twentyeight



 ふと目線を上げると、窓の外では雪が降っていた。
 そう言えば今日は朝から冷え込んで、夜にはもしかすると雪が降るかもしれないとネットニュースに書いてあったっけ。そうなれば確かここでは数年ぶりのホワイトクリスマスになるとかなんとか。
 そんなの受験生にとっては関係ないし気にしてはいけない事だとわかっているけれど、どうしても考えてしまう。こんな日にも北くんは部活してるのかなとか、北くんの家はクリスマスパーティーするのかなとか。
 自由登校となった今、北くんと会えるのは偶然学校ですれ違ったくらいだ。それだってほとんどなく、実際すれ違ったとしても久しぶりだね程度の会話で終わってしまうのだ。

「⋯⋯1年経つのか」 

 ちょうど去年の今日だった。北くんがうちのカフェに忘れ物をして夜に取りに来た日。あの日は北くんの名前も知らなくて、ただのお客さんで、そう言えば私あの時のプレゼントは彼女用だとすら思っていたんだった。北くんは1年前のこと、覚えてくれているだろうか。
 連絡してみようかな。部活終わってると良いけど。でも大事な用事じゃないし。けれど今日はクリスマスだから。だから少しくらい好きな人の声を聞いてもバチは当たらないはずだ。
 並ぶ連絡先から北くんを表示させる。深呼吸をしていざ、と心を決めたその瞬間、手の中にある携帯が震えた。北くんからの着信に私は慌てて通話を押す。

「も、もしもし!」
『夜にすまんな。今、ええ?』
「うん、平気」

 平気どころか、私も北くんに電話しようかなと思っていたところです。とはさすがに言えなかったけれど、重なりあったタイミングに運命的な何かを感じずにはいられなかった。

『勉強しとった?』
「うん。でも少し休憩したいなって思ってた時だったから」
『やったらちょうど良かったわ。少しだけ外出てきて欲しいんやけど』
「外?」
『今名字さんちのすぐ近くおるねん』
「え!? うちの、近く?」
『おん。もう目の前着いたけどな』
「ま、待ってね。すぐ行く」

 北くんの言葉に急いでコートを羽織って去年買ったお気に入りのマフラーを身に付けて外に出る。玄関の外には傘を差してダッフルコートにマフラーを巻きつけた、完全防備の北くんが立っていた。

「突然ですまんな」
「ど、どうしたの? 何かあったの?」

 珍しいと言うか初めての行動に驚いて心配する私をよそに、北くんは寒さで少し頬を染めながら朗らかな笑みを浮かべていた。

「会いに来たんやで、クリスマスやから」
「クリスマスだから?」
「プレゼント渡さないかんやろ」
「プレゼント? 私に?」
「おん。サンタさんや」
「北くんが、私の、サンタさん?」

 いろいろ整理が追い付かない私に、北くんはスポーツバッグの中から丁寧にラッピングされた箱を取り出した。止みそうもない雪の一粒が落ちては溶けていくのを視界の隅でとらえる。

「⋯⋯受け取っていいの?」
「受け取ってもらえへんかったら困るわ」

 壊れ物を触るようにそっと両手で受け取る。できる限り丁寧にラッピングをほどいて中を見ると、有名ブランドのハンドクリームとチョコレートボックスが入っていた。

「⋯⋯私何も用意してない」
「やりたくてやったことやからそんなん気にせんでええよ。女子の好きなもんとかよう分からんのやけど、それで気分転換になったらええと思て」

 嬉しいが募りすぎて感情が冷静を保てない。北くんはどんな気持ちで来てくれたんだろう。それを考えるとどうしても気持ちは速まってしまう。

「すっごく嬉しい。本当にありがとう」

 北くんは優しく笑う。

「去年は名字さん一生懸命働いとったもんな」
「覚えてたの?」
「さすがに1年前のことは忘れへんて」
「だってあの時は私たち全然接点なかったから」

 北くんは一歩私の方に歩んで差していた傘を私の方へと傾けた。傘の下で縮まった距離は何だか世界から私たちを隠しているようだ。

「自分と同い年の女の子が働いとるなんて偉いな思ってたんやで」
「え?」
「忙しくても笑顔で対応しとって、色々気ぃつこてくれて。やから学校で見つけた時はほんまに驚いたわ。名字さんのこと知ってからもう1年経つんやな。今年はもう会えるの最後になるやろうから言うとくわ」

 北くんがそっと手を伸ばして私の肩に積もっていた雪を払う。自分が誉められているという実感もないまま、北くんを見上げる。

「名字さんと仲良うなれて良かったわ」
「わ、私も! 私も北くんと仲良くなれて良かったなって思ってる」

 北くんは満足そうに口角を上げてまた私から距離をとった。

「ほな行くわ。いつまでもおったら勉強出来へんしな」

 赤い服は着ていないけど、トナカイはいないけど、白い髭もないけれど、紛れもなく北くんは私のサンタさんだった。
 もっと何か、この気持ちを適切に表現できる言葉を伝えたいのに何も言葉にならない。だからやっぱり今は頑張るしかない。頑張って頑張って、胸を張って頑張りきったと言えた時、きっと私はちゃんと北くんに言える。言えなかった言葉も、言葉にならない想いも。

「北くん!」

 少し遠くで北くんが振り返る。

「来年もよろしくね!」

 北くんの柔らかい笑みと私の言葉は雪に消されるように冬の夜に溶けていった。

(20.04.24)
priv - back - next