twentynine


 
 年が明けてすぐに春高バレーは始まる。三が日を北くんはどんな風に過ごしたのかは知らないけれど、明日から始まる試合に北くんはもう東京にいるのだろう。
 クリスマス以降、やり取りしたことと言えば"明けましておめでとう"というありきたりなやりとりだけだった。もちろん私は受験生なので東京まで応援には行けないから、北くんの試合の動向はテレビ中継で知るしかない。北くんは今日という言う日でも、北くんらしく過ごしているんだろうか。
 問題集を解きながら、連絡をしてみようかとも思ったけれど結局何の連絡もできないまま、そして北くんからの連絡もないまま日は経ち、稲荷崎の試合が今、始まろうとしていた。
 

◇   ◆   ◇


 北くんだけじゃなくて私の知っている宮くんたちがテレビに映っているのを見るのは凄く不思議な気分だった。この人たちは凄い場所で凄いことをしているんだと思った。私はバレーのことは少ししか分からないし、北くんがどんな気持ちでコートに立っていたのかもわからない。これまでどんな風にバレーと生きてきて、これからどうするのかも。
 12人が立つコートの中で北くんが映る瞬間は決して多くはない。それでも私は、しっかりと目に焼き付けるように見つめた。これが北くんの継続の結果なんだ。これまで北くんが丁寧にやってきたものの表れ。
 北くん。北くんは私のこと偉いって言ってくれたけど、私だって毎日をちゃんと生きている北くんが偉いと思うよ。言葉を交わしてから1年。それはまだ短い時間だけど、私、この人のことを好きになれて良かった。
 1点1点がゆっくりと、しかし確実に蓄積されていく。時間の経過と共に試合は佳境を迎えようとする。最後まで勝者であり続けられるのはたった1校のみ。勝負における揺るぎない事実だ。あの中で息をするのはどんな気分なんだろうか。きっと私には永遠にわからないことだろう。

 そして対烏野戦において稲荷崎は敗北し、戦いは終わりを迎えた。


◇   ◆   ◇


 北くんから連絡が来たのは次の日の夜のことだった。

「もしもし」
『もしもし』
「北くん」
『おん』

 何から話せばいいんだろうと迷っている間に、先に話題を口にしたのは北くんだった。解きかけの問題集を1度閉じて、窓の外の月を見つめた。

『試合、見とった?』
「もちろん」
『負けてしもたわ』
「うん」
『すまん、それだけやねん。勉強で忙しいの分かっとったんやけど、無性に名字さんの声聞きたなって』

 北くんの声は決して落ち込んでいるものではなかった。それどころが何処と無く清々しささえ感じられる。けれど時折滲む悔しさみたいなものに、やっぱり私には北くんの気持ちを理解するのは難しいんだろうなと思った。

「あのね。私ちゃんと見てたよ。北くんのこと全部ちゃんと見てた」

 私は北くんのような場所には立たない。けれど私には私の勝負の場所がある。私にも毎日積み上げてきたものを出す場所がある。北くんのそれとは似て非なるものだけど、私はそこで毎日の繰り返しの成果を出すのだ。

「次は私の番だよ。頑張るから」

 電話の向こうで北くんが笑った気がした。

『やっぱり電話して良かったわ』
「え?」
『こればっかりは見てあげられへんけど、名字さんがちゃんとやってきたん知っとるから』
「うん」
『やから期待しとるで』
「あはは。うん、期待に添えられるよう頑張ります。あ、そうだ言い忘れてた」
『ん?』
「北くん、めちゃくちゃ格好良かった」
『いきなりそんなん照れるわ』
「本当のことだから。あと私も久しぶりに声聞けて良かったよ。それじゃあ、また」
『おん、またな』

 そして数日の後、私の勝負の日々が始まった。
 センター試験を終えて、自己採点と志望校への願書提出。二次試験に向けてまた勉強。目まぐるしい毎日に、差し迫る卒業のことさえ忘れてしまいそうになる。
 節分もバレンタインも吹っ飛ばして、それからさらに1ヶ月ほど経った頃、前期試験の結果が出る。家の事を考えるとどうしても国公立の大学がいい。後期は倍率が全然違うからこの前期が私の勝負の山場だ。センターの結果からの判定はBだったけれど二次試験の手応えはそれなりにあった。私の志望する大学は二次にも配点の重きを置いている。だから受かる可能性は十分にある。
 合格発表当日昼12時、自分の部屋にあるパソコンから合否結果のページを見る。試験中に緊張しなかったのは多分、北くんのおかけだ。いつもやっていることをいつも通りにする。それは努力を重ねてきたこれまでの自分を信じることなんじゃないかな。そう思うと自然と心は落ち着いた。北くんは私がそう思ってることなんて考えもしないんだろうけれど、私はやっぱり北くんがいたからより一層頑張れたと思うんだ。
 ゆっくりとスクロールして、自分の受験番号を探す。飛び飛びの番号。連なった番号。自分の番号が近づいてくる。ああ、テレビだったらここでコマーシャルが入るんだろうななんて事を考えながら自分の緊張を落ち着かせて、そして。

「名前おめでとう!」
「お、お兄ちゃん?」
「受かってたな」
「本当に?」
「見てないのか?」
「今確認してる最中で⋯⋯あ、本当だ。⋯⋯ある。あった。受かってる⋯⋯受かったんだ、私」

 勢いよく部屋に入ってきたお兄ちゃんから合否を聞くとは思ってもいなかったけれど、改めてパソコンに表示される自分の受験番号を見る。喜びと安堵が駆け巡り、そして思い浮かんだのはやっぱり北くんだった。
 私にはまだ終わっていないことがあるから。でもこれでようやく言える。胸を張って言いたいこと、聞きたいこと。もう一頑張り。私の最後のやらなくちゃいけないこと。

(20.04.24)
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