休日お昼のおにぎり宮は平日の夜とは少し雰囲気が異なる。常連さんも多いし、親子で来ている方々もいるし、賑やかさが増してお正月とお盆が一緒にやってきたみたいだといつも思う。
「あれ、おじさんのお孫さんですか?」
いつも会うおじさんに挨拶する。常連のおじさんは大抵1人で来ていて、時々奥さんと一緒にいる時もあるけれど、小さい男の子と来店しているのを見るのは初めてだった。
「せやねん。大阪に住んどる娘が孫と一緒に遊びにきとってな」
「いいですねえ。こんにちは、隣に座ってもいい?」
「ええよ〜!」
男の子に声をかけてからその隣に座る。小学生低学年だろうか。笑顔で治さんの握ったおにぎりを頬張って食べる様子が可愛い。
「姉ちゃん何食べるん?」
「鮭にしようかなって思ってるよ」
「おれはな、おかか食うてる」
「おかかも美味しいよね」
「姉ちゃんわかっとるな」
得意気に話す無邪気さに癒されながら治さんに鮭のおにぎりをお願いして、男の子と談笑を続ける。
夜のしっとりとした雰囲気のおにぎり宮も好きだけどこうやって賑やかな雰囲気も好き。いつ来ても好き。全部好きだけどなによりも治さんがいるから好き。
1週間分の疲れが浄化していくのを感じながら温かいお茶を飲んで一息つく。
「名前、鮭だけでええの? 他に食べたいもんあるなら握るけど」
「あーえっと、どうしようかな⋯⋯」
最近ちょっと体重増えたんですとは言えずに曖昧に濁す。
お昼だしもうひとつくらいは食べても良いよねとおかかのおにぎりとお味噌汁を治さんにお願いした。
「おかかと鮭な」
「隣で美味しそうに食べてるの見たらおかかも食べたくなっちゃいました」
「治! おれも卵焼き食いたい!」
「今焼くで待っててな」
治さん忙しそう。そう言えば新米が届いたって言ってたしそれもあるのかな。お昼の時間が過ぎれば少しはゆっくり出来るだろうけど夜の準備もあるだろうしと私はあまり治さんき話しかけないようにしながら、男の子と他愛もない話をする。
「姉ちゃんとは食の好みが合いそうやな」
「そうだね。鮭もおかかも美味しいもんね。卵焼きも美味しいし決められないよね」
「そうや! 姉ちゃんおれと結婚しようや」
「えっ」
「お母ちゃんが言うてた。食べもんの好みが合う人はじゅーよーやって! おれな、お嫁さんほしいねん。服汚して帰ってきてもお皿片付けなくても靴揃えんでも怒らない人! そんで毎日おれの好きな食べ物出してくれるねん」
「確かに食の好みは重要だ⋯⋯」
でもそれ以外は結婚しても多分怒られるよという言葉を飲み込む。
「姉ちゃん好きな奴おるん?」
私は一瞬治さんを見た。私の視線に気が付かないまま卵焼きを焼いている姿を見てどう答えようかと考える。この場所で「いるよ」っていうのはちょっと恥ずかしいし。
「んー⋯⋯いるような、いないような、いるような?」
「せやったらじゅーはちになったら迎えに行くでここで待っとって」
初めこそ動揺はしたけれど一生懸命に話すのがやっぱり可愛い。待つのはここなんだとか。ちゃんと18歳ってわかってるんだとか考えれば考えるほど可愛さが増す。
「じゃあ18になるまで待ってようかなあ」
「おいおいおい。何を言うとるん。それはアカンで」
「治なんで邪魔すんねん! いまめっちゃええとこやねんから」
「この姉ちゃんは俺のや。名前もなんでそこはむっちゃかっこええ彼氏おるって言わんねん」
そんな中意外な反応を示したのは治さんだった。卵焼き焼いてるし絶対に会話なんて聞いていないと思っていたのに、治さんは私と男の子の間に割って入るようにして卵焼きのお皿とおにぎりの乗ったお皿を置く。
「なんで治のなん」
「そらラブラブやからなあ。なあ、名前」
「えっと⋯⋯」
見せつけるように私の肩に腕を回す治さん、大人気ない。ムスッと頬を膨らませる男の子の様子に治さんはニヤニヤと笑う。
「治さん、大人げないですよ⋯⋯」
「これは男と男の問題や。いくら子供と言えど名前を渡すわけにはいかん」
「いやいやいや⋯⋯」
「けってーけんは姉ちゃんにあるんやで!」
めんどくさい問題が勃発しているなと思いながらおじさんと目が合うと「ええなあ。ラブラブやなあ」と同じようにニヤニヤしていた。もう本当にただただ恥ずかしいんですけど。そもそもこれ絶対に治さん楽しんでる。
「治さん、私も含めてからかわないでください!」
「やって事実やん?」
「姉ちゃんは治が好きなん?」
子供はこういう疑問をストレートにぶつけてくるから怖い。答えはひとつしかないってわかってるのに、出し惜しむように言葉につまる。
「⋯⋯好き、だね」
小さな声でそう言えば治さんは満足そうに笑った。
「ほれ、聞いたやろ。この姉ちゃんは俺んこと好きで好きでしゃあないんや」
「⋯⋯おれはめっちゃかっこええ大人になるけど治なんてこれからおっさんになるだけやん」
「な、なんやと……!」
子供相手に本気にならないでほしい。そういうたまに子供っぽいところちょっと侑さんに似てる。同じDNAだしそんなものか。まあそういうところも好きだから良いんだけど。
「子供と子供やな⋯⋯」
「ですね⋯⋯」
2人が言い合うのをおじさんと聞きながら私は先に治さんの握った新米のおにぎりを口に運んだ。
「はーっ、今日もおいひ⋯⋯」
その独り言は作り手には届かないけど、ここが私の癒しの場所。
(20.11.19 / 60万打企画リクエスト)