「あこやちゃんのことが気になるのかい?」

 室長のコムイが造ったコムリンUというロボットの暴走で半壊の憂き目に遭った本部が、科学班主導による修復作業のおかげでだいぶ元通りになった頃、アレンは先の任務で一緒になった女性エクソシストの話を振ってみた。
 とんてんかんてん、自ら金槌をふるうコムイが振り返る。

「気になるというか、全然話す機会がなかったので。神田と仲がいいんですね?」
「仲がいい……まあそうかな。たまに本気の本気でケンカして真剣勝負始めるからハラハラするけど、単純に付き合いが長くてお互いよく解ってるんだと思うよ。ボクが本部に来たときから二人セットみたいな感じだったし」
「へえ」
「ちっさい頃はね〜、きれいな黒髪で、二人ともポニーテールで、可愛くて、顔立ちもアジア系だから双子みたいだったんだよ。剣の師匠が同じだから息もよく合っててね〜」
「可愛い……? 神田が……?」

 ちょっと理解不能な形容詞が出てきた。眉を顰めてしまったアレンをよそにコムイは続ける。

「あこやちゃんは、神田くんが怒るポイントを解っているから彼の邪魔をしないんだよね。で、神田くんが怒ってもたいして気にしない。神田くんもあこやちゃんの動きをよく把握していて上手に使う。だから二人一緒に組んでもらうことが多いかな」
「そうなんですか……」

 あの神田の邪魔をしない。
 神田と剣の師匠が同じ。ということは──

「えっと……かなり強い人なんですか?」
「強いよ。神田くんと一対一でいまだに引き分ける。彼女のお父さんもエクソシストだったんだけどね、隻腕ながらに見事なサムライだった。彼以上の剣士はきっと教団には現れないだろうね」
「カ、神田と引き分けですか」

 ──マテールで、トマに化けたアクマによって神田が瀕死の重傷を負ったとき。
 師匠のスパルタのせいで戦闘には慣れていたアレンが目で追えなかったほどの疾さで、彼女は対アクマ武器を抜刀してアクマに斬りかかっていった。
 血だらけの神田を見ても冷静に撤退を指示し、左腕を銃刀器に作り替えてアクマと戦うアレンの戦闘の隙を縫ってララとグゾルを救出にも来た。
 確かに熟練者の動きだった。
 見た目は華奢な女性なのに、全くエクソシストは見かけにはよらない。

「あこやちゃん、昨日任務完了の報告がきたから一旦帰還すると思うよ。神田くんにはまた別の任務に寄ってもらうことになったけど」
「そうなんですか!」
「うん。全然話しかけ辛い子じゃないから、色々喋ってみるといい」

 市村あこや。
 あの神田と仲がいい女の子。
 一体どんな人なんだろう。


レゾンデートル


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「またコムリンが暴走したんだって?」

 呆れ顔で科学班フロアに顔を出すと、科学班の班員たちがぶわぁっと涙を溢れさせながら「あこや!!」と襲いかかってきた。
 最低限の動きで避けて、背後でぐちゃぐちゃっと団子状になった班員のみんなを見下ろす。ジョニーもタップもぼろぼろ、ロブやマービンに至っては髭が伸びっ放しだ。片付けを手伝っているらしいアレンが苦笑いを浮かべている。

「はいはい、ただいま」
「おかえりあこや! 大変だったんだよ聞いてくれよ!!」
「もうリーバーから聞いたよ。今度はリナのコーヒー飲んだんでしょ」
「あこやおかえりー! 怪我してないか?」
「平気。神田に蹴り飛ばされたくらいかな」
「また何やったんだよお前は」
「いやー、お腹減ってふらついたところにアクマの弾丸が。蹴り飛ばされなかったら腕切り落とす羽目になってたね」

「神田ナイスアシスト」「よくやった神田」「今度褒めてやろう」「神田のソバに科学班特製旨味ソースを」「お前そんなことしたら削がれるぞ」「死ぬ気か」
 ──わちゃわちゃと神田をいかに褒めるかという話に移行していく班員をよそに、なんだかそわそわしているアレンのもとに歩み寄った。

「どうしたの、アレン」
「いえ、あの、お……お帰りなさい! あこや」
「うん。ただいま」

 にっこり笑って返すと、アレンはちょっと顔を赤くして目を逸らした。
 なんだこの少年。可愛いな。

「リーバー、わたし司令室に報告書を出しに行ってくるから。そのあと手空くけど?」
「いーよ、連続で任務に出てたんだから休んでろ!」
「怪我は治ってるし科学班よりよっぽど体力あるけどね」
「ぐっ……反論できねえ……」

 唸る科学班を背に、司令室への近道である梯子に足をかける。
 書類の山に溺れるコムイに、神田から預かったものも合わせて報告書を提出した。ここでもコムリンの悲劇について延々と嘆かれそうになったが、さすがに逃亡。
 科学班フロアに戻って「リナどこにいるの?」と誰にともなく訊ねると、「食堂!」とロブの声が飛んできた。

「食堂か。アレーン、一緒にご飯食べない?」
「えっ、はい、喜んで!」

 どうも緊張している様子のアレンと連れ立って食堂へ向かい、リナリーを捜しながらジェリーに定食を注文しに行く。

「ジェリーただいま! B定食ください」
「おかえりあこや! アラ、神田は一緒じゃないの?」
「神田とはリヨンで別れてきた。今頃ブリュッセルだと思うよ」
「それは寂しいわねェ……」
「寂しくないよいくつだと思ってんの」

 アレンは凄まじい量の食事を注文していた。
 寄生型エクソシストは体自体が対アクマ武器になるので、それなりの量を食べることは知っていたが、それにしても多い。
 リナリーのもとへ向かう途中、アレンはそわそわしながらこちらを向いた。

「あこやってみんなとすごく仲がいいんですね。さっきからずっと『おかえり』って」
「まあわたし、ここで産まれてるからね。本部の医療班に取り上げられて、団員みんなに育てられてるし」
「そうなんですか。ご両親が教団関係者?──あ、お父さんのことは聞いたんですけど」
「うん、母はイギリス人の元科学班班長、父は日本人エクソシスト」
「まだお会いしたことないです」
「あはは、二人とも死んじゃったからねー」

 ぱちり、アレンが瞬いたところでリナリーのもとに到着した。
 都合よくお隣が空いていたので着席すると、ぱっと花の咲くような笑顔で抱きついてくる。

「おかえり、あこや!」
「ただいまリナ。なんか大変だったらしいね?」
「ふふ。……神田がいなくてよかったわ……」
「いたらブチ切れてただろうね」

 数年前の黒の教団壊滅事件1stのことを思い返しながら遠い目になる。
 あのときは暴走したコムリンが神田の蕎麦に手を出して、激昂した神田が一閃に斬り捨てたのだ。わたしでさえ抜刀の瞬間を目で追えなかったほどだった。
 父の抜刀が見えないことなら幾らでもあったが、神田のそれを目で追えなかったのは後にも先にもあれだけである。

「そうだ、アレンの話が途中だったっけ。日本人エクソシストの父に母が一目惚れして、わたしが産まれたの。母は九年前に亡くなって、父は四年前に殉職したけど、教団がわたしの家だしみんながわたしの家族なんだー」
「そうなんですか……大家族ですね」
「ほんとにね。アレンももう一員だよ」

 こてんと首を傾げると、アレンが照れたように笑う。
 コムイから少しだけ聞いた彼の身の上を思い出しながら、喪ったものをここでもう一度得られたらいいなと願った。

 他愛無い話をしながら食事を進めていると、団服のフードの中にいた無線ゴーレムがぴょこんと跳ね起きる。通信班から、神田から連絡がきているというので繋いでもらった。

『あこやテメエッッッ!!!』
「うるさっ」
『ふッッざけんなよお前俺の着替えに全部落書きしやがったな!?』
「やっと気付いたの?」

 思ったよりお怒りの通信が遅かったな。
 急に神田の怒声が響いたせいでアレンがびっくりしているが、教団のみんなは「またか」「あこやもよくやるな」とほのぼのしている。

『本部に帰ったら憶えてろよテメエ! 刺し殺してやる!!』
「だって神田に蹴り飛ばされたのけっこう痛かったんだもん。むしゃくしゃしたからやった。反省はしていない」
『蹴り飛ばさなかったら死んでただろうがテメエは!!』
「『あこや危ない』って言ってくれれば反応できたよ。神田はまだまだわたしの反応速度を甘く見ている。これはその侮りに対する抗議だ」
『抗議で下着に落書きをするな!! テメエに恥はねえのか!!』
「神田の下着に対しては今更特にない」
『……殺す……!』
「はっはっは。キッチリ殺し返す」

 ゴーレム越しに呪いでもかけてきそうなおどろおどろしい呻きをさらーっと受け流す。目を白黒させながらそんなわたしを見ているアレンに、リナリーが苦笑いで解説に入った。

「きっとあこやを庇って神田が怪我したのね。それであこやが怒っていたずらしたんだわ」
「……よくあるんですか? この物騒なやりとり」
「いたずらはそんなに頻繁じゃないけど、このくらいの口ゲンカなら日常茶飯事よ。要は慣れね」
「意外です。神田が人を庇って怪我するなんて」
「神田ってすごく口が悪くて態度も冷たいけど、あれで意外と面倒見がいいのよ?」
「えええ……」

 ぎゅーっと顔を歪めたアレンが面白くてちょっと笑ってしまった。
 相性最悪だな。似た者同士は反発する法則か。
 ぎゃーすか騒いでいる神田からの通信をブチッと切って食事の手を再開すると、話が終わったと見たリナリーが体をぴたりと寄せてきた。

「神田、怪我したの?」
「わたしを蹴り飛ばして自分はまともに攻撃くらってんの。アッタマ来たから鞄の中の着替えに全部落書きしてきた」
「ふふっ」
「なに笑ってんのリナ」
「ううん。あこやと神田が仲良くて嬉しいなって」
「わたしはもっと優しくしてほしい……」
「神田が優しく?……それはそれで……」
「気味悪いね。そういえば前、わかりやすく優しくて気味悪いって言ったら暫らく口きいてくれなかった気がする」
「あははっ」

 物凄い勢いで食事を進めているアレンが、なんだか疲れたような表情になる。
 首を傾げてどうかしたのかと訊ねると、彼は早くもデザートのみたらし団子に手をつけて「なんだか……」と苦笑した。

「あこやが意外とお茶目な人なのでビックリしました」
「アレンくん、まだまだよ。神田とあこやの組手を見たらもっとビックリだと思う!」
「そんなに凄いんですか?」

「そうね」なにを思い出したのか、リナリーは突然遠い目になった。「たまに本気で殺し合いに発展するから見ててハラハラするわ」
 心当たりが何度かあるのでそっと目を逸らす。
 さすがに年季の入ったエクソシスト同士なので、任務に支障のある大怪我を伴うけんかはしないが、修錬場で日本刀を突き合わせて真剣勝負をして大騒ぎになったことがあった。今でもたまになる。

「大体そういうときって、あこやが激怒して神田に斬りかかるのよね?」
「……ちゃんと怒る理由あるんだもーん」
「神田ってなんだかんだであこやに対して本気で怒らないのよ」
「それは違う、リナ」

 わたしは神田を本気で怒らせるポイントを知っていて、上手に避けることができるだけだ。神田はそれができないので(というか、知っていて避けようとしないので)わたしを本気で怒らせる。
 結果激怒して殺気立ったわたしが斬りかかり、神田は応戦する。
 そういう図である。

「……まあ、リナの言う通り、神田はあれで意外と面倒見がいいアジアンビューティーパッツンなので」
「神田怒るわよ」
「パッツンって言ったのは内緒にしてね。──アレンもあんまり苦手意識持たずに接してやってよ。言い方は死ぬほど悪いけど、間違ったことは言っていないことも多い。神田ほど真っ直ぐなエクソシストもなかなかいないし、純粋に強いから見習うところもあると思う」
「…………ハイ」

 渋々肯いてますと言わんばかりのアレンに笑って席を立った。
 神田によく似た、神田と正反対の道を行く男の子。

「きみの行く道が、きみの望むものであることを祈ってる。兄弟」

 さて、お怒りの連絡がきたということは、任務がひと段落して神田もそろそろ帰還するということだ。
 また神田に「ただいま」を言わせるために頑張らなくちゃね。