それから1時間ほどかけて園内のイルミネーションを見て歩き、ひとしきり見終わったところで園内に併設されているカフェに入ることになった。
 冷えた身体を温めようとコーヒーを注文すると、隣に立っている治さんの耳が赤くなっていることに気が付く。

「治さん耳真っ赤ですね」
「名前ちゃんも手真っ赤やで」
「手袋忘れちゃって」
「俺もマフラー忘れてん」

 お互いの忘れ物を申告して、赤くなった箇所をみて笑う。実際は寒くて笑ってられないとは思うのに治さんと話をしていると大抵のことが「なんかもうそれもそれでいいかな」と思えてくるのだ。もちろんそれは良い意味で。

「実は今日のこと結構楽しみにしてて、昨日の夜ちゃんと忘れ物しないようにしよう! って意気込んでたのに結局忘れちゃいました」
「わかるわあ。俺も楽しみにしててんけど無駄に夜更かししてもうて」
「寝不足ですか?」
「若干な。ツムが長電話してきよってからに⋯⋯」
「仲良くて羨ましいです」
「この歳で双子仲良くなんて中々きしょいで」
「そうですか?」

 温くなったコーヒーを飲み終わる頃には私の緊張は完全になくなっていた。むしろもう少しで家に帰らないといけないという寂しさに襲われるくらいで、その心の変わりように自分でも驚く。
 朝まで一緒にいたいとかそういう気持ちではないけれど、もっと夜が長くあれば良いのにななんて小さい頃にクリスマスに感じた気持ちを思い出した。だって特別な日は終わらないでいてほしいって思うものだし。

「反対側に本物のモミの木のクリスマスツリーあるねんて。最後に寄ってから帰ろうか」
「おお! クリスマス!」
「どんな感想や」

 温かいカフェを出るとまた冷たい冬の風が吹く。

「手袋貸そうか?」
「いいですいいです。そしたら治さん寒いし」
「いやけどむっちゃ寒そうやし」
「治さんも耳がまた寒そうですよ。あ! 私のマフラー貸しますか?」
「いやいやそしたら名前ちゃんが寒いやろ」
「えー⋯⋯じゃあ交換します?」
「マフラーと手袋? それ寒くなる場所変わるだけやん」
「あはは。そうですねえ」

 そんな意味なんてないようなやり取りしながら歩けば、モミの木が目の前に現れた。

「クリスマス!」
「むっちゃクリスマスやん!」

 絵に書いたようなクリスマスの装飾。一般家庭には凡そ置けないであろう大きさの木の下にはご丁寧にクリスマスプレゼントの置物もあって、いつサンタがやってきてもおかしくない気がしてくる。

「なんかサンタさんがいる気がしてきます」
「わかるわ」

 誰でも知っている定番のクリスマスソングが小さな音量で流れている。
 寒いのに。頬が赤くなるくらい寒いのに。どうして胸の中はこんなに温かいのだろう。手を繋げる理由はない。抱き締めていい理由もない。でも、隣にいることは許される。
 ちょっとだけ、気づかれませんようにと願いながら治さんの方へ詰め寄った。

「なんか、欲しいもんある?」
「え?」
「クリスマスやし」

 赤い耳の治さんはそう言って私を見る。イルミネーションの光だけが私たちを照らしていて、落ちる影に私は見惚れた。ここにこうして治さんと居られるだけで私にとっては十分過ぎるのに、治さんはどうして私にこれ以上の何かを与えようとしてくれるのだろうか。

「ない、です」
「ないんかい」
「だって、なんか」

 治さんは笑うけど、だって私は本当にもうこれだけで幸せで。これ以上を望めば欲が溢れてきてしまいそうだから。

「気持ちだけで満足です」
「せやったら⋯⋯そうや! 大晦日一緒におせちでも作らん?」
「おせち?」
「年末年始は店休み言うたやん? せやけど実家のおせち作るの手伝わないけんくて、何品か店で作って持ってくんやけど、一緒に作ったら名前ちゃんも食べれるやろ? ハッ⋯⋯いやこれやと俺がプレゼント貰うことになっとる? そもそもこれやとただ手伝いさせてるだけやん⋯⋯?」

 自分で発案した筈の内容に治さんは自身で突っ込みを入れた。「すまん、今女の子が喜びそうなもん考えるで待ってな」と再び考え始めた治さんの思考を止めさせる。

「いいです」
「え」
「それがいいです、私。おせち一緒に作りたいです」
「ええの? こんなんで?」
「前にちょっと思ったんです。治さんの作るおせち絶対に美味しいだろうなって。だからむしろラッキーって言うか、ありがとうございますって感じです。って言っても私そんなに料理が得意じゃないので手伝いはどこまで出来るか分からないんですけど⋯⋯」

 私の言葉を聞いた治さんは柔らかく笑って、もう一度クリスマスツリーを見上げる。
 
「楽しみやなあ」

 まるで独り言のようにも聞こえるその言葉は、イルミネーションと同じくらい輝いていた。
 
(20.10.27)
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