20:黎明、そして光(3)






(今だけは覚えていることを思い出そう)

道は別れたのだと頭では理解しても、実際のところ感情はなかなか追いつかなかった。
この場で戦闘の終わりを独りで待つのは辛すぎる。
流石にやり切れなかった。

だから桐野や出逢った人々との間であったことを思い出した。
思い出そう、思い出せ、思い出して……最後は少し必死だった。
それが漸く途切れた頃、何時の間にか城山には静寂が戻っていた。
「………」
ぎょっとした。…自分の鈍感さにも。

(おわ、終わった…?)

足元からは雑多な声や会話、多数の足音が聞こえてくる。中には耳を塞ぎたいような音や声も多く混じっていた。

(終わったんか)

全てが。

悄然した感情が湧いてくるのを自分でも抑えきれない。
胸の奥から込み上げてくるもので視界がぼやけた。
泣いても仕方ないじゃないか。そう思っても、こればかりは流石にどうしようもなかった。

「あ」
そんな時だった。
ぽっ、ぽっと葉を揺らして、雫が天から降ってくる。
葉と葉の間隙を縫ったそれが数滴少年の額にも落ちてきたかと思うと、見る間に大雨になった。
ざあっ、ざああぁっと、涙も汗も戦塵も、何もかもを洗い落とすように降り注ぐ。

「涙雨…」
或いは慈雨。

そう思わずにはいられない雨は降りたいだけ一気に降るとさっと止んだ。
それが、誰かに泣くな、負けるなよ、と言われているようで。

―――…馬鹿じゃなあ。泣く奴があるか

「…もう、大丈夫」

―――よし!もう泣くな、…笑え

「はいっ…」

大丈夫、大丈夫。




要之助が登っていた大木の周辺を取り巻いていた喧騒が、時間が経つにつれ遠くなる。
近くの木に陣取っている静吉は無事なのだろうか。
余り動かない方がいい。頭では分かっていながら、そわそわするのを止められなかった。
(す、少しだけ、少しだけじゃ…)
手を伸ばして、目の前にある枝をがさっと掻き分ける。目を眇めて少し身を乗り出した途端、

パンッ!

そんな音が聞こえた、気がした。

「―――!!!」

瞬間、灼熱の塊が足にぶち当たった。
衝撃で幹の方に体が押しつけられるように飛ばされる。
無意識に、しかし咄嗟に幹に抱きついた為、木からの転倒は辛うじて免れた。

「 ――― 〜〜〜 ――― 」

声が出ないように、唇を噛み締める。
鼻腔から息を吸って吐きを繰り返し、痛みをやり過ごそうとする。
痛い痛いいたい痛い熱いイタイあついアツイいたい痛いアツイ熱い痛いーーー
焼き焦げるような痛みだった。
草鞋で固めた足先が赤くどろっとした液体に濡れていくのが、薄く開いた目の端に写る。

撃たれた。
頭のどこかで、それだけは辛うじて分かった。

(ダメだ)

今力を抜いたら落ちる。
分かっているのに幹を掴む手から少しずつ力が失われていく。

(ダメだ…)

落ちる。
木下での喧騒が深くなっている。大方政府軍の兵隊が集まってきているのだろう。
それがどこか遠くで起きている出来事のように思える。

(大丈夫、だいじょうぶ)

何の根拠も無くそう思いながら、踏ん張る力を無くし投げ出された片足が木から落ちないように、空いている手を伸ばす。それを引き寄せようとした時、血濡れの枝上で足が滑った。

「っ!」

それでバランスが崩れた。
視点がひっくり返り、枝と枝の間から青い空が開けたように見えた。
知らず胸元に入れていた紹介状を握りしめた。

落ちる。


ああ、落ちるのだな。


どこか他人事のように、そう思った。



20201220改訂再掲/080808(7/20-7/21)
ちょっとメモ



prev | back | next
Long | top