クリスマス目前、お正月が差し迫っている事もあって世の中は浮き足立っていた。色とりどりのイルミネーション。どこから聞こえるクリスマスソング。デパートではおせちのポスターが並び、ネットにはおすすめの初詣の神社の記事が出ている。
 かく言う私も入り交じるイベントに心を踊らせる1人だった。クリスマスに至ってはイブも仕事があるし、一緒に過ごす彼氏なんてものはもちろんいないけれど、だからと言ってそれらを楽しめないわけではない。
 アドベントカレンダーを開ける日々も、クリスマス限定商品を眺めるのも、初売りの日はどうしようかなと作戦を練るのも1人でも十分に楽しいのだ。

「名前ちゃんはクリスマスも仕事なんやったっけ?」

 いつものように仕事終わりにおにぎり宮へ行き定食を食べていれば治さんが言った。少し遅い時間に訪ねると2人きりになることが多くて声がよく通る。ここはBGMもないし表の通りもこの時間帯は静かだから、まるで解離された場所のような錯覚にすら陥る。優しく包まれているような。

「そうです。治さんもですか?」
「せやな。うちみたいな店はクリスマスやからって混むことはないんやけど、年末年始は店休むしその分な」

 確かにおにぎりとクリスマスの結び付きは薄いか。どちらかと言えばお正月に治さんがおせちなんか出せば予約もそれなりに来るのではないかと思ったけれど、なんせ1人で切り盛りしているのだから年明け早々におせちなんて重労働過ぎるのかもしれない。
 あ、でも、そうかと気が付く。クリスマス、仕事終わりにここに来れば治さんに会えるんだ。下心が満載な訪問だとは思うけれどクリスマスに仕事を頑張ったご褒美と言うことでそれくらいはまあ⋯⋯許されるはずだ。

「あっそうだ。治さん」
「ん?」
「これ、どうぞ!」

 今日、遅い時間に寄ったのは他にも理由があったのだと、仕事用の鞄の中から日中取引先の相手にもらった小さなおもちゃのクリスマスツリーを取り出した。

「クリスマスツリーや」
「小さいんですけど今日仕事先の方に頂いて。実は私、去年も同じの頂いてるんです。なので治さんが良かったらと思ったんですけど、こういうのあんまり好きじゃないですか?」

 貰ったときは小さくて少しだけクリスマス感を出すにはちょうど良いと思ったはずなのに、治さんがそれを手にするとより一層小さなものに感じられる。

「嫌いやないで。せっかくやからクリスマスまで店ん中飾ったろ」

 そう言って治さんは店内の比較的誰でも目に入りやすい位置に小さな木製のクリスマスツリーを置いた。

「クリスマス感出てええ感じやな」
「もうサンタからのプレゼントはないってわかっててもちょっとワクワクしちゃいますよね」

 貰い物とはいえ、自分の家にあるものがここにもある。その事がちょっとだけ嬉しい。

「あ。俺も名前ちゃんに渡そう思てたやつあんねん」

 思い出したように言った治さんは戸棚の引き出しから封筒のようなものを取り出して私に手渡した。中身を確認する。

「クリスマスイルミネーションの入園チケット、ですか?」
「お客さんでな、商店街の福引きで当たったらしいねんけど、行かんからやるわ言うて置いてってん。やで一緒に行かん? 週末やと時間あるんやけど、どお?」
「へえ! 私この間引いたんですけどティッシュ当たらな⋯⋯うん? ⋯⋯え?」

 今、一緒に行かないかって誘われた? そんなの1ミリも予想していなかったから危うくスルーしてしまいそうになる。治さんの言葉を思い出す。うん、聞き間違いじゃない。そう確信してもう1度考えた。だってクリスマスイルミネーションを一緒に見に行くってそんなのデートと変わらない。

「あ、もしかして予定入っとった?」

 私がそんなことを考えているなんて知りもしない治さんはいつものように平然とした様子だ。それとも治さんは私みたいにそんなことを考えたりはしないんだろうか。私はすでに頭の中が大忙しなんですけど。

「⋯⋯予定は特にないんですけど」
「けど?」
「いえ⋯⋯ないので、その、はい。行きたいです」

 そうは言っても私は欲望に忠実だった。だって彼女いないんだし。誘われたし。そんなの断る理由を探すほうが難しい。治さんに深い意図はなかったとしても私はその日を目標に仕事も頑張るし、なんなら新しい服を買う。

「ほんま? 良かったわ。断られたらただの紙切れんなるからどないしよ思てたんよ」
「こ、断りません。イルミネーション好きですし」

 気恥ずかしくて治さんの視線から逃れるようにそう言う。それでも治さんはやっぱり優しく微笑んでいるままだった。

「おん。楽しみやな」
「楽しみ⋯⋯です」

 初めてこのお店の外で治さんと会う。小さな温かい箱の中から飛び出る。それはずっとこの場所でしか治さんとは会えないと思っていた私にとって世界が180度変わってしまうような大きな出来事だった。 

(20.10.26)
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