侑さんがコンビニのビニール袋を掲げておにぎり宮に戻ってきたのはそれからすぐのことだった。そういえば曲がり角にコンビニがあったなと思い出す。帰りに明日の飲み物買っていこうと思っていると、隣に侑さんが座った。
 せめて1つくらい席を開けて座るものとばかり思っていた私は、突然の近距離にいる侑さんに考えていたことも忘れ、食い入るように見つめてしまった。

「隣ええ?」

 いやもう隣座ってますけど、なんて言う度胸私にはない。
 昨日寝るの遅かったから隈が目立っていないと良いんだけど。コンシーラーで隠したし、来る前に化粧も直したから多分大丈夫。
 治さんと同じ顔だから余計、そんなことを意識してしまう。初対面だと言うのに知っている人のような感覚を覚えるのは初めてで戸惑いもするけれど、それでもやっぱりこの人は治さんとは違う。

「はい⋯⋯」
「お名前は? なんて言うの?」
「名字名前です」
「名前ちゃん! いつも治がお世話になっとります」
「あっいえ、それはこちらのほうが⋯⋯」

 名刺交換よろしく、私は丁寧に頭を下げた。多分、侑さんはちょっと面白がって私と話をしているんだろうけれど。

「何しとんねん」

 そう言った治さんは私と侑さんの間に入るようにしてお茶を置いた。

「うちはナンパ禁止やで」
「ナンパちゃうわ」
「こんな時間にこんな若い女の子がおるなんて珍しいやん」
「私、言うほど若くないですよ」
「年下やろ?」
「学年は1つ下です」
「なんやそんなに変わらんやんか」

 だから言うほど若くないって言ったのに。少なくとも寝不足で隈が出来ちゃうくらいには若くない。

「そんで、名前ちゃんは俺のこと知っとる?」
「えっ」
「自分の知名度確認するんやめろや。そもそも初対面で名前呼ぶとかホンマ馴れ馴れしいで⋯⋯」

 楽しそうに話をする侑とは対照的に治さんは呆れたような顔をしていた。

「ええやん! 今日めっちゃ調子良かってん!」

 モデルとばかり思っていたけど、そう言えばさっき試合とかなんとか言っていた気がする。となれば侑さんはなにかのスポーツ選手だろうか。

「すみません、勉強不足で⋯⋯」
「まだまだやったなツム」
「うっさいでサム」

 サイズの異なるおにぎりをそれぞれの目の前に置いた治さんは「コイツ、バレーボール選手なんや」と答えを教えてくれた。

「バレーボール!」
「知っとる?」
「テレビの放送見たりしてます⋯⋯主に女子を」
「素直か」

 天内選手が可愛いから女子バレーはついつい見てしまうけれど、それが終わってしまえば男子はあまり見ることがなかったなと思う。女子と違ってサーブやアタックですぐに点数が重なっていくから、ラリーがほとんどないのが私としてはちょっと物足りないのだ。

「ほな今日はムスビィの宮侑覚えて帰ってな」
「ムスビィの宮侑選手⋯⋯覚えました!」
「よし。ほな食べるで」

 帰ったらネットで検索しようと決めながらおにぎりを前に手を合わせる。

「いただきます⋯⋯!」

 珍しく炊き込みご飯で握られたおにぎりは食べる前からきのこの良い香りが漂っていた。ダシ醤油で炊き上がったお米は薄い茶を纏っていて、唐揚げ然り、どうしてこの色の食べ物は美味しいものが多いかなと思う。
 それを更に焼きおにぎりにしたのだろう、海苔の巻かれていない表面は所々焦げがついていてパーフェクト以外の言葉がない。

「んー、おいひぃです」

 焼きたての表面はまだ熱いけれど、それでも口に運ばずにはいられなかった。

「うまあ。最高やん」
「せやろ。たーんと食べや」

 治さんの言ったように、たーんとおにぎりを食べてお茶を飲めばまた今日も至高の瞬間を味わえる。ああ、本当に幸せ。こんな美味しい瞬間を知ってしまった私はもう昔には戻れないとさえ思う。治さんのご飯があるから私は来週もまた仕事に行ける。

「今日も幸せをありがとうございました」
「なんなん、それ」
「治さんのおにぎりは美味しくて食べたら幸せな気持ちになれるので、感謝の気持ちです」

 なんだかんだ毎回それを言っているから今となってはもう常套句みたいなものでもあるんだけど。

「まあ頬っぺたにご飯粒つけてるくらいやしなあ。幸せなんは伝わるわ」
「えっもっと早く言ってください!」
「気づいたん今や」

 頬杖をつきながら侑さんが言う。慌てて顔を触って、ついていたと言うご飯粒をとった。

「まあ、わからんでもないわ」
「え?」
「サムのおにぎり旨いもんなあ。名前ちゃん食べとる時、むっちゃ幸せな顔しとったし」
「んー⋯⋯でも、侑さんもしてましたよ。むっちゃ幸せな顔!」

 初対面だけど侑さんは話しやすい。考えてみれば治さんもそうだった。お婆ちゃんもおじさんも治さんのこと実の孫のように接するし、周りから愛される双子なんだろうなあと考える。そして私もきっと、その周りの1人なんだろう。

(20.10.23)
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