間やし」

 それでも、宮治が言うのはそれが限界だった。

「お前らなにしとんねん。休憩終わったんやからさっさとサーブ練始めえや」
「うおっ北さん」

 まじまじと見つめる。
 その視線に北は少しだけ怪訝そうに眉を寄せた。
 丁寧に、丁寧に。そんな風に物事をこなすこの人が、恋をして、振り回されて、悩んだり怒ったり、時には苦しくなったり、愛しくたまらなくなるなんてことがあるんだろうか。

「北さんは名字先輩のこと好きやないんですか」

 だからつい、口に出てしまった。考えることもなく、口が勝手に音を発したと言い訳をしたいくらいに、するりと。しまった、と思ったときにはすでに遅い。

「なんで名字さんのこと知っとんねん」
「あー⋯⋯今日の委員会たまたま一緒やったんです。そんで、保健室で会うたなあ思て、話しかけてみたんです」

 非常に気まずい顔をして姿勢を正す。

「好きやで」
「ですよね、そんなん言えませんよね、すんませ⋯⋯え? 北さん今好きって言いはりました?」
「おん。やから、あんまりちょっかいかけんといてな」

 耳を疑って、事実に驚愕する。そんなさらりと躊躇いもなく言うなんて。と宮侑は言葉をなくした。
 かくして、当人たちの知らぬところで互いの心を把握したのは宮侑となったのだった。

(20.02.06)
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