long time no see
大学生ってもっと自由だと思っていたけれど、いざなってみれば単位取得にバイト、友達付き合いをしながらこなす課題で1週間はあっという間に過ぎ去っていく。
もうしばらく北くんに会えていないし、そろそろ会いたくて仕方ないんだけどと思っていたタイミングでカフェに北くんがやってきた。いつもは事前に行くと知らせてくれる北くんが私に何も告げずにやってきたのはこれが初めてのことだ。
「な、なんで?」
突然のことにバイト中ということをすっかり忘れて、私は「いらっしゃいませ」の言葉すら言えなかった。驚いてまじまじとその姿を見つめる私の様子に、北くんは微笑ましげな顔つきで言う。
「驚いた顔が見たかったんや」
「すっごく驚いたよ」
「せやったら大成功やな」
空いている席を案内すると、いつものメニューを頼んだ北くんは鞄からクリアファイルを取り出した。恐らく課題が書かれたレジュメ達だろう。
「来るってわかってたらもっと化粧気合い入れたのに」
「気合い?」
「だって少しでも可愛いって思われたいし」
「十分可愛えよ。それにこれ以上可愛くなったら困るわ」
「どうして?」
「周りの男に嫉妬してまうやんか」
北くんは時々こっちが反応に困るような台詞をさらりと言ってしまうから参る。もちろん嬉しいとも思うんだけど正解の反応がわからなくて、私は今でもそれに慣れないままでいる。
(嫉妬⋯⋯北くんが嫉妬⋯⋯むしろ見たい⋯⋯)
あまりにも軽快な口調。本当に北くんは嫉妬なんてするんだろうか。そもそもそういう感情を持ち合わせているんだろうか。むしろ北くんが嫉妬するところちょっと見てみたいような。でもそんな高度な恋愛テクニック私は持ち合わせていない。あったところで、北くんを困らせるようなことはしないけれど。とひとしきり考えたところで私は言う。
「だ、大丈夫だよ。私モテないし」
北くんはじっと私の顔を見つめた。どちらかと言えば私の方が北くんが格好良すぎて心配って言うか、自分の知らないところで他の子にキャーキャー言われていたらどうしようかなって言うか、嫉妬しちゃうって言うか。多分、北くん自身はそんなこと考えてもいないだろうけれど。
「いや、せやけど俺にはモテモテやで」
至極、平然と北くんが言う。
北くんが言うジョークってたまに笑って良いのかダメなのか分からない時があるけれど、今回のそれはどちらにも当てはまらなかった。若干素と言うか、穢れない心から言っているんだろうけれど、ぶつけられた言葉に私は照れる。
「⋯⋯モテモテですか」
「モテモテやな」
でもやっぱり北くんの口からそう言う俗っぽい単語が出てくるのが面白くて、結局私は堪えきれずに笑ってしまった。
「モテモテ⋯⋯ふふ」
「名字さん?」
「あ、ごめんね、北くんがモテモテっていうのちょっとツボに入った」
「そんなおもろいこと言うてるつもりやなかったんやけど」
「そうなんだろうなっていうのも含めてちょっと面白かった」
たまに抜けていたりちょっとずれた返答があったり、完璧を地でいくような北くんがちゃんと完璧ではないことを私は日々知っていく。
それはとても人間味を帯びていて、どんな人にも弱くて柔らかい部分があるのだと実感させてくれた。人によって、北くんは完璧で隙がなくて非の打ち所がないみたいに思うかもしれないけれど実はそんなことはないのだ。
「あ、でも私には北くんモテモテだから」
「⋯⋯これは、なんやろ、笑ってまうな」
「ほら、やっぱり笑っちゃうよね」
一緒にいられる時間は決して多くはないけれど、それでも重ねていく時間は私たちをより近付ける。知らなかったことを知って、新しい発見に心を躍らせて、また一層好きになる。北くんといる日々はその繰り返しだ。
「お互いにモテモテならこれはもうずっと一緒にいるしかないね」
平日の昼下がり。窓の外は外勤中の会社員が往来する様子が見える。小さく流れるBGM。人の閑散とした店内。ゆっくりと時間は流れて、積もっていくのは好きという感情。
「せやな。離れられへんな」
北くんが笑う。私の好きな笑い方。長く続く未来は私にとってまだ未知だ。それでも大人になっていく要所要所に北くんがいるのかなと思うと続く未来は明るいものでしかない。
「あっやばいそろそろ仕事戻らないと」
「おん。頑張ってな」
来店者を告げる音が鳴って、私は北くんの恋人からカフェの店員へとスイッチを切り替えて接客をした。
そして久しぶりに北くんと過ごせる時間に思いを馳せながらもう一息頑張って、また私は北くんの恋人に戻るのだ。
(20.10.30)