43:full of surprises




「き、聞かせてって言われても、私大した事知らないよ」

目を輝かせて前のめりになった広瀬にさつきが僅かに身を引く。
食い付きが良過ぎる同僚に苦笑して、大男にいきなり迫られれば流石に驚くだろうと秋山は助け船を出してやった。

「何故フランス語なんだ」
「えっと……フランス語は十七八世紀はヨーロッパの教養語?共通語?だったんだよ」
「そうなのか」
「うん。当時はフランス文化が西欧を席巻してたからその影響。ロシアを西欧風の大国にしたかったピョートル大帝もフランスに倣おうとしたの。それで服装を西欧風にしたり髭を禁止したりして、ロシアの習俗を切り捨てた」
「ああ、髭税か」
「そうそう。それだけ見てたらピョートルさんフランスのサロンをそのまま移植したかったのかなと思うけど、宮廷も行政も軍隊も西欧風に改革してたから……これ単なる西欧かぶれじゃないよねえ。ロシア版明治維新かなって思うけど……確か千七百年頃だったから、三……二百年位前の話かな」

相槌を打ちながら秋山は正直感心していた。
広く浅くだろうが、他国の歴史を上手く掴んで理解している。
思いもよらない話をする女だと分かっていても、さらりとこんな内容を口にされれば秋山はやはり驚いた。
(一緒に暮らしていても知らない所が多い)
そう思う。

今まででもさつきとの日常会話の中で目を瞠るような事はあったのだ。
それは内容はもちろん物事の捉え方であったり考え方であったりと様々。
それが新鮮で驚いたり知識欲を擽られたり……会話が面白く、感心する事が多かった。
今回もそうだな、なんて、呑気に考えていた矢先、

「そういやロシアの海軍作ったのもピョートル大帝だったね。バルト……バルチック艦隊?ウラジオストクだったかな?ん?ウラジオ艦隊?」

秋山は口に含んだ茶を吹き出しそうになったし、目の前の広瀬の顔は強張っていた。
さつきの顔を窺うも普段と変わらぬ様子。
そこから彼女にとっては真実何でもない内容なのだと秋山は察したのだが……
未来の話だ。恐らく。
何故なら今、極東におけるロシアの不凍港ウラジオストクとナホトカに常駐している艦隊はない。

(浦塩に、艦隊)

海を挟んで日本に近接する仮想敵国の港ウラジオストク。
自国から目睫の間にロシアの艦隊が置かれる意味を考えると、秋山の頭は急激に冷え渡った。
日清戦争以降の情勢からしても、ウラジオに艦隊が置かれるのは十分に予測される話だ。
さつきの話は近い将来か遠い未来か、恐らくその違いだけだろう。

湯飲みを握る手に知らず力が籠り、上がっていた口角が一文字に形を変える。
詳細を聞きたい気持ちはもちろんある、が。
(掘り下げない方がいい)
さつきの信用を裏切る事になるし、何よりさつきから未来の情報を得る事は、天に逆らう所業のような気がしてならない。

これ以上聞いてはいけない。
これ以上話をさせるべきではない。

すいと眼球を動かして広瀬と視線を合わせると、同じ思いだったのだろう、広瀬は分かっていると言わんばかりの表情で片眉を上げて微かに頷いた。

「さつきさん脱線してる。フランス語は?」
「あ、そうでした」
広瀬が笑いながら軽い調子で修正してやれば、あははとさつきも破顔する。

内容がギリギリの線をやや越えている事に気が付いていないさつきに、秋山は少し心配になった。
こんな話、さつきは自分と広瀬にしかしない。
それは分かっている。
それだけ心を許されている事も分かっていて、それは嬉しいのだが、ひやりとするのも確かだ。
……いや、聞かせてくれとせがんだ自分たちが悪いのだが、こんな方向に話が行くとは流石に思わなかった。

「そんなこんなでロシアはフランスと馴染みがあったんだね。だからロシアはフランス革命で亡命した貴族を結構受け入れてたの」
「そうなのか」
「うん。その貴族がロシアの上流階級の家庭教師になったりしてね。貴族の間だと日常会話でもフランス語を使ってたって。トルストイの『戦争と平和』も初めの方はフランス語が多くて原書で読むの大変みたい…って、トルストイ知ってる?」
「さつきさん、読んだのか」

さつきの口から飛び出た文豪の名に広瀬が目を見開いた。

「『戦争と平和』は途中で挫折したけど『アンナ・カレーニナ』は映画……映画ってあるの?動く写真を上映するんだけど」
「活動写真か?」
「うん、多分それ。ロシア文学だとドストエフスキーの『罪と罰』は読んだよ。『カラマーゾフの兄弟』は漫画で」
「(漫画……)プーシキンは?」
「あーごめん、名前しか知らないや……え、そんなにがっかりする事?」

肩を落とした同僚にさつきが慌てた風で謝り出した。
広瀬は去年ロシア語の練習としてプーシキンの漢訳詩を人に見せていたらしく、もしさつきが知っていたならと思ったようだが流石にそこまで都合良くはなかった。

「本は随分読むのか?」

そこに秋山が身を乗り出すようにして問いを被せた。
純粋な疑問だったのだ。疑問というか確認に近いが。
物の見方とそれを支える知識と学力、知っている物語で読み物まで書こうとする想像力は、一定量以上の文字に触れて読み解く訓練をしなければ備わらない。

「趣味と言える程じゃない……けど学生時代はそこそこ読んでたかな。その時は時間だけはあったから」
本も読んだけど遊び倒したんだよね、と笑いながらさつきは付け足した。
「遊び倒した」
「寝る間も惜しんで遊んでいた頃がありました……」

これは意外な答えだった。色々な意味で。
そう思ったのが表に出たのかさつきが苦笑いする。

「さつきさんそんな風には見えないが」
「あはは、そう?色々やったよ。みんなで集まって徹夜で飲んで騒いで。あっちこっちに遊びに行ったし、あれやこれや悪いことも覚えて」
「不良だ」
「失礼な!」

普通だよ、こっちだって大して変わらないでしょ!と怒った振りをして言い返していたが、そんな事をしている時点でもうこちらでは普通の女ではない。

「でもロシアの上流階級と付き合うからといって絶対フランス語が要るってことではないかもね」
だって外国人だし、その辺りは向こうの人たちも勘案してくれそう。
「そうだと助かるなあ……」

両手で湯呑を握り締めたまま頭を落として大きな体をしおしおと丸めた広瀬にさつきが吹き出したが、一拍、何かを思い出すような素振りの後口を開いた。

「仕事抜きにしたらロシアって素朴で親切な人が多いみたいだよ。警戒心が滅茶苦茶強いけど心を許せば情に厚い、だから家族や親友はとても大切にするって。まずは向こうで良い付き合いをして、友人を作る事が大事かも」
「……本当によくそんな話知ってるな、さつき」
感心して見せれば、以前ロシア語通訳者の本で読んだと言う。

「ねえ広瀬さん、語学の一番早い上達方法知ってる?」
「え、そんなのがあるの」
「ありまーす!現地で恋人を作る事でーす!」
「えぇ……」
「はっ、はっはは!」

今度こそがくーっと両肘を座卓について打ちひしがれた広瀬に秋山は崩れ落ちた。のだが。

「でも恋人は流石にまずい……やっぱ友人かな。森鴎外の『舞姫』みたいにはならないでね」
「え?」
「舞姫?」

十年近く前に世に出た小説だ。
著者森林太郎は鴎外の名で文筆活動をしている陸軍の超エリート軍医で、脚気論争で海軍軍医と相対する有名人でもある。
『舞姫』は発表後その内容を巡って論争が巻き起こったが、当時広瀬は少尉候補生、秋山は海兵卒業前後で、時間の余裕もなく畑の違う文芸作品に特段の興味もなかった。
つまりさほど知らない、が…

「女をその気にさせた挙句捨てるとかどんな理由があったって結婚詐欺だよ。万死に値する。しかもドイツから遥々日本まで来たのに追い返すとか鬼の所業だわ地獄に落ちろ女の敵」
「……」
「………いや、ドイツに置いて来たのではなかったか……」

「小説ではねー。実際には来日したけど家族中大騒ぎになって追い返されてたよ?鴎外はその後親の為だけに全然乗り気でない結婚をして、新妻を母子で邪険にして男の子生まれたらそれ取り上げてすぐ離婚。奥さんがド偉い恩人の親友の娘さんだったから激怒されて出入り禁止になったとか、後妻さんすごく年下でめっちゃ美人で鴎外メロメロで?嫁姑問題凄かったのにそこはお咎めなしだったんでしょ。前妻は何だったんだよ。改めて見るとサイテーだな。ホント近代の文学者ってクズしかいないの?口では何て言っても結局男は若くてかわいい女選ぶんじゃん」

「待て待て待て待て!そんな家の中の話まで後世に伝わるの!?」
「あれ森軍医の体験が元なのか!?」
「えー?超有名人は研究され尽くして私生活も大体丸裸……あれ、この話知らなかった?……あっ……もしかして森鴎外生きてるの!?え、えっ『舞姫』はある?からセーフだよね!?」
「生きてる!ある!けど!」

知りたくなかった!





「はああ……」
話が一段落した後、明日の朝ご飯の準備してきまーすと居間を出たさつきを見送ってどちらともなく大息する。
秋山は卓上に置きっぱなしになっていた急須を取ると自分と広瀬の湯飲みに茶を注ぎ切った。
「どーも」
「おー」
なんだかなんとも言えない、雰囲気だけは愉快な感じで話を終えたものの口にした茶にはやや苦さを感じる。

「よく話すようになったな、本当に」
言葉数も内容の質も以前とは違う。
苦味を嚥下しながら秋山が零せば「俺たちかなり信用されているようだし」と広瀬が肯首した。
「しかしいきなり際どい話になるのは焦るなあ。流石に家の中だけでだろうが」
「あれが何気なく出てくる内容だからな」
「はは……」

珍しく空笑いする広瀬に秋山も同調する。仕方ないだろう。
さつきが漏らす話には甚く好奇心を刺激されるが……
深入りして聞いてしまう事には、秋山でさえ空恐ろしさを覚えずにはいられなかった。
未知への好奇心よりも、知っていい事ではないのではという、神を裏切るかのような怖じ気の方が先に立つ。
少なくとも遊び心や怖いもの見たさで際どさのあるさつきの知識を暴くべきでないと感じているのは確かだ。
無論そんなつもりはないが。

「本当に今更だが、驚く事が多い」
顔を上げて広瀬を見遣ると、彼は小さく唸りながら腕を組んだ。
少し考えるように目線を宙に遊ばせて再度口を開く。
「話の引き出しが多いんだなあ。あれだけよくスラスラと出てくるもんだよ。危うい所があるから聞かずにいた方がいいと分かっているのに、」
「つい好奇心に負けてしまう」
「そうなんだよ……」

「彼女は一聞いて十知るのではなく積み重ねる質だろう。ああは言っても本だって随分読んでいる」
「だろうな」
「目から鼻へ抜ける風ではないが、大事な所は押さえているように思う」
軽く頷く。
それは今までのさつきを見ていれば分かる事ではあったが。
「それに彼女、物を聞いても知識を賢しらにひけらかさない。他の人間が絶対に知らない事を知っているのに、優越感もない。それを利用しようともしない」

そこで言葉を切ると広瀬は大仰に息を吐いた。

「いい子だと思う」
「ああ」
好ましい女という意味ではなく人間として。
「なあ、女に学問は不要だって言うよな」
「……ああ」

『生意気になって男を立てなくなる』
『男に楯突く』
『家庭に入るのに必要がない』
『百害あって一利なし』

指を折るように一般的に言われる例を上げていけば、自分と広瀬の顔がどんどんと渋いものになっていく。
次第に尻すぼみになる声に、だよな、分かる、と広瀬が目を細めて笑った。
さつきを前にしてはとても言える事ではなかった。

「だよな、さつきさんを見ていると……実際にそんな女ばかりではないし」
そもそも立てたくない、楯突きたくなる気にさせる男にも問題がある。
「それに広瀬大尉の奥方の例もある」

自分たちよりひとつ下の広瀬の嫂は秋山から見ても知性煌めく才女だった。
高等女学校を卒業し、岩倉具視や西郷従道といった元老の令孫の勉強相手を務めていたと以前広瀬から聞いた事もある。岩倉嬢の嫁ぎ先?驚け東伏見宮家だぞ。
「義姉の来嫁は広瀬の家にとって喜ばしい」とまで言い放った広瀬自慢の嫂なのだ。
だが彼女は本当に特殊、例外的な女性だ。

江戸時代の政治家曰く、
『女は文盲でよく、才ある女は大いなる害を生む』
『女に学問は必要なく、仮名本が読める程度でいい』
『女は和順であれ』
明治の今でもこれが世間一般的な考え方だが、さつきや広瀬春江を見ていると、女を学から遠ざけるには随分と酷い理由だった。

「しかし俺たちが彼女と話していて面白い、教えて欲しいと思う事、感心する事は全部彼女が受けてきた教育と積み重ねてきた学問、経験の上に成り立っている」

秋山は頷いた。その通りだ。
広瀬も自分と同じ事を感じていたのか、とも思う。

「……何と言うか」
「皆まで言わなくても分かる」

言い淀む広瀬に秋山は言葉少なに同意した。
女に愚かであれと望んでいるのも、女から教育を取り上げて家庭に閉じ込めているのも男なのだ。
それなのに高水準の教育を受けた女との会話を喜び、剰えそれを良い、否それが良い、それがさつきの良さのひとつだとさえ思っている男は、確かに随分と勝手だった。
重量のある溜息を吐かずにはいられない。
本当に男の都合、男の身勝手だ。

ただ、それはそうとして。

「颯太たちがさつきさんに会いたがるのは、きっとそこもあるよなあ」

その一言に秋山はくすりと笑い漏らした。
思い当たる節が多すぎる。

「あの頭の中には色々な話が詰まっているからな。子供はそれだけでも近寄ってくる」
「まあ話が面白いしな。教師というより聞けば何でも答えてくれる近所の姉ちゃんか?」
「兄ちゃんだろう。広瀬、あいつ近所の女児から王子様と呼ばれているの、知っているか」
「知ってる」

真顔で返せば広瀬が大笑した。

さつきの持っている知識の系統、物語、経験は彼らの周囲の大人たちのそれとはあまりにも違っていた。
雰囲気も容姿もどこか日本人離れしているし、話していても少し変わっているところがある。
それを近くで見てみたいという興味本位で近付いたのに、言葉を交わせば親切にされる。
その上彼女には年齢も性別も関係なく相手に合わせる優しさがあった。
子供が懐くのは分かる。接する人に好かれるのは分かる。

「しかし最終的に学問云々はどうでもよくなる」

結局は人間性だ。
いくら学があっても歪んだ心の持ち主に人は近寄らない。
自分たちだって知識学問云々で彼女といるのではないし、そもそもこの同居生活はそんなものが全く関係のないところから始まった。拾った女が偶々そうだったというだけ。

そう口にした広瀬は少し気まずそうに視線を外して首の後ろを撫でている。
(照れてるな)
さっきから……否、暫く前からだが随分と真っ直ぐに女を褒めるようになった。
(まあ俺も全く同じだが……この男がこんな事を言い出すようになるとは)
まるで他人事のように可笑しくなってニヤニヤと口端を上げれば、
「笑うなよ、お前も同じだろうが」
突っ込まれはしたが。


「例の女学生も子供らと同じだと思う」
きつく釘を刺されても清流庵にやってくるのはさつきといるのが楽しいからだ。
「ああ、清流庵通いは暫く続くと俺も思う。付き添いの男がいると言っていたな」

さつきの話を基に秋山は緩く思考する。
(その女学生、恐らく親に話している)
教科書を一緒に読む事イコール英語の教授と変換して、それを親に伝えて許可を取った上での清流庵通いではないか。

「さつきさん、女学生の話を断って良かったな」
「もし断らなかった場合、次に出てきた話は何だと思う」
「家庭教師。きっとクッキーの話も伝わっている」

秋山は首を縦に振った。完全同意だ。
それにさつきが気に入られているのは英語の話だけではない気もする。
彼女が自分たちを引き合いに出して取り付く島もない断り方をしたのは、恐らく最適解だった。

「しかしピアノ……」
「あいつが話す度に何がしかの衝撃を受けるな」
洋琴(ピアノ)を弾ける人間なんて日本人では東京音楽学校の教員か生徒、教会関係者位か?とにかくかなり限られる事は確かだ。

「……そうか、そうだな、音楽学校か…知人にそこの生徒がいる。確かピアノが主専攻だ」

ふっと思い出したように顎をさする広瀬に、秋山は目を丸くした。
この男の友人知人が柔道を通じて各界に広がっているのは知っていたが、その中に音楽学校の現役生徒まで?

「講道館か?」
「いいや、柔道絡みじゃないんだ」
そうなのか。広瀬に先を促せば、
「大分の実家の前に住んでいた、直入郡長殿のご子息で瀧廉太郎という。今十七、八かな」

ピアノを習っているのならその女学生も瀧君の名前を知ってるかもしれない。
顔見知りかもしれないと事も無げに笑ったが、「うん」と一拍置くと一転、真顔になった。

「その話、本当に断って良かったと思う。それにさつきさんの断り方なら、恐らく女学生の口からさつきさんの話は広がらない」
「……それで?」
「もし女学生が瀧君と知り合いだった場合の話として聞いてくれ。音楽学校には郡司大尉の妹君がいる。瀧君と仲の良い先輩らしい」
千島探検の郡司成忠大尉か。という事は幸田露伴の妹か?
「ああ、そうだ。それに瓜生大佐の細君が教員としていると聞いた……いる?いた?すまん、詳しい事は分からない」

「は?」

秋山は唖然としてしまった。

アナポリス出身の瓜生外吉海軍大佐の奥方は明治初期に渡米した女性で、留学生仲間に大山巌夫人がいる。
それに彼の人の実兄は元老元勲とも繋がりの深い我が国屈指の実業家益田孝だ。
郡司大尉にしても後ろ盾に多くの政財界の大物がいるし、予備役だが今尚海軍との関わりも深い。しかも弟が著名な物書きときた。物書きか……
うぉ、と秋山の口から小さな呻きが漏れる。

(いや、女学生が音楽学校の生徒と知り合いだったらの話だ)

そう思いはすれど、そのもしもが事実であれば話の持って行き方によってはどこに線が繋がっていくか分からない。
ただはっきりと言える事は、女学生の線から辿って……

「瓜生夫人に話が行くのが間違いなく一番まずい」
「だな」

共に米国留学した女性たちと共に女子教育に携わっている人物と聞く。
そんな彼女にとってさつきは興味を引く存在に違いなく、知られてしまえば面会を要求されかねない。
しかもその夫君が自分達の大先輩ときた。
回りまわってそこから自分たちに話が来たら流石に無下にはできないと思う。

「…………」
「…………」

広瀬との間に沈黙が走る。
もしもの話だ。現実に起きる訳ではない。
女学生が瀧君とやらと知り合いかどうかすらも分からないが、もし、もしそうなったら…

「詰みだ」
「本当に断って良かったな」

知らない内に結構危ない橋を渡っている気がする。

「心配が絶えん……」
「本当にな。ついでに言うとその瀧君の音楽学校の親友の伯父が鈴木虎十郎なんだよ。秋山覚えてるか?」
「ああ覚えて……は?おじ?」

覚えているも何もよく知っている。
秋山の一期上の先輩、先の戦争で死んだ広瀬の同期だ。

「嘘だろ」
「驚くよな?俺だってこんな事があるのかと思うよ」

あちこち繋がり過ぎじゃないか?というか妙に海軍と縁がある。

「さつきさんを瀧君に会わせてみたい」
「止めてくれ、気持ちは分かるが本当に止めてくれ」
「分かっている。流石に無理だ…俺だってヒヤヒヤするのは今だけでいい」

肩を竦めて広瀬がからからと笑う。
何の問題もないのなら会わせてみた時どんなことになるのか、面白そうではあるが。

「しかし何か起こっても大丈夫だと思うんだよ。さつきさん、あの子きっと運が良い。だからあまり悪い方には転ばない気がする」

指摘されて改めて思い起こせば、さつきは自分たちに拾われて、竹下に拾われて、清流庵夫婦に拾われて。
危ない場面はあれど最終的には不思議と良い方向に進んでいるのが現状だった。

「……そうだな」
「大丈夫大丈夫。きっと大丈夫だ。女学生の事も大した事にはならんだろう」

大様に破顔した広瀬に秋山も釣られるように口端を上げた。



Full of surprises:驚く事ばっか!2022061720211115
memo&res;(20220617)に今回の話についてちょこっと書いています。興味がある方はどうぞ

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