six



 週に1回ほど頼まれる買い出しは嫌いじゃないけれど、今日のように量が多いとさすがに嫌になったりする。
 兄から手渡された買い出しリストのメモ見ながら必要なものをカゴの中にいれる。必要な物をほとんど入れた黄色いカゴは8割ほど埋まっていて、これを持って帰るのだと考えると少しばかりゾッとする。絶対に重いやつ。
 とりあえず残りの必要品を見つけようとお店の中を歩き回ると、私は数メートル先に北くんがいることに気が付いた。始めこそ自分の目を疑ったけれど、あれは北くんだ。声をかけるべきか見なかったフリをするべきか迷っていると、こちらを見た北くんと目が合う。そうなってしまっては無視をするわけにもいかないと私は声をかけた。

「き、北くん。こんにちは」
「なんや驚いたわ」
「私もびっくりしたよ。まさかスーパーで会うとは思わなかったし」
「バアちゃ⋯⋯祖母に買い物頼まれてて、部活終わりに寄ったんよ。名字さんは?」

 ああ、だから部活ジャージを着ているのかと納得して、北くんからの質問に答える。

「私もカフェの買い出し。お互い似たようなものだね」
「量は全然ちゃうな」
「可愛くない量だよね。今日は結構多くて」
「一人で持って帰るん?」
「んー⋯⋯まあ、一応」
「手伝おうか?」
「えっ、いいよいいよ。おばあさん待ってるだろうし、部活終わりに悪いし」
「⋯⋯名字さん、本当にそれ一人で持って帰れるん? その量持てるん?」
「うっ⋯⋯それは⋯⋯」
 
 持てなくはない。多分。持とうと思ったら気合いで持って帰る。しんどいし疲れるけど。今までだってそうしてきたし。だけど北くんの澄むような瞳で当然の如く言われると「持てません」と言いたくなる。私は何故かお母さんに叱れた時のような気分になりながら答えた。

「⋯⋯多分、持てなくはない。でも大変だし、しんどい。誰かが⋯⋯北くんが手伝ってくれるなら凄く助かるし嬉しいけど、おばあさん待たせたり北くんが疲れてるとかならやっぱりその申し出を受け入れて迷惑をかけるのは嫌だなって思う」

 胸のうちを素直に吐き出すと、北くんはようやく納得して返事をした。

「時間はあるし、疲れてへんよ。やから大丈夫」

 嬉しいが一つ落ちてきて、コロンと転がったのが自分でもわかった。だけど蓋をするように無視をして、私は北くんにお礼を言う。

「じゃあ、急いで残りのも揃えるね」
「まだあるん?」
「もう少しだけ」

 北くんと隣に並んでスーパーを歩くと言うのはどうにも妙な感じがするけれど、買い出しを終えて両手に荷物を持ってくれる北くんとカフェに向かおうとするのはもっと妙な気分だった。

「名字さんは出身どこなん? こっちの出身やないやろ」
「神奈川。2年前の高校進学のタイミングでこっちに引っ越してきたの」
「1人で?」
「ううん、兄と。うち母子家庭でね。中学の時にお母さん死んじゃったんだけど、兵庫にはお母さんの実家があって。それもあってこっちに。あのカフェは兄のお店で、だからよく手伝ってるんだ。あっ、気使わないでね? この話するとよくごめんって言われて気を使わせちゃうんだけど、私は平気だから。平気っていうか、何も思わないわけじゃないけど、それで人に気を使われるのは違うっていうか」
「余計な気は使わへんよ。使われるほうがしんどいやろ。他人に気ぃ使われて、本人がどうなるもんでもないしな。それに話してもええって思ったから言ってくれたんやろ」
「うん」

 だけど北くんはそれ以上深いことを聞いてくることはなかった。大変だったねとか、大丈夫だとか、無理しないでねだとか。そういう言われ続けた言葉を北くんは1つも言わなかった。
 人によってはもしかしたら冷たいととらえるのかもしれないけれど、私にとっては北くんの対応はとても嬉しかった。

「神さんはちゃんと見とるで」
「え?」
「俺は名字さんの頑張りとか努力とか辛さとかよう知らんけど、神さんは、誰かは名字さんのことちゃんと見とるよ」

 私は不覚にも、ちょっと泣きそうになった。まるで北くんが神様だ。菩薩だ。仏様だ。私と同い年なのに、私より全然しっかりしている。

「すごいね、北くん。達観してるっていうか、大人だね」
「うちのバアちゃんの言葉やけどな」
「素敵なおばあさんだね」

 北くんはおばあちゃん子なのかな。だとしたら落ち着いているところもなんとなく納得がいく。
 梅雨の合間の湿度の高いよく晴れた日は、じんわりと汗が滲み出る。肌に感じる汗をちょっと恥ずかしいなと思いなかがらカフェの前にたどり着く。扉に掲げられたclosedの文字をそのままに、鍵を開けて中に入った。

「今日、休みなん?」
「兄に予定があって今日は夜だけの営業なんだ。もしまだ時間あるならお礼も兼ねてコーヒーでもどうかな? 紅茶でも軽食でも北くんの好きなものどうぞ」

 自分たち以外誰もいない閉店中のカフェが物珍しいのか、北くんは知っているはずのお店の中を見渡していた。いつも以上に静かな空間に時計の針の音がやけに響いている。

「気にしてないでいいよ。もし時間がないならまた違う時にでもお礼するし」

 北くんは少し悩むように時間をおいたあと、私の目の前のカウンターに腰をおろした。それを見届けて私はカウンターの向こうから笑いながら北くんに声をかける。

「さて、ご注文は何になさいますか?」

(18.07.02)
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