当日、バレーの試合会場で待ち合わせをして治さんの持っていたチケットで中にはいると、通されたのは所謂「関係者席」と呼ばれるものだった。

「えっこんな良い席私が座っても良いんですか⋯⋯?」
「まあ俺は身内やし、その連れなんやからそんなに動揺せんでええんやない」
「逆に緊張してきました⋯⋯」

 コートの中央。テレビの中継と同じ位置から見られるそこは、多分私みたいな人間にとっては最高の席だ。より気分は向上していく。そんな私を治さんは柔らかい瞳のまま見つめるだけだ。

「ここ最近はずっと配信サイトで見てたので生の試合すっごい楽しみにしてて、昨日あんまり眠れませんでした」
「遠足前みたいん感じ?」
「ですです。治さんも前の日寝られないタイプでした? 例えば試合の前とか」
「んー⋯⋯そうでもなかったな。緊張とかあんまりせえへんし」

 確かに治さんて物事に動じないんだよね。表情が豊かだし無口ってわけじゃないけど、なんとかなるって思っているのか、なんとかするって気持ちがあるのか。
 そんな治さんを動揺させてしまうくらいの事、この世の中にあるんだろうか。

「ちょっと見てみたかったです。治さんが侑さんと一緒にコート立ってる姿」
「録画した動画やったらどっかにあるんやないかな」
「え! それはぜひ拝見したいです」
「それやったら今度実家探してみるや」

 高校生の治さん絶対にモテてただろうな。今でもモテるんだろうけど、私がその当時治さんのこと知ってたら絶対に友達とキャーキャー言ってたと思うし。

「お。出てきよった」
「おお!」

 リズミカルな音楽と共にアナウンスがされて選手入場が始まる。袖から侑さんが出てくると一瞬、女の子の黄色い悲鳴が上がった。実際にその光景を目にすると、侑さんがスポーツマンだと言うことを知らしめられる。
 試合が始まってすぐやってきた侑さんのサーブは、画面越しに見ていたそれとは全然違っていた。会場の熱気と、光と音が与えてくる臨場感。選手たちの表情に心拍数が上がって試合に興奮しているのが自分でもわかった。

「侑さん、かっこいいですね!」
「は? ほんまに?」
「え、だって凄くないですか? サーブとかトスとかレシーブも素人目で見ても上手なんだってわかりますよ」

 侑さんを誉めると治さんはあからさまに顔をしかめた。「⋯⋯まあ凄いんは凄いんやけど」とこぼす。
 普段、おにぎり宮で会っているの侑さんとはまるで別人だ。MSBYブラックジャッカルというチームの毛色もそうなんだけど、点を獲ったときにコートの中で見せる弾けるような笑顔はこちらまでそうさせてくれるかのようだ。

「バレーボール楽しい⋯⋯」

 コートの中で飛び交うボールと侑さんの姿を重点的に見つめる。
 他の選手と比べて比較的小さいあの日向って選手もきっと私が隣に並ぶとめちゃくちゃ背が高いんだろうな。木兎選手もあんな簡単そうにアタック打ってるけど絶対簡単じゃないよね。て言うか何キロくらいなんだろう。当たったら怪我はするか。
 時々治さんが隣でプレーについて解説をしてくれるから余計に面白くて、試合の決着がつくまで私は隣の治さんを意識するのも忘れてしまうくらいバレーボールの事だけを考えていた。


△  ▲  ▼  ▽


「侑さんのチーム勝ちましたね!」

 ある程度会場内から人が出ていったのを確認し、私たちも外に出た。1月の凍てつくような寒さも忘れて頬を赤くしながら満面の笑みで言う私に治さんは「せやね」と同じように笑顔を返してくれる。
 会場に入る前は明るかった空はもう茜色をしている。家に着いたら侑さんに感想とお礼の連絡をしないとと考えながらも私の興奮は覚め止まぬままだ。

「なんか今日は興奮して眠れる気がしないです」
「試合、楽しかった?」
「はい! 治さんが色々教えてくれたのでより一層楽しめました! 生で見るスポーツってこんなに刺激的なんですね。私、次に侑さんに会ったらちょっと緊張しそうです。あっ⋯⋯でもサイン貰いたいな⋯⋯」

 独り言へと移ろうかのように言葉を紡げば治さんは空を仰いだ。侑さんと同じ仕草に2人の顔が重なる。双子。その事を強く意識させられたけれど、私がときめくのはこの人の横顔だけだ。

「ええなあ、ツムは」
「え?」
「名前ちゃんの頭ん中占領できて」

 治さんはイタズラな笑みを見せて言う。返す言葉が急に見つからなくなって、私はその視線を浴びるだけしか出来ない。その言葉だけを切り取るなら、治さんの方が私の頭の中を占領しているのに。

「⋯⋯えっと」
「俺もかっこええとこ見せたいんやけど機会がないもんなあ」

 普段から充分すぎるくらいにかっこいいからこれ以上かっこいいところを見せられたら、私は見るだけじゃ満足出来なくなっちゃうんじゃないかな。

「⋯⋯治さんは、かっこいいです。とっても、誰よりも」

 続く冬。息が去年と変わらずに白く舞い上がる。私が治さんから目を離せないのは恋をしているから。この人に触れられればいいのに。手袋越しに手を繋いで、コート越しに抱き締めあって、冷たい頬と頬が触れればどれだけ幸せなんだろうか。

(20.10.28)
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