53
朝の慌ただしい時間は過ぎ、蝶屋敷に束の間の静寂が訪れていた。洗濯物も掃除も、今日やるべきことの半分以上は一通り片付いた。
縁側に腰を下ろすと、湿り気を帯びた熱風が、私の肌をゆっくりとなぞっていく。
見上げた空は、痛いくらいに青い。山の向こうから、真っ白な入道雲がむくむくと湧き上がっている。
蝉の声も、つい数日前までは初夏の訪れを遠慮がちに告げる程度だったのに。日に日に大きく、そして鋭くなっていく。今はもう、屋敷全体を震わせるような喧騒となって、命の盛りをこれでもかと主張していた。
…いよいよ、本格的に夏が来るんだな。私は眩しさに目を細めながら、日陰になった廊下のひんやりとした床板に火照った足を預けた。
ふと、自分の胸元へ無意識に手が伸びた。薄い衣の合わせ目から指を滑り込ませ、そこにある小さな感触を確かめる。
大切な首飾り。指先でその冷ややかな輪郭をなぞっていると、彼女の朗らかな笑い声や、少しお節介で温かかった言葉が、夏の熱気に混じってふわりと蘇るような気がした。
「……元気にしてるかな、尾崎さん」
彼女と過ごした時間は、今では少し遠い。けれど確かな温もりを伴った記憶として私の中に根付いている。この穏やかな空の中で、彼女が健やかに笑っていてくれることを願わずにはいられなかった。
……繋がり、かぁ。この間しのぶさんに言われたあの言葉が、再び脳裏を掠めた。誰かと繋がり、想いを受け取り、そして自分も何かを返したいと願う。
その連鎖こそが、この眩しすぎる夏の中で、私が今ここに存在している理由なのかもしれない。
そんな風に遠い友に思いを馳せていた時、眩しい空の一角から、黒い影がゆらりとこちらへ向かって落ちてきた。
「わっ、」
思わず驚く私をよそに、大きな羽を羽ばたかせ、不器用な着地音を立てて縁側に降り立ったのは、一羽の鴉だった。
「……ヨッコイショ。アツい、アツいのぅ」
その鴉は小さく羽を震わせ、嘴を窄めて一息つくと、大切そうに抱えていた一通の文を私に差し出してきた。
「…オヌシガ リサカ」
「は、はい。そうです。お手紙ですか?どなたから……」
「義勇カラノ使イジャ。コレヲ 受ケ取ルガイイ」
「冨岡さんが?…あ、もしかして鴉の寛三郎さんですか…?」
「ソウジャ」
「あ、あの、冨岡さんからお話は聞いてます…!わざわざありがとうございます」
私が丁寧に受け取ると、寛三郎さんは「ホッホッ」と枯れた笑い声を漏らした。
…本物の寛三郎さんだ。本当に、冨岡さんが言っていた通りのおじいちゃん鴉なんだな。
「冨岡さんの鴉さんが直接来てくれるなんて……なんだか、少し緊張しちゃいます」
そう言って笑うと、寛三郎さんも鴉なのにどこか照れ臭そうな表情を浮かべた。
いつもはアオイさんに頼み込んで、彼女の鴉を借りて文を出していた。私は鬼殺隊員ではないから、自分の鴉を持てない。
アオイさんの鴉や尾崎さんの睡蓮はもっと若くて、せっかちに「返事ハ!返事ハ!」と急かしてきたけれど。目の前の寛三郎さんは夏の熱気に身を任せるように、どこかゆったりとした空気を纏っている。さすが、ベテラン鴉さんだ。
受け取った文を開くと、そこには冨岡さんらしい、飾り気のない実直な文字が並んでいた。
"次の週末、昼下がりに屋敷へ来てほしい。
待っている"
たったそれだけの内容だったけれど、私にとってはどんな長い手紙よりも胸に響いた。
次の週末。また彼に会える。それだけで、胸の奥が温かな期待でいっぱいになる。
「寛三郎さん、ありがとうございます。あの……冨岡さんは、お元気ですか?ちゃんと休めているでしょうか」
私が尋ねると、寛三郎さんは縁側の縁を爪でコツコツと叩き、空を仰いだ。
「義勇ハ ズット 働キ通シジャ。ネブソク、ネブソク……。カワッテ オランノゥ。ソレデモ、コノ手紙ヲ書イテイル時ハ、ドコカ穏ヤカナ顔ヲ シテオッタワ」
「……そうですか。良かったです。教えてくれてありがとうございます」
私は手近にあったにゃー吉用の小皿に水を汲み、寛三郎さんの前にそっと置いた。
彼は「カタジケナイ」と短く鳴いてから、ゆっくりと嘴を浸して水を飲んでいる。
「義勇ハ不器用ジャガ、根ハ優シイ男ジャ。仲良クシテヤッテオクレ」
「そんな、私の方がいつもお世話になってます」
「カァ。…良イ娘ジャノゥ。デハ、ワシハ戻ルゾ。暑サニヤラレルナァ」
寛三郎さんは満足げに羽を広げると、再び夏の空へと悠然と飛び立っていった。遠ざかっていく黒い背中を見送りながら、そっと息を吐き出す。
…しっかり準備しなきゃ。そう思うと、じりじりと肌を焼く夏の空気さえも、今は少しだけ心地よく感じられた。
決意を新たにして立ち上がろうとした、その時。病室が並ぶ奥の廊下の方から、パタパタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「あ、リサさーん!いました!」
「よかったぁ、探してたんです!」
角から勢いよく飛び出してきたのは、なほちゃん、きよちゃん、すみちゃんの三人娘だ。
いつも元気な彼女たちだけれど、今はどこか困り果てたような、眉をハの字にした表情をしている。アオイさんの手伝いで病室へ行っていた帰りだろうか。
「…何かあったの?私にできることなら手伝うよ」
三人の切実な様子に、私は迷わず頷いて立ち上がった。手元に残った冨岡さんからの文を、端を揃えて丁寧に折り畳む。
「そうなんです…!事件です…!」
「こっちです、来てください…!」
私の返事を聞くやいなや、三人はぱあっと顔を輝かせた。
冨岡さんの文を懐へ入れると、三人娘に手を引かれるようにして私は廊下を歩き出した。
*
「あちゃー……」
目の前に広がる光景に、私は思わず額を押さえた。
何事かとやって来てみれば。廊下の真ん中で無惨にも割れてしまった、大きな
「す、すみません!どうしよう、どうしようっ」
「みんなで冷やそうねって、運んでたのに……っ」
「手が滑っちゃって……ううっ」
三人娘は、とても焦っていて、泣き出しそうな顔で立ち尽くしている。足元には、西瓜を包んでいたであろう籠が虚しく残されていた。
きっと、酷暑の中で刃を振るう隊士たちに、束の間の涼と甘い休息を届けてあげたかったに違いない。それでも、西瓜は球体だから転がってしまえば割れることだってあるだろう。
「だ、大丈夫だよ!一緒に片付けちゃおう。床についてないところはまだ救出できるかもしれないし」
「本当ですか…?」とおずおずと顔を上げた彼女たちに笑いかけ、私は手近な手拭いを取り出す。
「うん、半分以上は食べられるはずだよ」
「良かった。あ、わ、私、雑巾取ってきます……!」
「私はお盆を…!」
「わ、私もお水汲んできます……!」
私の言葉に弾かれたように、三人はパタパタと廊下を駆けていく。その背中を見送ってから、私は再び視線を現場へと戻した。
「……さて、と」
静かになった廊下で独りごちる。私はしゃがみ込み、散らばった西瓜の中から、まだ床に触れていない、救出できそうな大きな塊を慎重に手に取った。
無惨に割れてはいるけれど、その断面は瑞々しく、まだ微かに冷気を纏っている。床に広がった果汁は、陽光を反射してキラキラと輝いてさえ見えた。
…いい匂いだ。一口くらい食べても怒られないかな。
「えいっ」
端にある一番小さな、欠片のような部分を口に含んでみた。シャリ、という心地よい音と共に、驚くほど瑞々しい甘みが口いっぱいに広がる。
「ん……おいしい」
これはいい西瓜だ。すみちゃんたちが一生懸命冷やしていた理由がよくわかる。
「よし、どんどん救出しちゃおう」
独り言を呟きながら、私は盆代わりに割れた西瓜の皮に、綺麗な実を丁寧に並べていく。不揃いに砕けているけれど、味に変わりはない。
瑞々しい甘い香りに包まれながら、私が黙々と作業を進めていると、遠くからまたパタパタと足音が近づいてきた。
「戻りましたー!」
息を切らせた三人が、バケツや盆を抱えて戻ってくる。その顔にはまだ不安の色がこびりついていて、私の手元を覗き込む瞳はひどく切実だった。
「あの……リサさん。西瓜、どのくらい食べられそうですか……?」
すみちゃんがおずおずと、消え入りそうな声で尋ねてくる。私は並べ終えたばかりの山盛りの赤い塊を指さして、明るく笑いかけた。
「意外と被害は少なかったみたい。ほら、三分の二くらいはしっかり食べられそう」
「三分の二……!」
三人の顔に、パッと灯がともった。
すると、彼女たちは手元の西瓜と空を見比べ、何やら指を折り曲げてぶつぶつと呟き始める。
「ええと…三分の二。もともと二十人分くらいに切り分けるつもりだったから……」
「今、病室にいる隊士さんは七人で、さっき戻ってきた人が三人だから、合わせて十人。あ、でも炭治郎さんたち三人にもあげたいし……」
「三分の二を十等分にするのと、残りを……ううん、まずは一切れをもとの半分くらいの大きさにすれば、全員に行き渡るかな?」
「……よし、これなら足りる!」
三人が顔を見合わせて力強く頷き合う。その様子を横で見ていた私は、思わず頬を緩めた。
時間の空いた時に時折、彼女たちに算術や簡単な暗算法を教えてあげていたが。
教えたことをちゃんと自分のものにして、こうして誰かのために役立てようと一生懸命に頭を働かせている。その健気な成長を目の当たりにして、私の胸の奥には、温かな喜びが広がっていった。
「……みんな、すごいねぇ」
ぽつりと呟いて、私は目の前の三人の頭を順番に撫でた。なほちゃん、きよちゃん、そしてすみちゃん。
三人とも、何を褒められたのかさっぱり分からないといった様子で、揃って不思議そうに首を傾げている。
「えっ?何がですか?」
「あ、もしかして計算、間違ってました…?」
不安そうに顔を見合わせる彼女たちを見て、私はたまらず頬を緩めた。その無自覚で真っ直ぐなひたむきさが、たまらなく愛おしい。
「ううん、何でもないよ。…じゃあ、これ。はい、なほちゃん、お口開けて?」
私は端にあった、ひときわ小さくて瑞々そうな欠片を指先でつまみ上げた。
「えっ、でも……」
「いいのいいの。はい、共犯だよ」
悪戯っぽく囁いて、なほちゃんの口元へ差し出す。
なほちゃんは一瞬、きょとんとして仲間二人と顔を見合わせたが、誘惑には勝てなかったのか、嬉しそうに小さな口を開けた。
「……っ、美味しい!」
幸せそうに目を細めるなほちゃんを見て、きよちゃんとすみちゃんも「いいなぁ!」と声を上げて笑う。
「はい、きよちゃんとすみちゃんも。あーんして?」
期待に目を輝かせている二人の前にも、指先でつまんだ赤い欠片を差し出す。
二人は「いいんですか…?」と一瞬だけ顔を見合わせたけれど、なほちゃんの幸せそうな顔を見て、すぐに我慢しきれなくなったように小さな口を開けた。
「……っ!ほんと、すっごく甘いです!」
「冷たくて、おいしい……っ」
三人が揃って頬を緩め、冷たい西瓜を味わっている姿は、見ているこちらまで心が潤うような心地がした。
外からは依然として蝉の鳴き声が降り注いでいるけれど、さっきまでのパニックが嘘のように、廊下には穏やかで甘い時間が流れている。
「ふふ、これで全員共犯者だね」
私が人差し指を口元に当てて笑うと、三人は口いっぱいに西瓜を詰め込んだまま、固まった。
「……え、リサさんは、いつの間に食べたんですか?」
きよちゃんもすみちゃんも、はっとしたようにこちらを見る。その無垢な視線に、私は一瞬言葉に詰まった。
…そういえば、私は彼女たちの前で堂々と口にしたわけではなかった。
「あ……。えっと、みんなが道具を取りに行ってくれてる間に、その、味見を……」
少しだけ視線を泳がせながら白状すれば、三人の瞳がさらに丸くなる。
一人で片付けをしながら、こっそり欠片を摘んでいた私。食い意地を張りすぎただろうか。
三人は顔を見合わせ、それから誰からともなく、ぷっと小さく吹き出した。
それからしばらくして、蝶屋敷の広い縁側。
西日の和らぎ始めた庭を眺めながら、善逸くんが、鍛錬の合間の休息を取っていた。
「…あー、もうだめだ。暑い。暑すぎる。炭治郎、聞いてる?この暑さ、人間が耐えていい限度を超えてると思うんだよね」
善逸くんは縁側の板間に大の字になって、溶けた餅のようにだらしなく身を横たえていた。額にはじっとりと汗が滲み、隊服の襟元をこれでもかと広げ、今にも魂が口から抜け出しそうな顔をしている。
「……善逸くん。炭治郎くんはまだそこで、一生懸命に鍛錬を続けてるよ」
私が隣で冷たい手ぬぐいを絞りながら庭を指差すと、善逸くんは首だけをだるそうに回して、猛暑の中で黙々と木刀を振るう背中を見やった。そして、心底信じられないものを見るような目で、恨みがましく声を絞り出す。
「…あいつ、馬鹿なの?正真正銘、救いようのない馬鹿だ。脳みそまで茹で上がって、おかしくなっちゃってるんだ」
私が苦笑しながら手ぬぐいを絞っていると、そこへ、凄まじい熱気を放つ伊之助くんが突っ込んでくる。
「おい、紋次郎!裏山だともうちょっと涼しいぞ!そこまで俺様とどっちが早いか勝負しろ!」
「伊之助。裏山荒らすとまたしのぶさんに怒られるぞ。あと俺の名前は炭治郎だ」
ようやく一区切りついたのか、炭治郎くんが伊之助くんをたしなめながらこちらへ歩いてくる。
「…でも、確かに今日は熱気がこもっているな。少し動くだけで呼吸が熱く感じるよ。あ、リサさん、手ぬぐいの替えありがとうございました。助かります」
「ううん、お疲れ様。炭治郎くんも、あんまり無理しないでね」
私が苦笑しながら手渡すと、炭治郎くんは「はい」と爽やかに笑って顔を拭った。
その横で善逸くんが「爽やかさが暴力…!」とかなんとか呟いて呻いている。
そこに、廊下の向こうからパタパタと軽快な足音が聞こえてきた。角を曲がって現れたのは、誇らしげに大きな盆を抱えた、なほちゃん、きよちゃん、すみちゃんの三人だ。
「みなさーん!西瓜はどうですかー?」
三人の明るい声が、熱気のこもった縁側に涼やかな風を運んできた。
どうやら、冷やしていたあの西瓜が、食べ頃になったらしい。
さっきの大惨事を共に乗り越えた同志として、三人の誇らしげな笑顔を見ると、なんだか私まで嬉しくなってしまう。
「す、西瓜!?西瓜って言った!?今、西瓜って言ったよね!?」
さっきまで溶けた餅のようだった善逸くんが、跳ね起きるような勢いで上体を起こした。その瞳には、かつてないほどの輝きが宿っている。
「食い物か!丸い緑の爆弾か!俺も食いたい!」
「伊之助、爆弾じゃないよ、西瓜だ。……うわぁ、いい匂いだ。すごく甘い匂いがする!」
伊之助くんは鼻息を荒くして身を乗り出し、炭治郎くんもくんくんと鼻を鳴らして顔をほころばせた。
なほちゃんたちが盆を置くや否や、縁側は一気に活気づく。
「はい、どうぞ!たくさんありますから!」
「わあ、ありがとう!いただきます!」
私も差し出された一切れを手に取ると、指先から伝わるひんやりとした冷たさが心地いい。
みんなで一列に並んで腰を下ろし、真っ赤な実に勢いよくかぶりついた。
「――っ、あまーい!!」
「うまい!これ、最高にうまいぞ!」
シャリ、という小気味よい音。口いっぱいに広がる瑞々しい果汁。
体の芯に残っていた熱が、甘い冷気と共にさらさらと引いていくのがわかる。
「ねえ、炭治郎。この西瓜、なんか形が歪じゃない?なんかこう……最初から砕けてたのを無理やり並べたみたいな……」
不意に、種を飛ばしていた善逸くんが、手元の西瓜を怪訝そうに見つめて呟いた。
図星を突かれ、私は隣に座っていた三人娘と顔を見合わせ、思わず肩を揺らす。
救出された西瓜たちは、可能な限りそれっぽく盛り付けたけれど、やはり鋭い感性をもつ善逸くんの違和感までは誤魔化せなかったらしい。
「善逸さん」
その時、背後から冷ややかな声が響いた。
振り返れば、そこには腕を組み、有無を言わせぬ圧を孕んで立つアオイさんの姿。
「……な、何、アオイちゃん。そんな怖い顔しないでよ」
「世の中には、気付いても口に出さない方がいいこともあるんですよ。文句があるなら食べなくて結構です」
「……え?あ、いや、美味しいです!最高に芸術的な形だと思います!いただきます!」
アオイさんの迫力に呑まれ、善逸くんは慌てて残りの西瓜を口に放り込んだ。
炭治郎くんは「そうか?美味しいから何でもいいじゃないか」と不思議そうに笑い、伊之助くんは皮のギリギリまでガリガリと音を立てて食らいついている。
私は、隅の方で小さく安堵の息を吐いている三人娘と視線を合わせ、そっと唇に人差し指を立てて笑った。
「あらあら、随分と賑やかですね」
廊下の奥から聞こえた声に顔を上げれば、そこには羽織をふわりと揺らしたしのぶさんと、その後ろに静かに佇むカナヲさんの姿。
「しのぶさん!カナヲも!」
炭治郎くんがぱっと顔を輝かせて呼びかけると、しのぶさんはいつもの穏やかな微笑みを湛えたまま、私たちの輪へと歩み寄ってきた。
「遠くまで楽しそうな声が聞こえてきましたよ。…それは西瓜ですか?随分と勇ましい切り方をしていますね」
しのぶさんの鋭い視線が、不揃いに並んだ西瓜の山を捉える。彼女の観察眼をごまかすのは、善逸くんをごまかすよりずっと難しそうだ。
「あはは……。でも、味はとっても甘くて美味しいですよ!皆さんもひとつどうですか?」
私の誘いに、しのぶさんは「そうですね」と頷き、カナヲさんの肩を優しく押した。
「カナヲ、私たちも相伴にあずかりましょうか」
カナヲさんは一瞬、いつものようにコインを取り出そうとしたけれど、しのぶさんの柔らかな眼差しと、炭治郎くんが「これ、すごく甘いぞ!」と差し出した一切れを見て、そっと手を下ろした。彼女は小さく一度だけ頷くと、私の隣に静かに腰を下ろした。
「はい、しのぶ様の分と、カナヲさんの分です!これはアオイさん!」
「…ありがとう」
なほちゃんたちが嬉しそうに差し出した西瓜を、三人は受け取る。
しのぶさんとアオイさんは上品に、カナヲさんは少しだけ緊張した様子で、けれどもしっかりと赤い実を口に運んだ。
賑やかだった縁側が、さらに華やかに、そして温かくなっていく。
私は、西瓜の果汁で少しだけベタつく指先を拭いながら、みんなの横顔を見渡した。
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