何度かおにぎり宮に足を運ぶにつれてお店での顔馴染みが増えるようになった。よくお店に来ているおじさんやお婆ちゃんとも仲良くなって、今では私の事を名前で呼んでくれている。
 仕事が忙しいときは遅い時間になるから大抵治さんと2人きりになることが多いけど、仕事が早く終わった日や休みの日なんかはご近所の方とお話をしながらご飯を食べることがほとんどだ。
 今日は仕事が多くて早い時間には行けないけれど、言うほど遅い時間でもない。空腹を感じる心に期待を膨らませ、駅を降りておにぎり宮に向かうと、店先に掛かる看板は「closed」を向いていた。

(今日は閉店が早い⋯⋯)

 お店の中はまだ明かりが残っているから多分中に治さんはいるんだろう。もしかしたらさっき閉店したばかりだったのかもしれない。
 今日は会議も頑張ったし夜ご飯食べるの楽しみにしていたんだけどな、と悲しみに暮れながらも、仕方のないことだと自分を励ましているといつかの日と同じように扉が開いた。
 
「うお、ビビった」
「⋯⋯ド」
「え?」
「ドッペルゲンガー⋯⋯」

 治さんと瓜二つの、けれど装いは全然違う人物が目の前に立ちはだかったのである。
 髪の毛が黄色いし。なんかちょっとパーマかかってるし。まじまじとその人を見つめると、彼は私のドッペルゲンガーという言葉がツボに入ったのかお腹を抱えて笑い出した。

「ド⋯⋯!」
「⋯⋯あの」
「ドッペルて! 久しぶりに聞いたわ!」

 あまりにも笑うものだから私は顔をしかめるしかなかった。治さんと同じ顔つきなのに中身は全然違う。初対面でそんなに笑うってちょっと酷いんじゃないですか。まあ、口にはしないけど。

「⋯⋯笑いすぎです」
「すまんなあ。おもろくて。サムと思た?」
「さむ?」
「治。ここの店主」

 ひとしきり笑い満足したのからその人は声を落ち着かせるとそう言って、店を指さした。

「おい店先でうるさいで。なにしとんね⋯⋯あ」
「こ、こんばんは」

 ひょっこりと同じ顔が後ろから現れる。今度こそ、正真正銘の治さんだ。安堵しながらも見比べれば見比べるほど一致する顔つきに私は驚きを隠せないままだった。

「サムの知り合いなん?」
「常連さんや。なんやツム、いたいけな女の子に絡んどったんか」
「絡んでへんわ」
「すまんなあ、びっくりしたやろ」

 少し身体を屈めて私に近付いた治さんは柔らかい口調でそう言う。

「あっいいえ、はい⋯⋯いいえ」
「どっちやねんて」

 治さんとそっくりな顔の人はそれでもまだ笑いを堪えるようにして、私と治さんの会話に突っ込みを入れた。

「なぁ聞いてや。この子になドッペルゲンガー言われたんやけど、俺ら三つ子やったら死んどったな。危ないところやったで。オカンに感謝せな」
「ええからツムはさっさと調味料買いに行けや」
「俺も客やねんぞ」
「ただ飯食らいやないか」
「試合頑張っとるんやからええやろ! 俺のスポンサーみたいなもんやろ!」
「ちゃうわ。ええからはよ行け」

 テンポの良い掛け合いは私の入る隙間なんてない。2人のやり取りを聞きながら関係性が「双子の兄弟」だと言うことに気づく。それもそうだよね。こんなに似てるんだから一卵性双生児としか考えられない。

「いたいけな男の子におつかい頼むなんてサムのほうが酷いやんか」
「うざいで。買ってこんとおにぎりは出さん」
「それは脅しや⋯⋯」

 治さんに促されて「ツム」さんは夜の商店街に消えていく。そしてきっと、調味料を買ってここに戻ってくるのだろう。

「すまんなうちの侑が迷惑かけて」
「今の方、侑さんて言うんですね。双子なのびっくりしました」
「言うとらんかったっけ?」
「初情報です」
「なんやいつも通ってくれとったから知っとるもんだとばかり思っとったわ」

 侑さんに対する態度とは正反対の治さんの態度に私は笑ってしまいそうになる。そっか、治さんは兄弟にはああやって接するのか。私にはきっと対お客様用の態度をしてくれているんだろう。まあ、治さんの中で私という存在がそこまでに至ったのならそれはそれで嬉しいことだけど。

「あ、もしかして今日も寄ってくれるつもりやったん?」
「だったんですけど、終わっちゃってるみたいなので大人しく家に帰ります。また後日、食べに来ますね」
「ええよええよ。今日はアイツ来るから早めに終わらせただけやし。食べていきや」
「⋯⋯いいんですか? 2人でお話があったりとか」
「そんなんいつでも出来るしな。そんなんやなくて、アイツちょっとした有名人やから一応配慮しただけやし。名前ちゃんなら問題ないで」
「有名人⋯⋯」

 確かにあのルックスと身長はモデルとして活躍していてもおかしくはない。異様に体格がしっかりしている気もするけれど、それは治さんもそうか。
 入って良いと許可を得たので、結局私はいつものようにお言葉に甘えていつもの席に座らせてもらうこととなった。
 
(20.10.22)
priv - back - next