波由流の最大の目的は、実を言うと己の身の潔白を証明することではない。どんな展開になろうとも、いの一番に話すべきことは決めていた。
今でもなお、一乃紀の仲間が母の行方を探しているかもしれない。今は母を守ってくれる人――――千茅が傍に居ることを知っているが、何時までもこんな状況を放置したままでは話し合いも何も無かった。
「千鳥さんの母君……千鳥小百合さんですか。観世さんと共にカンナガラを裏切ったと記録には残っています」
「そうらしいね。でも、お母さんが今はただの一般人だって解れば、カンナガラとして手は出せなくなるでしょ?」
「カンナガラを裏切った際に生じた被害すら無かったことにしろと言うのか?随分と都合が良い話だな」
「ああ、いえ。小百合さんは……、……観世さんもそうですが、組織としてその所業を問うには、こう、被害がピンポイントなんですよ。その被害者も今はカンナガラに在籍していませんので……」
そりゃそうだ。父はカンナガラというより、己を縛り付ける家に反抗したのだ。溜まりに溜まった鬱憤をぶつけた先は言わずもがな。組織としてはそこまで直接的な痛手を受けていないことも想像が付く。
まあ、青藍を始めとする神格の高い八十神を失ったりだとか、全体的な観点ではマイナスだったのかもしれないが、既に観世が責任を負った後だろう。ちなみに母方の家の方もきちんと処理が行われている。その辺の事情は既に本人から確認済みだ。
「両親に関する話は、青藍さんにお願いします。おれの口から話すより、青藍さんから聞いた方が信憑性があるだろうし」
波由流が促すのに合わせて、青藍がおもむろに目を瞬いた。
金色の瞳に、蒼い瞳孔。向日葵畑の色。父がくれた霊符の色。それらが照明光の下でギラギラと揺らめいている。
「ええと、それでは……青藍様、失礼ながらお尋ねします。観世さんがカンナガラを去った後、ずっと彼等のお傍に居られたのですか?」
「如何にも。あの男の傍らには常に私が居た。あの男が現し世の体から解き放たれてからは、あの男が愛した妻と共に居た。我が寵児が、寵児の妻が、私に不義理を働いたことなどただの一度も無い」
「本当に、いっぺんたりとも目を離したことは無いと?――――例えば、観世海遥を呪いから救いたいがため、千鳥小百合が貴方の目を盗んでカミツキに匿っている可能性は」
「あるものか。食ったのだから」
くった。あまりに端的な回答をぽつりと口の中で転がして、斎竹は曖昧に微笑んだ。特段珍しいことでもない。カンナガラの長い歴史を紐解くと、特定の神に気に入られすぎた職員が神隠しの如く消息不明になった例など、存外少なくないので。
「我が寵児の魂は、私の腹の中にある。あの意地汚い呪いが横から掠め取ろうとしつこく付き纏っていたのでな、食われる前に食ってやったのだ。今や何人たりとも手は出せぬ。ああ、誰がくれてやるものか。これは私が最初に目を付けた。私のものだ」
一乃紀がなんだこいつと言わんばかりに冷え切った眼差しをぶつけているが、青藍はまるで気にした様子が無い。寛容なのではなく、興味が無いのだ。もし青藍の癇に障っていたら、とっくにその両目を抉りにいっている。その辺解ってるのかなあ、と波由流は他人事のように眺めていた。
初めてこの話を耳にした時は波由流も多少なりとも驚いたものの、既に心の整理がついている。青藍は結果的に父を救ってくれた訳でもあるし。
ちなみに青藍は、母が最期まで己に対して忠義を尽くした場合、母の魂も食べるつもりで見張っているらしい。青藍なりの優しさだろうか。
兎にも角にも、両親がそれで納得している以上、今更自分が口を出すことでもないのだ。波由流は神の価値観に対して柔軟性が高かった。
「青藍様が常に目を光らせて下さっていたのは事実のようですし、観世さんや小百合さんがカミツキになった可能性は、ほとんど潰えたと考えても問題無さそうでしょうか……」
「仮に我が寵児がそれを望んだのであれば、今頃この身は我が寵児に咬ませていたであろう。呪いで死を迎えたならば、空になった体は貰い受けていた。咬術とはそのような御業が可能なのであろう?」
ああそれも試してみたかった、と青藍は愉快そうにくふくふ笑った。それにつられるように、百日紅の口元がほんのりと綻んでいる。あくまで感情をキャッチして同調しているだけだと斎竹は知っているものの、薄ら寒い空気を感じてぶるりと震えた。
ともあれ、青藍の言葉は心底本心であるようだし、それさえ解れば斎竹としては充分である。そもそも神が人間に対して嘘を吐く必要など無いのだし。あと単純に、神の言葉を疑うなど畏れ多いので。
「ついでに、お母さんからの伝言。咬み痕の確認が必要なら、女性二人であれば連れてきても良いって。一人でも三人でも駄目。実家との約束がどうとかで、一度だけって条件付きだけど」
「なるほど。そうですね……では後日、そちらへ信頼出来る者を寄越しましょう。案内はお願いしても?」
「おれでも良いならそれで構わないけど……お母さんはしばらく千茅さんと一緒に居るから、そっちに直接連絡してくれたほうが話は早いかも」
「……解りました。と、なりますと……貴方の父君も食べられちゃってるみたいですし、これ以上ご両親を追い詰めるには大義名分が薄いですね。ひとまずは、誰も貴方の母君の身柄を差し出せなどとは言えませんよ」
ね、と斎竹は一乃紀に向かって微笑んだ。一乃紀も渋々ながらに頷いてみせた。
「多少の不満点はありますが、観世海遥と千鳥小百合に関しては心得ました」
「言ったな?今後お前達が寵児の妻に手を出せば、私は何としてでも寵児の子に咬術を使わせて、直々にお前達の四肢を引き裂きに行くぞ。努々忘れるな」
待って、さすがにそれは初耳。
波由流がぎょっとして止まり木を見上げる。斎竹がおぁ、と悲鳴を零す。もう何も話すことは無いと言わんばかりに、青藍は鳥特有の鳴き声をくるくると響かせると、それきり黙ってしまった。百日紅はにこにこしていた。
「……本当に気を付けてね。おれ、トルソー職人にはなりたくないから……」
やると言ったら本気でやるぞ、この神は。