表の暖簾を下げて少しすると、治さんの言っていたように侑さんがやってきた。「来たで〜」と言うと同時に私を視界に入れた侑さんは、治さんと同じように驚いた顔をして「名前ちゃんやん!」と治さんとは全然違うテンションで私の名前を呼んだ。

「お久しぶりです」
「久しぶりやなあ。元気やった?」
「はい。あ、そう言えば見ました!」
「なにを?」
「試合です。動画配信サイト登録したんですよ」
「ほんまか!」
「私、バレーの一般的なことしか知らないですけど、とにかく侑さん凄かったです! もうめちゃくちゃかっこよかったです! サーブもそうだし、レシーブが乱れてもちゃんと次のアタックが打ちやすい場所にトスしてて、安心して見られるっていうか、しかも次は誰がアタックするのかなって思ってたら侑さんがツーしてこっちが驚かされたり、もうすっごく楽しかったです」

 あふれでる感想を矢継ぎ早に言う。何の気なしに動画を見てこんなに楽しいと思うなんて実際、自分でも想像していなかった。
 そして侑さんもまさか私が有料の動画配信サイトにアカウントを作るとは思ってもいなかったのだろう、私の感想に侑さんはお腹を抱えて笑っていた。

「むっちゃハマってくれとるやん!」
「バレーなら俺もやっとたんやで」
「えっそうなんですか?」

 侑さんの前におにぎりを置きながら治さんが言う。

「同じチームでな」
「それは豪華ですね⋯⋯」

 きっと女の子に人気だったんだろう。この2人が同じコートにいることを想像するだけで黄色い悲鳴が聞こえてくるようだ。

「やけどコイツむっちゃ面倒やから大変やったんよ」

 そう言って治さんは本当にめんどくさそうな顔をして侑さんを指差す。

「そうなんですか?」
「なんやサム嫉妬か。男の嫉妬は見苦しいで」
「ちゃうわ。事実や」

 大きめのサイズのおにぎりを口に運ぶ侑さんを見る。あんなに凄いバレー選手とは知らずに出会ったからこうやって普通に話が出来るけれど、動画を見てから出会ったら多分、緊張であんまり話せなかっただろうな。まあそもそも侑さんと出会ったから動画見ようと思ったわけだけど。

「んー見惚れてもうた?」

 私の視線に気が付いたのは侑さんがからかうように言ってくる。

「違いますよ⋯⋯プロの選手なんだなあってしみじみ感じていただけです」
「見惚れるほどの顔でもないやんけ」
「お前それ鏡見てから言いや」
 
 2人の掛け合いを聞きながら私も定食を食べ終わる。

「そや。今度の試合東京やけどサム出店するん?」
「そのつもりや」
「出店?」
「試合会場でな、たまにおにぎりの出張販売やってんねん」
「へえ! そうなんですね。あ、そっか。だからたまに長期でお休みの時があるんだ」

 壁にかけられたカレンダーには休みの日が記されていて、来週末おにぎり宮が休みになることが分かった。きっとその日程で東京の試合があるんだろう。そうなると来週末はどうやったっておにぎりは食べられないわけで。

「じゃあ来週はやってないんですね」
「せやねん」
「そしたら再来週また食べに来ます。それまでまた仕事頑張ってお腹空かせておきます」

 そう言うと治さんは優しく微笑んでくれる。ああ、好きだなあと思う。時々顔を出すそんな感情は、大丈夫、ちゃんと自分の中にしまっておける。

「じゃあ、私帰ります」
「もう帰るん?」
「明日、出社早いんです」

 時計を確認して、またしても長居してしまったことを知る。居心地が良いこの場所は必要以上に私を留める。
 年末の忙しい時期は早めに出社することもたまにあって、私は明日の為にと会計を済ませた。

「せやったら俺も帰るわ」
「えっ」
「一緒に途中まで帰ろうや。バレーの見所教えたるし」
「お願いします」
「チョロいな」

 その申し出は私をひどく驚かせたけれど、このままバレーボールというものにハマるなら侑さんの教えは魅力的だと思えた。プロのスポーツ選手なんて友達どころか知り合いにもいないし、絶対に楽しい話を聞けるだろうと二つ返事で誘いに応じる。

「名前ちゃん」

 侑さんと一緒にお店を出ようとした私を引き留めたのは治さんだった。

「はい」
「あー⋯⋯いや。気ぃつけて帰ってな」
「ありがとうございます」

 冬空の下に晒されて、先ほど私を呼び止めた治さんの表情を思い出した。気まずそうな。何かを迷ってるような。

「家駅と反対方向やったっけ?」
「そうです」

 侑さんの言葉でハッと気が付く。そうか、侑さんは有名人だし私なんかが一緒に歩いたらいけないとか。それとも私が侑さんに気があると思われたとか。それを言おうとしたけど侑さんの手前言えなかったとか。

「⋯⋯あの、侑さん」
「ん?」
「大丈夫です、私とって食ったりなんてしないんで。それにほら、月も出てるんで!」

 弁明するように言った私の言葉に侑さんはまたお腹を抱えて笑うだけだった。

(20.10.25)
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