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その彼女に出会ったのは、たぶん、しのぶさんのささやかな仕掛けだったのだと思う。


「これと、これは……」

すっかり強くなった初夏の陽射しに、額に浮かんだ汗を袖でそっと拭う。
座敷から縁側へと場所を移し、私は庭の太陽の下で、平ざるに広げられた薬草と借りてきた本を交互に見比べながら勉強を続けていた。

「なるほど……これは身体の熱を下げる効果があって、こっちは煎じて飲むと胃腸の働きを助けてくれる、と……」

覚えた知識を一つひとつ忘れないように口の中で唱える。文字だけで追うよりも、こうして実物の薬草の形や匂いを確認しながらの方がずっと頭に入りやすかった。
難解だった医学書も、アオイさんに教えてもらってからは少しずつ紐解けるようになってきている。
作業の合間には、なほちゃんたちが「それはサフランですよ!」と小さな手で薬草を指差しながら教えてくれることもあった。まだ幼いのに、薬草の区別まで身体に染み付いているようで、素直に感心してしまう。私なんて分厚い本と睨めっこしてようやく覚えているというのに。

指先に付いた葉の破片を払いながら、私は平ざるの上の薬草を均一に陽に当てるため、丁寧に位置を入れ替えていく。
よし、次はあっちのざるに取りかかろう。そう思い直して膝の上に広げていた本を閉じ、脇に置いたまさにその時のことだった。

「あのう……しのぶちゃんはいますか?」

頭上からかけられた可愛らしい声に、私はハッと顔を上げた。
座った姿勢のまま、おそるおそる視線を巡らせると、少し離れた廊下に立ちこちらの様子を覗き込んでいる人物がいる。
珍しい、と素直に思った。その独特で美しい髪色が。桃色から草色へと移り変わる色鮮やかな髪。
風がサァと吹き抜けると、木の葉が青空へと高く舞い上がり、彼女がまとう甘い果物のような香りがふわりと鼻をくすぐる。
真っ青な天気に恵まれた、そんな日のこと。初夏の陽光の下、彼女はパッと花が咲くような満面の笑みを私に向けた。









ぞろぞろ、がやがや。
しのぶさんのお部屋の前には、今たくさんの隊士が集まっている。
私はその間を縫うようにしてお茶の入ったお盆を抱えながら、人だかりができているその部屋の前へと向かった。

「す、すみません、ちょっと通らせてください」
「うわっ、ごめんなさい!」

恐縮しながら退いてくれる隊士たちにお辞儀をしつつ、ようやく障子の手前までたどり着く。
部屋の中からは、弾けるような明るい声と、しのぶさんの鈴を転がすような笑い声が聞こえていた。
トントン、と軽く障子を叩く。

「しのぶさん、お茶をお持ちしました」
「あら、ありがとうございます。どうぞ入ってください」

「お邪魔します」と声をかけて障子を開けると、パッと華やかな光景が目に飛び込んでくる。

「わあ、ありがとう!……って、あら?」

膝を突き合わせて楽しそうにおしゃべりをしていたその女性が、私を見るなり、ぱちくりと大きな目を丸くさせた。
そして次の瞬間、「さっきの女の子!」と両手を頬に当てて身を乗り出してくる。

「ねえしのぶちゃん!この可愛い子、だあれ?」
「冬頃からこのお屋敷のことを色々と手伝ってくれている、リサさんですよ」
「まあ、リサちゃんね!よろしくね!」

初対面とは思えないほど距離の近い可愛らしいな笑顔に、思わずお盆を抱えたまま固まってしまう。
人は、本物の美人を目にしたとき、何も言葉が出なくなるらしい。
甘露寺さんは、私の手元のお盆から漂う湯気に気づくと、さらに瞳をキラキラと輝かせた。

「お茶淹れてくれたの?嬉しい!ちょうど喉が渇いていたのよ〜!」

屈託のない大らかな笑顔。
部屋の前に人だかりができる理由が、なんだかすごくよく分かった気がする。

「リサさん、紹介しますね。こちらは恋柱の甘露寺蜜璃さんです」
「は、はじめまして。甘露寺さん。高月リサと申します」
「そんなに畏まらなくてもいいのよ!よろしくね、リサちゃん!」

甘露寺さんは可愛らしいな笑顔のまま、私の両手をそっと包み込むようにギュッと握ってくれる。そのあたたかさと柔らかさに、私の心臓は跳ね上がった。
鬼殺隊の柱に、しのぶさん以外にもこんなに可愛らしい人がいたなんて。スタイルも抜群で、ぱっちりとした大きな瞳に、目の下のほくろが何とも言えず愛らしい。
失礼ながら、幾度も死線をくぐり抜けてきた剣士にはとても見えなかった。まるで、おとぎ話の中からそのまま飛び出してきたお姫様のように見えてしまう。

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。それに、甘露寺さんとリサさんは同い年なんです」
「えっ、本当!?」

しのぶさんが楽しそうに添えた一言に、甘露寺さんがパッと表情を輝かせた。

「同い年なの!?わあ、嬉しい!」

ぎゅっと握られた手そのままにブンブンと振られ、甘露寺さんは弾んだ声をあげる。

「私、同世代の女の子のお友達が少なくてすごく嬉しいの!お友達になってくれる?」
「えっ私ですか?!」

その屈屈のない無邪気さに押され、一瞬ポカンとしてしまった。
私が、柱の方とお友達になってもいいのかな。こんなにお姫様みたいに可憐で素敵な人と友達になれたら、そりゃあもうもの凄く嬉しいけれど。あまりにも眩しすぎて、夢でも見ているんじゃないかとどこか現実味が湧かない。
断るなんて選択肢なんてどこにも見当たらないが、そう簡単に承諾してしまっても良いものなのか。
ちら、としのぶさんを見ると、私の視線に気付いたしのぶさんが小さく笑いながら軽く肩を竦めて言った。

「いいんじゃないですか?リサさんも、このお屋敷以外のお知り合いが増えた方が心強いでしょうし」
「っ、あのっ……!私でよければぜひ!」
「きゃあ!嬉しい!」

笑みを浮かべた甘露寺さんは、私の手をもっとぎゅっと抱きしめて、本当に嬉しそうにはしゃいでくれる。

「あの、しのぶさんと甘露寺さん、今日はどうして……」
「しのぶちゃんとはお友達なのよぉ!柱の中で女の子は私達二人だけだから、こうしてお茶を飲んだり恋バナをしたり、いっぱいお喋りするの!」
「恋バナ、ですか」
「ええ。甘露寺さんはいつも可愛らしいお話を聞かせてくださるんですよ」

しのぶさんも柔らかく微笑みながら相槌を打つ。
二人が並ぶと、まるで可憐な大輪の花が二輪咲き誇っているみたいだ。
鬼と戦う一方で、こうして年相応の女の子として笑い合える時間が、二人にとっても大切な息抜きになっているのかもしれない。

「今日もね、しのぶちゃんに聞いてほしいお話がたくさんあって、お稽古の帰りに飛んできちゃったの!リサちゃんも一緒に聞くでしょう?」
「えっ、私まで入ってしまっていいんですか?」
「もちろんよ!」

甘露寺さんのお話は、聞いているだけでこちらまで胸が跳ね踊ってしまうほど、どこまでも可愛らしくて愛おしいものばかりだった。
身振り手振りを交えながら語られる言葉の一つひとつに、彼女の素直な感情がぎゅっと詰まっている。
嬉しそうに頬を染めたかと思えば、恥ずかしそうに両手で顔を覆ったり、パッと瞳を輝かせて身を乗り出してきたり。コロコロと目まぐるしく変わるその表情から目が離せなくて、気づけば私は初対面の緊張すら完全に忘れ、すっかり彼女のお話の虜になってしまっていた。

「でね、昨日ね、町でハイカラなお店を見つけてね、『プリン』っていう洋菓子を食べたの!黄金色のお砂糖のシロップがかかっていて、お口の中で甘く溶けて……もうすごーく美味しくてね!」
「分かります、私もプリン好きです!」
「えっ!リサちゃんも食べたことあるの!?」
「はいっ!それはもう、小さい頃によく……」

私が当然のように同意すると、甘露寺さんはさらに瞳を輝かせ、驚きと嬉しさが混ざり合った表情で身を乗り出してくる。

「私ね、ぱんけえきやシュークリームも大好きなの!リサちゃんは食べる?」
「はい!どちらも大好きです!」
「じゃあ、ビスケットやパフェは?」
「それもすごく好きです!」

「まあ!本当に!?」と、甘露寺さんは両手を叩いて大はしゃぎする。
洋菓子に限らず甘いものなら何でも好きだ。
現代の感覚をそのまま共有できる相手なんてそうそう出会えないと思っていたけれど、甘露寺さんの「美味しいものが大好き」という真っ直ぐな気持ちが、時代の壁なんて一瞬で跳ね飛ばしてしまう。

「こんなにお菓子のお話ができるのリサちゃんがはじめて!ねぇ、今度のお休みに一緒にお茶しに行かない?」
「い、いいんですか?」
「もちろん!行きましょ、ね?」

可愛らしく首を傾げておねだりするように笑う甘露寺さんに、私の胸はきゅんと跳ね上がった。

「ぜ、ぜひ……!一緒に行きたい、です」
「決まりね!」

…どうしよう。お出かけの約束をしてしまった。
あまりにもトントン拍子な展開にびっくりしつつも、純粋に嬉しい。また新しいお友達ができるなんて。それも柱の人の。
友達と「今度どこに行こう」と約束を交わすこの感覚がなんだかすごく懐かしい。
手持ち無沙汰になった指先を重ね合わせながら、私は気恥ずかしさを誤魔化すように照れ笑いを浮かべる。
ふと隣に視線を向けると、お茶を静かに啜りながら私たちを見守るしのぶさんの姿があった。彼女は瞳を和らげ、いつも以上に優しく微笑んでいる。
そして、首を傾げてふとこう言ったのだ。

「お二人、仲良くなれそうでよかったです」

…と。
もしかして、しのぶさんは…。
私に、同年代の友人を作ろうとしてくれたのかな。尾崎さんを亡くしてから、女の子の知り合いが少なくて屋敷の中で過ごすことが多い私に、こんなに明るい甘露寺さんを紹介してくれたのかもしれない。
考えすぎかな、と思ったけれど、しのぶさんも何も言わずにただ一度、優しく目を細めて私に微笑んでくれた。
それだけで目に涙がじわりと滲む。

「あっ、もうこんな時間!すっかり長居しちゃった。お喋りはまた今度にして、今日は帰るわね。またね、しのぶちゃん!リサちゃんも!」
「はい、また柱合会議で」

甘露寺さんが、大きな置き時計を見て声を上げた。彼女は最後にもう一度だけ私の手をぎゅっと握りしめると、ひらひらと手を振りながら部屋を飛び出していく。
閉まった戸の向こう側から、待ち構えていた隊士たちが「甘露寺様……!」と色めき立つ声が聞こえてきて、私は思わず苦笑が溢れた。
まるで、春の陽だまりのような人だな。

「仲良くなれそうですか?」
「………はい。とても」

私がそう答えると、しのぶさんはそれ以上何も言わず、また優しく微笑んだ。まるで、それで十分だと言うように。
私は心の中で彼女に深い感謝を告げるのだった。



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