twentyfive



 あれから何事もなく夏休みは終わりを迎えて、新学期は始まった。夏休み中も何かしら理由をつけては北くんに連絡をしてみようと試みてはみたものの、部活が忙しいかもしれないなんてことを考えると結局私から長々と連絡することも出来ず、稀に北くんから来る連絡に嬉々として返事をするのが精一杯だった。

「なんやもう本格的に受験ムードやんな」
「まあねぇ、もう9月だしね」
「なーんもせんと高校最後の夏が終わてしもたわ」
「私も勉強ばっかりだったよ」

 少し肌の焼けた友達は夏休み前よりも髪が短くなっていて、いつも毛先で遊んでいた指先が物足りなさそうだった。
 
「北くんと一緒に勉強したんやろ? ええやん、進展してるやん」
「うーん、でも結局一回きりだったしなあ。進展っていうか、平行線っていうか」
「北くん、名前んことどう思ってるんやろね」

 何気なく言った台詞であるとわかっているけれど、言われてみると恥ずかしくなってくる。北くんが私のことをどう思っているか。知りたいけど知りたくない。自分に都合の良い回答しか聞けそうにない。

「⋯⋯嫌われてはない、と思う」
「当たり前や! そんなんわかっとるわ。図書館デートなんてラブかライクかの2択や」
「う、え、そう、かなあ?」

 いまいち自信が持てないのは、北くんが優しい人だと知っているからだ。そもそも、気になる子がいるって言ってたし。

「ラブでもライクでもなかった時が怖すぎて⋯⋯」
「そんなんさすがにある程度気ぃなかったらせんやろ」
「そうだとめちゃくちゃ嬉しいんだけどさ、でもさ、北くんからこう、なんていうのかな、そういう雰囲気? みたいなのって感じないんだよね。友達として接してくれてるんだろうなっていうのがわかるっていうか」

 だから。私は北くんに対して大胆な一歩を踏み出せないんだろうか。

「聞いてみたらええやん」
「⋯⋯ん? え?」
「私のことどう思ってるん? て」
「いや、いやいや無理でしょ!」
「友達や言われたらこれからも仲良くしよなーでええし、好きやで言われたらラッキーやん? アタックせんと誰かにとられてしまうで」

 誰かにとられる。その言葉がやけに耳に残った。
 その言葉は纏うようにふとしたときに妙な気持ちを思い起こさせた。とられるのは、確かに嫌だ。でももし告白なんかをして振られて普通に話せなくなっちゃうくらいなら、今のこの関係が一番良いと思う。生温い、ちょうど良い場所で漂っていたいのだ。

「ちゅうかそこまで仲良くしといて友達でしたなんてオチ、おもろなさすぎて腹立つで。そんときはあたしが北くん殴ったるから安心しい」
「急に物騒」
「高校最後の夏はもうこないんやで? 高校最後の秋も何もせずに過ごしてええん? だめやろ。冬にはクリスマスとバレンタインっちゅう二大巨頭が待ってるねんで」
「いや私達受験生」
「恋にも浮かれて志望校にも受かる。それでええやん」

 強引だ。強引すぎる。とは思ったけれど、そのやりとりは自分が思っていた以上に私の行動に影響を与えていた。
 ただ、現実問題何かしらの理由がないと私は北くんと連絡をとることもないわけで、新学期が始まってから勉強ばかりの私にその"何かしらの理由"がやってくることはなかった。
 勉強教えてを常套句にして北くんの時間を邪魔したくはないし、友達が言うようにもう少し踏み込めるきっかけがあればいいのに。そう思っていた矢先の事だった。球技大会が始まるのである。残暑の厳しい時期ではあるけれど、そこに受験生先輩後輩は関係ない。
 黒板に球技大会の種目が箇条書きされて、自分の所属する球技には出られないというルールの下、私は真っ先に立候補した。そう、バレーボールに。

「北くん!」

 そうと決まれば。携帯で連絡をするよりも直接伝えてしまおうと、ホームルームが終わって北くんが部活へ行ってしまう前に北くんの教室へ急いだ。タイミング良く教室を出て廊下を歩いている北くんの後ろ姿を見つけて、私は慌てて北くんの名前を呼んだ。

「どないしたん? そないな嬉しそうな顔でこっちのクラスくるん初めてやん」
「今日のホームルームでね球技大会、私、バレーボールすることになったから早く伝えようと思って! もしよかったら極意を教えてもらえればと。⋯⋯クラス的にはライバルだけど」

 北くんはいつもと違う私の行動に少し驚いたようだったけれど、テンションが高い私にいつものように優しく「ええよ」と言った。

「なんでバレーボールにしたん?」
「北くんやってるの見て前からやりたいなって思ってたんだけど、体育でやってもなんか違うなって思ってて、考えたら私、きっと北くんとバレーしてみたいんだろうなって。あ、いや、もちろん足下にも及ばないレベルなんだけど、だから球技大会バレーに立候補して、北くんに少しでもバレーの楽しさ教えてもらえたらいいなと思って」

 北くんはそれに答えることをせず、少し何かを考えるように私から視線を外した。

「あっ北くんの迷惑になるようなら断ってくれて構わないからね」
「迷惑やないで。時間ちょっと調整してみるわ」
「本当に? 大丈夫?」
「おん。名字さんとバレーするなんて考えてもみたことなかったけど、想像してみたらおもろそうやな」

 そう笑う北くんにきゅんとした。私いま、完全に恋に浮かれてる。

(20.04.08)
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