19:黎明、そして光(2)






瞳を閉じると今でも思い浮かぶ。
あれは故郷の丘での話。
馬上で太陽の光を浴びてきらきらしていた人、その人に手を伸ばしてみたいと思った。
それが全ての始まりだった。

荒地を掘り起こしながら、若い人間と一緒になって大笑いする大らかさ。
吉田を後にした日、楽しかったなと言って髪をかきまぜてきた手の熱さ。
城山で出会った時、よく来たと言って穏やかに受け入れてくれた優しさ。
この人も何かに手を伸ばして歩いている、自分が思うよりも近い存在なのだと教えられた時のあの嬉しさ。



今朝、別府の洞を出た直後に要之助は桐野とばったりと顔を合わせた。
その時、思わず息を飲んでしまったのだ。
単衣の裾をからげ、袖も襷でからげたすっきりとしたいでたちが、言葉にできない程桐野には似合っていた。
何か正体のしれない感情が胸を締め付けたが、ただ一言、「おはようございます」と。
「ああ、おはよう」
その桐野の応答に篝火が焚かれた中で交わす会話では無いなと思うと、少し笑ってしまった。
一言二言言葉を交わすと、桐野は今から少し見回りに行くのだと。

(本当に、いつものままだ…)

分かっていても、要之助は小さな驚きを禁じえなかった。

「桐野さあ」

要之助はそのまま歩いていこうとする桐野を呼び止めた。
「もう、大丈夫です」
自分は大丈夫だと、何故かそう伝えずにはおれなかった。

「大丈夫、です」

うん、と独り言のように頷いた要之助を見て、桐野は莞爾と笑った。


身を翻した桐野にマルチネー銃を肩にした幸吉が続く。
その姿が見えなくなるまではと、暫くその場に佇んでいた。
すると不意に幸吉が振り向いたのだった。
はたと目が合う。
幸吉はにやっと破顔し片目をつむると、「じゃあね」、口の動きだけでそう言った。

『私は…先生の従僕やからな、どこへでも付いてくで』

いつだったか、幸吉はそんな事を言っていた。
「そっか…」
きっと、幸吉ともここでさよならだ。

話しかける桐野と、桐野の少し後ろで笑いながらそれに応じる幸吉と。
その姿が朝まだき薄闇の中に溶けていく。

ふたりの姿を遠くから眺めていたそう遠くない昔が、今は酷く懐かしい。

昨日の夜も今日の朝も、ゆったりと揺れていた見慣れた背中。
今までずっとあの背中の後を追っていたのだと思う。
始まりが始まりであったから、余計に。
後ろを歩きながら悩んで遅れて、偶に立ち止まって、そんな時桐野は必ず正面から向き合ってくれた。
いつだって笑いながら。
そんな人だった。


きらきら、きらきら。
初めて逢った時、強い光芒を放つ存在だと思った。
ひときわ明るくて、ひときわ高い所に見える、手を伸ばしてみたいと思うような。
触れられる所にいる人だと気付かされてからも光源はその輝きを失わない。
却って尚好きだと思う気持ちが深まった。

(光、かな…)

桐野に光を見たのだと思う。
きらきらとした光。
それを追ってこんな所まで来てしまい、こんな事になっている。

(…でも、間違ってなかった)
そう思える。

桐野は最期まで戦うのだという。
それが桐野の生き方だから。その生き方が桐野そのものだから。
その姿をこのまま追えばいいと思う。それはきっと間違いじゃない。
ただ桐野とは自分とでは少し進む方向が変わるだけだ。
これでいいと思える時までは死ねない。桐野が与えてくれた道だから、余計に。
生きる。
城山を最期の地にはしない。
還る。
実方に。


そして実方に還ったらそれからは…
桐野がそうだったように、自分もいつか ―――――


誰かの光になれたら。

誰かに何かを伝えられる人になれたら。



そうなれたらいい。



20201216改訂再掲/80808(7/16-7/19)
♪「光芒」(B'z)



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