twentythree



『今日、うちのばあちゃんと会ったんやろ?』

 そう北くんから連絡が来たのは、日付が変わるギリギリのことだった。こんな時間に北くんが連絡をしてくるのは珍しいと思いながら、夕方にあった出来事を思い出す。

『うん。気分転換の散歩してたら偶然北くんのおばあさんに会ったんだ。荷物が重そうで大変そうだからお家まで運ぶの手伝ったんだよね』
『ばあちゃんから聞いたで。忙しいのにおおきにな』
『全然! いろいろお話しできて楽しかった! 北くんは今日もバレーだったんだよね? おつかれさま!』
『それもばあちゃんから聞いたで。ちょうどよく会えたら良かったんやけど、少し居残りしとったから送りも出来んでごめんな』
『いつも送ってもらったら悪いから気にしないで。それに今日はバスで帰ったから!』

 ここ最近ずっと連絡をしていなかったせいもあって、携帯を打つ手が止まらない。時間も遅いし、北くんだって勉強もあるだろうし、本当は長く続けるべきじゃないってわかっているのに、こうしていられる時間が嬉しくて、ついつい色んなことを話したくなってしまう。

『名字さんはちゃんと元気にしとる?』
『勉強ばっかりで辛いけど夏バテはしてないよ』
『せやったら安心やわ』
『でもなかなか勉強に気合いが入らないんだよね⋯⋯。再来週の模試に向けて頑張りたいとは思ってるんだけど』
『心配事でもあるん?』
『進路のこととか、あと普通にわからない問題いくつかあったり⋯⋯』

 そう言えば北くんは、進路どうするの? と聞こうとして、結局打てなかった。もし、関西以外の大学に行くと言われたら、落ち込みすぎていよいよ勉強どころではなくなる。長くなってしまったやりとりを見返しながらため息を吐いて、北くんだって忙しいしこんな時間だしずっとやりとりしているわけにもいかない。そうはわかってはいてもこうやっていられるのが嬉しくてどうしてもおやすみの方向へ持っていけない。
 そこへ突然、携帯が軽快な音を鳴らした。北くんからの電話だと理解した瞬間、私は慌てて通話ボタンを押した。

「もっ、もしもし! こんばんは!」
『はは、こんばんは。こんな時間なのに元気やね』
「突然でびっくりして元気になっちゃった」
『なんやねん、それ』

 携帯の向こうで北くんが小さく笑ったのがわかった。

『電話のほうが手っ取り早い思てかけたんやけど、大丈夫やろか?』
「あ、う、うん。大丈夫」
『遅くにごめんな』
「平気。起きてたから」

 携帯を介して聞こえる北くんの声。なんか変な感じ。耳の辺りがくすぐったい。いつもより近くにその声を感じて私の心臓はうるさい。

『そんで、電話した理由やねんけど』
「うん」
『名字さんが迷惑やなかったらでええんやけど、週末、部活早く終わる日あんねん。その日空いとったら一緒に勉強せえへんかな思て』
「えっ」
『無理にとは言わへんから予定あったら断ってくれてええよ』

 突然の誘いに、私は卓上カレンダーをまじまじと見つめる。空いてたらなんて、そんなの空けるに決まっている。

「空いてる! めっちゃ暇!」
『めっちゃ暇ってなんやねん』

 また北くんが笑ったのがわかって私の心臓がうるさく脈を打つ。体温が上昇するような感覚。
 そんな私を落ち着かせるように網戸越しに、夜風が部屋の中へやってくる。お風呂上がりの少し湿った髪に絡まるように。すんと鼻の奥をくすぐる夏の香りと共に胸の奥の方もくすぐられて、私は一瞬、北くんの声と共に世界から切り離された。揺れるカーテンや外から聞こえる車の音が現実を引き戻して、私は手の中にある小さな機械にただ、夢中になっていた。

「北くんと一緒に勉強したい」
『おん』

 紛れもない恋心は受験生にとって敵となるのか味方となるのか、私にはまだわからないままだけど、それでもこの人のことをもっと知りたいという気持ちに嘘はつけない。この感情から目をそらすことはできない。

『それだけや』
「うん」
『あんまり遅くまで起きとったらあかんで。暑いからって腹出して寝るのも禁止や』
「うん。ふふ、北くん、お母さんみたい」
『なんでやねん』
「ええ、いやいや、だってそんな。あっあと、北くんも同じだからね」
『おん』
「電話ありがとう。なんか楽しかった」
『俺もや』
「うん。⋯⋯じゃあ、おやすみなさい」

 満足感と名残惜しさが同時にやってくる。おやすみと言い返してくれる北くんの声を耳に焼き付けるようにしっかり聞きながら、電話を切った。
 きっと今日は幸せな夢しかみない。

(20.02.24)
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