息が白く舞い上がるのを見つめながら手を擦り合わせる。マフラーもコートもブーツもばっちりだと思っていたのに手袋だけ忘れてきてしまった。あんなに何回も鏡の前に立ってコーディネートを吟味したと言うのに。けれどまあ多分、それ以外は完璧。少なくとも今の私が出来る最善を尽くした。

(楽しみと緊張が混ざって心臓が早い気がする⋯⋯)

 誰かと待ち合わせる事にこんなに心が弾むのはいつぶりだろう。友達と待ち合わせをする時とはまた違うこの高揚感。私はデートをするつもりの覚悟で来たけれど治さんはどうだろうか。

(デート? いや、ちょっとした遠出的な感じ?)

 なんにせよ、今日の私が少しでも可愛いと思ってもらえればいい。そう考えながら待ち合わせ場所に立っていると、後ろから肩を優しくたたかれた。

「名前ちゃん、お疲れさん」
「治さん! お疲れ様です」

 振り向いた先には夕焼けを背に立つ治さんがいた。カジュアルだけど清潔感のある服装。やっぱり私服もかっこいいと、私のほうが見とれてしまう。

「人多くて全然見つけられへんかったわ。ずっと待っとった?」
「実は着いたの時間ピッタリくらいで⋯⋯私が治さん探すほうがきっと早かったですね。身長高いからすぐに分かりますもん」
「せやったら迷子になったときの目印はばっちりやな」
「あはは」

 身長が高いという理由だけじゃない。多分私は人混みの中ですぐに治さんを見つけられる。
 私の見る世界では治さんは他の人とは違う様に映る。目を引いていて輝いていて、治さんの周りだけ優しい空気が流れてるのが感じるような、そんな抽象的なものだけど。

「なんや今日、いつもに増して可愛ええ感じやね」
「えっ」

 言ってほしいと思っていた言葉を治さんは恥ずかしげもなく言う。私が年下だからなのか、この人は時折こうやって女の子が嬉しくなるような台詞を簡単に口にしてしまう。
 スマートと言えばそうなんだろうけれど、同時に恥ずかしげもなく言えるくらい私は意識されていないんだと知らしめられる。

「まあせっかくのデートやもんな。俺も気合い入れて来てん」

 治さんは寒さで頬を少しだけ赤くして歯を見せるようにして笑う。ほら、そう言うところ。嬉しいとか悔しいとか残念とかやっぱり嬉しいとか。ぐるぐる周り続ける私の感情はいつまでも世話しない。
 けれどやっぱり治さんと話をするのは楽しくて、そこに私の求める意味がなかったとしてもそれはそれで良いのだと思わされる。

「ほな行こか」
「はい」

 並んで歩くと、緊張が増した。お店の外だからだろうか。それとも時々すれ違う女の子が治さんを見上げてるからだろうか。こんなかっこいい人の隣を歩けるなんて私は大丈夫なんだろうかなんてことを急に考えてしまう。

「名前ちゃん、具合悪い?」
「え?」
「口数少なない?」
「そう、ですか?」

 だとしたらそれは止めどなく沸き上がり続ける緊張のせいです。治さんが素敵すぎるせいです。

「調子悪かったらあんま無理せんでな」

 なんて言えるわけでもなく「大丈夫です」と力強く否定すれば治さんは笑って「ならええんやけど」と言ってくれた。
 そのまま電車に乗ってだいたい40分。クリスマス前の週末はいつもよりも人が多く出払っていて、電車内も若いカップルや家族連れで賑わっていた。密着するほどではないけれど、それでもいつもよりも近い距離に私はどこに視線を置いたら良いのかわからなくなる。

「狭ない? 大丈夫?」
「大丈夫です。朝の通勤とかもっとヤバいんで」

 ブレーキで治さんに倒れむなんて粗相はしないようにと手すりをしっかりと握りる。

「そんな力強く握らんでも倒れたら倒れたで支えたるよ。名前ちゃん1人倒れてきよったところで俺は倒れへんし」
「⋯⋯いえ、そんな訳には」

 て言うかそれもうラッキースケベじゃない? 無理無理それこそ心臓止まるから、と思いながら倒れる事を耐えに耐え、電車に揺られる40分は思ったよりも長い時間だった。

「着いたなぁ」
「着きましたね⋯⋯。そういえば私初めてなんです、ここ」
「ほんまに? 言うて俺も初めてやねんけどな」

 駅から歩いてるすぐに入園口はあって、チケットを見せて入園するとその景色はすぐ目の前に広がった。街中の電球とは比べ物にならない数の光がカラフルに夜を彩る。
 その景色を見た途端私はそれまでの煩悩や緊張を全て忘れた。

「わあ! 凄い! 綺麗!」

 感嘆の台詞を述べる私を治さんは微笑むように見つめる。

「え、凄くないですか? そうでもないですか?」
「いや、凄いねんけどそんなに楽しそうにするん思わんかった」
「ご、ごめんなさい。大人げないですね⋯⋯」
「ああ。ちゃうねん。やなくて、感情に素直やなあって」

 それは褒め言葉なんだろうか。深まる夜と果てなく続くイルミネーション。治さんの瞳に映る私は、今日、どれくらいの距離にいられるのだろうか。

(20.10.26)
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