three



 私が北くんのことを知ったのは、それからしばらくが経ってからだった。
 彼は相変わらず忘れた頃にカフェにやってきて、私は彼の事を知らないまま高校3年生になった。桜の花が散って、新緑が芽を出し吹く風も爽やかな匂いに変わる頃のことだ。

「なぁ、名前週末予定空いてへん?」
「なにかあるの? 一応カフェの手伝い頼まれてるんだ」
「一緒にうちの高校のバレーの試合観に行ってくれへんかなって。ちょっとでもええんやけど、どお?」
「バレーの試合? 時間は調整出来るんだけど、私スポーツ全然詳しくないよ?」
「ええねんええねん。あたしも詳しいわけやないし。あんな、1個下の宮兄弟って知っとる?」
「1個下の宮⋯⋯? ごめん、わからないや」
「双子やねんけどな、めっちゃかっこええねん!」

 なるほど話が見えた。その名前を出したとたん目を輝かせる友人に、宮兄弟は知らないが、いわゆるイケメンだと言うことは悟った。

「名前にも2人の魅力わかってほしいねん。やから一緒に行こうやぁ」
「んーじゃあそこまで言うなら行こうかな」
「ほんまに!? よっしゃ、そしたら後で詳細送るわ。女バレの友達に色々聞いとるから任せてや」
「わかったよ」

 そうして友人に誘われて行ったバレーの大会に彼はいた。最初こそ、誘ってくれた友人のためにも宮兄弟の活躍を拝まなくてはと必死だったけど、その人が目に入った瞬間、私は驚きでそれどころではなくなってしまったのだ。

「ちょ、今のめっちゃ格好ええと思わへん? なんなん。あんなんやばいわ⋯⋯って名前どないしたん? 具合でも悪いん?」
「えっいや⋯⋯あの、1番のユニフォーム着てる人⋯⋯」

 アリーナからコートの中にいる彼を指差す。確かに、彼だ。時折やってくる兄の店の常連の、私と同い年くらいの男の子。名前も学校もどこに住んでいるのかも知らない彼が、今、いつものカフェの中ではなくこの広い体育館の真ん中にいるのだ。

「1番って、北くん?」
「知ってるの?」
「1年の時クラス一緒やった」
「下の名前は?」
「確か信介やった気がする」
「北信介くん⋯⋯」
「え、なん? もしかして好みのタイプなん?」
「あ、や、違くって。あの人⋯⋯北くん。うちのカフェに時々来てて。顔馴染みなんだけど、名前も学校も知らなかったから。まさかうちの生徒だとは思わなかったよ」
「クラスまではさすがに知らんけど、顔見たことないっちゅーくらいやから結構教室離れとるんかもね」

 私の驚きとは反対に、友人はあまり驚いた顔をしないまま「にしてもそんなこともあるんやねぇ」と言った。稲荷崎高校は1学年の人数がかなりいるし、卒業まで知らないままの人もたくさんいる。だから3年生になっても知らないままの人がいたところでおかしくはないんだけど。
 でもカフェでは会っていたのに学校では全然会わないとか縁があるのか無いのかわからないや。

「主将やないんかな」
「え?」
「北くん。女バレの友達と一緒に部長会議に出とったの見たことある」
「そうなの? 確かにしっかりしてるし、そういうの合ってそう」

 私の知っている北くんはカフェでご飯を食べたり勉強をしたりする北くんだけど。

「友達に聞いとこか?」
「なにを?」
「クラス」
「いいよ。知ったところでだもん」
「北くん、案外名前との相性ええと思うんやけどなぁ」
「えー、そう?」
「やって名前、しっかりしてそうに見えて意外と抜けてたりずぼらなとこあるやん?」
「それは⋯⋯言い返せない」
「あたしも北くんのことよう知らんけど、几帳面っちゅーか、年のわりに落ち着いとるっちゅーか。そこらへんが上手くバランスとれるんちゃうかなって。まあ分からんけど」

 もちろんこれから先、自分と北くんの関係性がどうこうなるなんて思ってもいなかったから、この時はまさかなんて言って笑って受け流した。
 だってこの時は本当に北くんのことを常連のお客様としか思えていなかったのだ。

「ま、あたしには侑くんと治くんがおるからな! 北くんの応援は名前に任せたるわ!」
「えっ」
「ええか、勝負は勝ってなんぼや。いくら稲荷崎が強かろうと勝負の世界に絶対なんてもんはない。コートの中で一生懸命戦っとる選手らに対してあたしらが出来ることは精一杯応援することや」
「⋯⋯すっごい格好いいんだけど、まさかそんなに熱量持ってたなんて知らなかったから今ちょっと驚いてる」

 そんな友達の応援のお陰か否か、稲荷崎は順調にトーナメントを勝ち進むのであった。
 この日、私が常連の彼の名前を知ってからしばらく彼はカフェに顔を出さなかったけれど、関西が梅雨入りする前のよく晴れ渡ったある日に、北くんはまたひょっこりとカフェにやってきた。

(18.06.22)
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