「⋯⋯なんや照れるな」
珍しく治さんは恥じらうような表情を見せた。
「治さんが照れるとこっちも照れちゃいます」
メインの通りを外れれば、私と治さんの足音だけが冬の夕焼けに響く。寄り添いあうよう伸びる影法師。振り替えれば真っ赤に染まった夕日が眩しくて私は目を細めた。
「せやけど名前ちゃんツムのこと話すとき楽しそうやからなあ。やっぱりアイツは狡いで」
「そう⋯⋯ですか?」
「おん」
指摘されて考える。そうだろうか。侑さんのことは嫌いじゃないし、むしろ人間としては普通に好きだけど、だからと言って話すときに楽しくなるわけではない。むしろ今日だって治さんとバレーボールの話を出来るから楽しいわけで。侑さんに治さんの事を話してもらえるから楽しいわけで。私が侑さんと話していて楽しそうに見えるのだったら、それは全部治さんに繋がっているわけで。
「あー⋯⋯いや、何て言うかそれは⋯⋯」
「それは?」
先を促すように聞かれるけれど、治さんが好きだからですよなんて言えるわけがない。なんでもないと濁すように笑えば治さんは少しだけ眉間に皺を寄せた。
「ツムには今度激辛おにぎり出したろ」
「えっそんなのあるんですか?」
「特別メニューや」
少し不満げではあったけれど、治さんはすぐに気持ちを切り替えて私に尋ねる。
「今日はこの後どうする予定やったん?」
「特に何もなかったので家に帰ろうかなって思ってました」
「せやったら一緒にどっかで飯でも食ってく?」
「良いんですか?」
良いも何もそういう流れやん。と治さんは笑いながら言った。
とは言え夜ご飯を食べるにはまだ少し早いので、先に電車に乗って兵庫までは帰ろうと2人で目的地を目指す。1人で来た道のりを2人で帰る。1人では長い乗車時間も治といれば驚くくらいあっという間だ。
「なんか食いたいもんある?」
「んー⋯⋯食べたいもの⋯⋯」
電車に揺られながら考えてみても思い付かなかった。治さんが隣に居るとそれだけで満足してしまって食べたいものが思い浮かばない。治さんのご飯を食べたいとも思うけれど、休みの日にわざわざ私のために料理してもらうわけにもいかないし。
「とりあえずうち寄る?」
「えっ」
最寄り駅にたどり着いて治さんはそう口にした。驚いてその顔を見返す私に、治さんは自分の言葉が失言と思ったのか、慌てて続きを言った。
「いや、ちゃう! ちゃうねん! とって食おうとかそんなんは思ってへんで!」
あ、そう言うこと? と言われた私がようやく気が付く。全然そんなこと考えてもいなかったから逆に言われた方が恥ずかしくなると私はそんな動揺を悟られないように視線を反らした。
「あ、いや、その⋯⋯その、いつもご飯食べに行く感じかなあと受け取ったので⋯⋯でもお休みの日に作ってもらうの悪いなって思ってつい驚いてしまって。なんかすみません⋯⋯」
「そ、そうやったか。いやいやこっちこそごめんやで」
むず痒くなるような感覚で改札をくぐれば名残惜しげに飾られるイルミネーションが目に入る。どんなに長くても後1ヶ月もすれば撤去されるであろうそれに、私は去年の光景を重ねた。
たくさんの思い出がよみがえって、急に今の感じが可笑しく感じる。浮き沈みも気まずさも穏やかさも安心も不安になる気持ちも、私の世界を彩る大切なもの。
「イルミネーション目にしたら治さんと観に行った時の事思い出します」
「ああ、あれな。むっちゃ綺麗やったな」
少しずつ、少しずつ。私の日常に治さんがいるのが当たり前のようになる。いまここで好きですって言ったら治さんはどうするかな。驚くかな。困ったりするかな。
優しいこの人を困らせたり傷付けたりはしたくないけれど、私だって治さんの頭の中が私でいっぱいになってくれればいいのにと思う。治さんは少しでも私の事可愛いとか綺麗とかそんな風に思ってくれたりするかな。こうやって2人で出掛けることや、治さんの言葉に私は期待していいのかな。
「そうや。また一緒に作る?」
「あっそれも良いですね」
「あるもんでパパーッと」
「治さん、パパッと作れるのはお料理スキルが高い人なんですよ⋯⋯」
「名前ちゃんが作るん面倒やったら、外で食べてもええし作ってもええし」
「そうなるとまた迷っちゃいますね」
迷いながらも私達の足は無意識におにぎり宮のほうへ向かっている。ここはまだ商店街の通りだし、何処かで食べようと思えば選択肢もたくさんあるんだけど。
「俺はなんでもええねんけど、ただ」
「ただ?」
「もうちょい一緒におりたいねん」
キラリと治さんの後ろに一番星を見た。
商店街に流れる音楽も、通りすがりのカップルも、遠くにいる客引きも。全部、私の世界から遠ざかる。私の目の前にいる宮治という人間がただそこにくっきりと、強い輪郭を持って存在する。
この心地好い胸の痛みは、この人と縁が結ばれたから。
(20.10.29)