four



 晴天が続くと梅雨が来なければ良いのにと思うけれど、毎年やつらはやってくるので今年もまた例外ではないのだろう。梅雨が来てしまう前に晴天を楽しもうと思いながら具体的な案もないまま、私は今日もカフェの手伝いに励んでいた。

「いらっしゃいませ」

 入口のドアにいたのは北くんだった。改めて彼を見るのは友達に誘われて観に行ったバレーの試合以来だ。しかも北くんは私があの場にいたことを知らないし。そもそも私が同じ学校の生徒だってこと知らないんだ。

「えっと⋯⋯ご、ご案内しますね!」

 その事実を知らないまでは普通にやれていたのに、いざ同級生だと知ると仕事がやりにくくなる。お客様と店員という立場はあるけれど、どうしても頭の中に同級生という文字が浮かぶのだ。

「アイスコーヒーを1つお願いします」
「かしこまりました」

 北くん。とその名前を呼んだら彼は驚くだろうか。同じ学校なんだよと言ったらどんな反応をするんだろう。
 そんなことをぼんやりと、それでもずっと考えたまま、アイスコーヒーをトレーに乗せて北くんの座る席に持っていく。お待たせしました。普通だったらそう言った後その場を去るのに、言おうか言うまいか迷っている私はアイスコーヒーをテーブルに置いても北くんの側から離れられないままだ。
 明らかに不審者である。立ち去らない私に気がついたのか、北くんも少し首を傾げながら私を見上げた。細い髪の毛がさらりと揺れる。

「す、すいません。⋯⋯えっと、あの」

 こうなってはもう言うしかないなと勢いに任せて口を開く。

「私、稲荷崎高校の生徒で、3年生でつまり⋯⋯北くん、と一緒の学校なんだ」

 笑顔をつくることには慣れていたはずなのに、どういうわけか上手いこと笑みを作れない私はとりあえず口角を上に上げるのに必死だった。だってよくよく考えてみたら、だから何? って感じだし。一緒だから何。一緒だから友達になりましょうというわけじゃないし。

「⋯⋯な、なので、校内で見かけることもあるかもしれない⋯⋯です」

 考えて導き出したオチはこれだった。2年も通った学校で見かけたことないんだから何を今さらって話だけど。

「知っとったよ」

 そんな私の思いをよそに、北くんはさらりとそう言った。

「え?」
「一緒の学年なの、知っとったよ」
「ほ、本当に?」
「廊下ですれ違ったこともあるんやで。名字さんこっち見いひんから気づいとらんのやろなと思っとったけど、やっぱりやったな」

 北くんはちょっと得意気にいった。うそ。全然気が付かなかった。確かに周りあんまり気にしないよねって言われることもあるけど、だからって北くんが私に気が付いていたなんて夢にも思っていなかった。それに。

「私の名前まで知ってるなんてびっくり」
「それは⋯⋯ずっとそこに書いてあるやん」

 北くんか指差したのは私のエプロンの胸元にある名札だった。

「あ⋯⋯そっか」
「なんや名字さんしっかりしてて抜けてるとこあるんやな」

 似たようなことをつい最近友達にも言われたなと思いながらこの間のことを話に出した。

「⋯⋯私、この前の北くんの試合観に行ったんだよ。実はそこで北くんのことちゃんと知ったんだ」
「来とったん?」
「友達に誘われてなんだけど」
「それは気が付かへんかったわ」
「ギャラリーたくさんいたしね」
「次来る時は声かけたってな」

 あ、次もあって良いんだ。と少し驚く。じゃあ、校内で見かけたら声かけてね、と言おうとした時、お客さんが来店した。

「あ、ごめん。仕事に戻らなくちゃ。長々とごめんね! またゆっくり話でもしようね!」

 北くんはうっすらとだけ笑って頷いた。
 私の知ってる北くんはカフェにいる北くんで、学校にいる北くんのことや部活をしている北くんのことは知らないままだ。

「昨日、北くんとちょっとだけ仲良くなっちゃった」

 だから次の登校日のお昼に嬉々として友達に報告すると、彼女は驚いた顔をして「ほんまに!?」と顔を近付けた。

「あの北くんが!?」
「あのって?」
「やってあたしの知ってる北くんって表情薄いっちゅーか、なに考えてるか解らんちゅーか、淡々としてるっちゅーか、めっちゃ真面目なんやけど、真面目すぎて近寄り難いちゅーか⋯⋯」
「そうかな?」
「いや確かに名前には合いそうやなって試合ん時はゆうたけど⋯⋯」
「意外と北くん笑ったりするよ。声出してとかじゃなくて微笑むって感じだけど」
「向こうも気があるんとちゃう? 北くんからそういうの全然想像出来ひんもん」
「それはないって! だとしたらちょっと理由がわからなさすぎる!」
「カフェの店員に一目惚れなんてよくある話やろ」
「よくないと思うけどなぁ」

 そもそも北くんは私のこと知っていたのに、私が話しかけるまで何もアクションなかったんだから、やっぱりそれは違うと思う。
 それにもしかすると私達は友達にすらなれていない店員とお客様という関係性のままかもしれないのに。
 そんなことで盛り上がった次の日、関西が梅雨入りしたと言うニュースが流れた。例年より1週間ほど早い梅雨入りだそうだ。

(18.06.25)
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