57


「……身の程、か」

思考が濁ったまま、私はただ足を動かした。
早く蝶屋敷に帰らなければ、アオイさんやきよちゃんたちが心配するだろう。夜道を歩く私を、しのぶさんにだって叱られるかもしれない。
分かっている。分かっているのに、どうしても今の状態で帰ることができなかった。

足元の土の色が、いつの間にか硬い石畳に変わっている。ぼんやりと顔を上げれば、そこには夕闇を押し返すような電灯の明かりと、家路を急ぐ人々の賑わいが広がっていた。
無意識のうちに、私は隣町にまで来てしまっていたらしい。
どうしよう…。今から戻っても、夕餉には間に合わない。立ち止まった私の横を、笑い合う家族が通り過ぎていく。

何を今更。そんなこと、ずっと前から分かっていたはずだった。
私が冨岡さんの隣に並ぶ資格なんてないことも、ただの偶然と幸運で、彼の隣にいてるだけだということも。
フエコさんのように正面からぶつかる覚悟もないまま、冨岡さんの温かさに甘えていただけ。
今まで見ないふりをしてきた自分の臆病さを、今日、彼女に真っ向から暴かれただけなのだ。
それなのに、どうしてこんなに視界が滲んで、足元が頼りないのだろう。

帰らなきゃ。帰って、また明日の仕事をしないと。自分に言い聞かせても、重くなった足は一歩も前へ進もうとしない。
賑やかな通りの中で、私はただ一人、流れていく時間に取り残されたような心地で立ち尽くすしかなかった。

新派劇。そういえば、以前蝶屋敷で誰かが話していたのを思い出す。
伝統的な歌舞伎とは違う、町の人たちの感情を描く新しいお芝居。その舞台の真ん中に立つ看板女優は、たくさんの人から憧れられる花形なのだと。
フエコさんのあの洗練された美しさや、堂々とした佇まいは、舞台の上で大勢の目を奪ってきた証だったのだ。
あんなに綺麗で、華やかな世界で輝いている人が、私と同じ人が好き。
それを知ってしまったら。後ろめたさに胸が潰れそうになるのも無理はなかった。

「あら?もしかして、リサちゃん?」

雑踏をかき分けるようにして、朗らかな声が降ってきた。
ふと顔を上げると、弾むような足音とともに駆け寄ってきていたのは、鮮やかな桜色の髪を揺らした女の子だった。

「やっぱりリサちゃんだぁ!まさかこんなところで会えるなんて、嬉しいわ!」
「か、甘露寺さん……!」

名を呼ぶと、彼女は大きな瞳をさらに見開いて、ぱあっと花が綻ぶような笑顔で笑ってくれる。

「元気だった?しのぶちゃんのところで毎日一生懸命頑張っているんですってね」
「は、はい!元気です!甘露寺さんは……」
「私はもちろん元気よ!ちょうど任務が終わったところでね、」

甘露寺さんはそう言って、私の目の前で止まると、迷わずそっと私の両手を包み込む。

「今日は町にお買い物?それとも、誰かと待ち合わせかしら。……あら、少しぶりだけど、なんだか前よりずっと可愛くなったみたい!」

一人で何役もこなすような賑やかさで、甘露寺さんは次々に言葉を紡いでくれる。
私もなんとか失礼のないように、失礼のないようにと、精一杯の返事を紡いだ。
けれど、その言葉がちゃんと意味をなしているのか、今の私の顔がどんな風に彼女の目に映っているのか、さっぱり分からなかった。

「任務でなかなか蝶屋敷に行けなかったんだけど、また会いたいなってずっと思ってたの!本当よ?」

私が無理に作ったであろう微笑みを返すと、握られていた手のひらにきゅっと力がこもる。
甘露寺さんはふと、その大きな瞳をさらに近づけて、私の顔をじっと覗き込んだ。

「リサちゃん……」

花が咲いたようだった彼女の表情から、みるみるうちに色が引いていく。

「元気……じゃないわね」
「げ、元気ですよ?」
「ううん。今のリサちゃん、なんだか心がどこか遠くへ行ってしまっているみたい。それに、すごく悲しそう」

そう言われて、ようやく自分が傷ついているのだと知った。フエコさんに言われたことが、逃れようのない事実として胸にのしかかっているのだと。
…なんだ。本当に、身の程をわきまえられていなかった。その通りじゃないか。
何を一丁前に傷ついてるんだ。最初から分かっていたでしょう。冨岡さんが向けてくれる優しさは、私だけのものじゃないと。それをどのかで私だけの特等席だと勘違いして、無邪気に喜んでいた自分の浅ましさが露呈しただけ。
彼女のように死に物狂いで彼を追い求めている人がいる一方で、私は「手伝い」や「お礼」という名の免罪符を盾にしていただけなのに。
一度そう思ってしまうと、繋がれた甘露寺さんの手の温もりさえ、今の自分には不相応なものに感じられてしまう。
悲しいというより、自分の愚かさがたまらなく恥ずかしくて、消えてしまいたい。

「……ちゃん。ねえ、リサちゃん?」
「あ……ごめんなさい。なんですか?」
「どうしましょう、顔色が真っ白だわ……!私、何か気に障ることを言っちゃった!?ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの、本当に!あっ、誰かに意地悪されたの?それとも、具合が悪いの?」

私の手を握ったまま、甘露寺さんは眉尻を下げて必死に顔を覗き込んでくる。
こんなにも優しい人を、自分の暗い感情のせいで不安にさせてしまっていることが申し訳なくてたまらなかった。

「ち、違います、甘露寺さんのせいじゃなくて……!」

おろおろと視線を泳がせていた甘露寺さんは、私の強張りきった肩と、今にも零れ落ちそうな表情をじっと見つめると、ふっと何かを察したように息を呑んだ。

「甘露寺さん?」

そして、これ以上問い詰めるのをやめるようにぎゅっと私の手を握り直すと、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。

「そうだ!リサちゃん。お腹、空いてない?」









「美味しいものを食べるとね、元気がでるの。私がとびきりのお店に連れて行ってあげるね!」

彼女は私の返事を待たず、けれど決して無理強いはしなかった。
手を引かれ町を進む。賑やかな大通りを抜けて角を曲がった先にあったのは、白塗りの壁に赤い煉瓦が映える、モダンな外観の建物だった。
中に入ると、バターや香ばしいソースの香りが鼻をくすぐる。

「さあ、座って!ここ、何を食べてもほっぺたが落ちちゃうくらい美味しいの!」

向かい合わせに座った甘露寺さんは、私の顔色を伺いながら、次々と運ばれてくる料理を私の前へ並べていく。
つやつやと輝くデミグラスソースがたっぷりかかったオムレツに、こんがりと焼けた厚切りのカツレツ。そして、食後用にと運ばれてきた、見たこともないほど山盛りの生クリームが乗ったプリン。その他にもたくさん。

「……あの、甘露寺さん。私、こんなに……」
「いいのよ、いいの。食べられそうなものだけで。ね?残りは私が食べちゃうわ。ほら、このオムレツ卵がふわっふわなの!」

彼女はそう言って、驚くほどの勢いで料理を頬張り、本当に幸せそうに頬を緩める。
私も震える手でスプーンを取り、一番手前にあった温かいビーフシチューを一口、口に含んだ。じわりと喉を通る熱が、冷え切っていた内臓を叩き起こしていく。

「……美味しい、です」

ぽつりと零れた言葉に、甘露寺さんは「でしょお!」と、今日一番の笑顔で応えてくれた。

「ここの料理人、とっても腕がいいのよ。リサちゃんは洋食好きよね?」
「はい。……はい、好きです」

私は頷きながら、もう一口シチューを口に運ぶ。
…そう。とても好きだった。この時代に来るずっと前から、私は洋食が大好きだった。
なのに今は、かつて私が生きていた場所では当たり前だったはずの味が、ひどく遠い異国のもののように感じられる。

「よかったぁ!リサちゃん、少しだけお顔に赤みが戻ってきたわ。美味しいものを食べると、心に元気が湧いてくるでしょう?」
「はい、本当に。……あの、甘露寺さんは食べることがお好きなんですか?」

目の前で、まるで魔法のように次々と料理を平らげていく彼女の姿に圧倒されながら、私はふとそんな問いを口にしていた。

「大好きよ!もう、生きていてよかったぁって思うくらい大好き!」

甘露寺さんはフォークを持ったまま両手を頬に当てて、幸せそうに身悶える。

「美味しいものを食べているときって、なんだか生きてるって感じがしない?お口の中に幸せが広がって、心まであたたかくなって……。私、美味しいものを食べるためなら、どんなに厳しい任務だって頑張れちゃうわ!」

そう言って彼女は、再び活き活きとした動きでカツレツを切り分ける。
彼女のその迷いのない食欲を見ていると、自分の悩みがいかにちっぽけで、贅沢なもののように思えてくるから不思議だ。

「……本当に、美味しそうに召し上がりますね」
「そう?ふふ、嬉しいわ!私ね、昔から食いしん坊だって言われてきたけれど、今はこれが私の強さの源なんだって胸を張って言えるの。だからリサちゃんも、遠慮しないでどんどん食べてね」

胸を張って言える、という言葉が眩しかった。
自分の特徴を、それが世間からどう見られようと"強さ"だと肯定できる彼女の潔さが。
私には、そんなものは無いかもしれない。自分のやっていることが正しいのかさえ分からず、誰かに否定されればすぐに足元が崩れてしまう。
彼女の明るさは、ただ性格が良いというだけではなくて、自分を信じているからこそ放たれる光なのだと思った。

「その、甘露寺さんは……とっても強くてお優しいですね」

彼女のように、誰に対しても真っ直ぐに愛を注げる優しさと動じない強さ。
けれど、甘露寺さんは持っていたフォークをそっと置いて納得のいかないような表情をする。

「……そうかしら?私はね、リサちゃんの方がずっと優しいと思うわ」
「私が、ですか?」

信じられなくて聞き返すと、彼女はいたずらっぽく微笑んで顎に手を当てた。

「うん。実はね、いま鬼殺隊士たちの間で噂なのよ?蝶屋敷に、すっごく優しくて可愛い女の子がいるって」
「え……、絶対それ私じゃないです」

甘露寺さんは、それがさも私のことのように言うけれど、絶対に違う。
きっと、凛としていて美しいしのぶさんか、可愛くて才能あふれるカナヲさんのことだろう。
自分がそんな華やかな噂の主になるなんて、想像もできなかった。

「ふふ、ううん、違うわ。みんな口を揃えて言うのよ。『薄紅色の着物に、鮮やかな橙色の帯を締めた女の子』だって。今はリサちゃん夏用の着物になっちゃってるけど……それって、私と出会ったときのリサちゃんそのものじゃない?」

甘露寺さんは、まるで自分のことのように嬉しそうに声を弾ませる。

「私……、ですか?」
「ひそひそ話をしている鬼殺隊の子たちを捕まえて、私ちょっと詳しく聞いちゃったのよ。そしたらね、蝶屋敷に怪我をすると出会える女神様がいるんですけど、甘露寺さん知ってますか?なんて言うからびっくりするじゃない?それでね、私ね、」
「……甘露寺さん。私、指示通りに汚れた布を替えて、お薬を塗っているだけですよ?特別なことなんて何一つしてないのに」

私にできることなんて、せいぜい清潔な布を用意して、言われた通りに手当をするくらいだ。
傷を治すのはしのぶさんやアオイさんの的確な処置と薬の力であり、鬼を倒して人々の命を守っているのは、紛れもなく目の前の甘露寺さんや鬼殺隊士のような強い人たち。
…私はただ、彼らの痛がる顔を見るのが辛くて、せめて少しでも痛くないようにって、それだけを考えていただけで。

「それが、ただの迷惑、だったら……?」

フエコさんに「冨岡様も迷惑してる」と言われたとき、何も言い返せなかったのは、それが私の最も恐れていた図星だったからだ。
目の前の人の役に立ちたい。その気持ちの裏を返せば、相手がそれを望んでいるかどうかを確認もせず、自分の「優しくありたい」という欲求を押し付けていることになるのだと。

「リサちゃんの言う『迷惑』って、なんだろう?少なくとも私はそうは思わないな。誰かを想って動くことが迷惑だなんて……そんな悲しいこと、私は信じたくないわ」
「甘露寺さん……」
「だって私、隊士たちから聞いちゃったのよ?」

甘露寺さんは私の言葉を優しく包み込むように、笑顔を向けてくれる。

「怪我が酷くて不安な時に、手当てをしてくれるリサちゃんの手がとっても優しいんだって。痛くないようにずっと声をかけてくれて、隣で手を握っていてくれるんだって。そんなリサちゃんの温かさに、救われた子がきっとたくさんいたのよ……!もう、きゅんきゅんしちゃうわよねっ!」

自分では当たり前のお手伝いだと思っていたものが、ちゃんと誰かの力になって、届いていたのだ。
フエコさんの言葉で完全に自信を失っていたけれど、私のしてきたことすべてが無駄や迷惑だったわけじゃないのかもしれない。そう思えただけで、呼吸が少しだけ楽になる。
もちろん、フエコさんの言っていたことが全部消えてなくなったわけじゃない。
冨岡さんと私の間にある距離や、私の未熟さ、釣り合わなさへの後ろめたさは、今も胸の片隅にちくりと残っている。
でも、少なくともあの瞬間、彼は私の差し入れをちゃんと受け取ってくれたのだから。

「……そっか。私、少しは役に立てていたんですね」
「そうよお?誰に対しても優しく、分け隔てなく接する。それって実は一番難しいことなんじゃないかな?」

甘露寺さんはそう言うと、スプーンで山盛りの生クリームが乗ったプリンを大きく掬い取り、ぱくっと一口で口に含んだ。

「んん〜っ!幸せ!」

まるで、宝石を見つけた子供のような顔で幸せそうに頬を緩める。
…そうか。そんなふうに、私のお節介受け取ってくれる人もいたのか。
迷惑かもしれないと縮こまる必要なんてなくて、人を想う気持ちまで否定しなくていい。
受け取ってくれた時の冨岡さんの顔を思い出す。指先に触れた温もりも、「甘いな」と呟いた声も、全部本物だったのだから。
山盛りのプリンを幸せそうに頬張る甘露寺さんの笑顔が、さっきよりもずっと鮮やかに映る。
一体、そんな細い身体のどこに入っていくのだろう。

「甘露寺さん、ありがとうございます。なんだか……すごく元気が出てきました!」
「本当!?リサちゃんも食べて!まだまだたくさんあるわよ!」
「はい!いただきます!」

スプーンを握り直してシチューを口に運ぶと、豊かな旨みと温かさが身体中に染み渡った。









お店を出ると、昼間のうだるような暑さはすっかり引き、街灯の明かりが石畳に二人分の長い影を落としていた。
買い物籠を抱え直し、蝶屋敷に向けてゆっくりと歩く。

「ふふっ、本当に美味しかったわね!あそこのプリン、今度は桶いっぱいに食べてみたいわぁ」
「桶、ですか……。甘露寺さんなら本当に食べられてしまいそうで少し怖いです」
「もう、リサちゃんたら!でも、元気が出て本当によかった。やっぱり女の子は美味しいものを食べて、たくさんお喋りするのが一番よね」

町の夜風は穏やかで、遠くから聞こえる虫の声がどこか心地よい。

「あの、甘露寺さん。今日はご馳走になって、本当にありがとうございました。お忙しいのに、こんなに遅くまでお付き合いいただいて」
「いいのよ、気にしないで!私の方こそ、可愛いリサちゃんとお出かけできて、任務の疲れなんて吹っ飛んじゃったわ」

甘露寺さんはそう言って、私の腕に自分の腕を絡めるようにして距離を縮めてきた。
私は思わず頬を赤く染めてしまう。彼女から漂う、甘いフルーツの香り。その心地よさに身を任せていると、彼女がふと思いついたように私の方へ向き直った。

「ねえねえ、リサちゃん。さっきの続きじゃないんだけど、一つ聞いてもいい?」
「はい、何でしょうか」
「あのね、……リサちゃんって今、好きな人はいるの?」
「……えっ!?」

予想だにしなかった直球の質問に、冷え切っていたはずの顔が一瞬でカッと熱くなる。
夜風の心地よさなんて一瞬でどこかへ吹き飛んでしまい、絡められた腕越しに、自分の乱れた心拍が伝わってしまわないかと気が気じゃない。

「えっと、それは、その……」
「ふふ、だってね。さっき隊士の子たちの噂話をしたとき、リサちゃんちっとも浮き立ってない様子だったし、もしかしてって私ピンときちゃったのよ!」

…当たっています。当たっています、甘露寺さん。さすがは恋の呼吸を司る『恋柱』というべきか。
もちろん、真っ先に頭に浮かんだのは冨岡さんの顔だ。けれど、それを彼と同じ柱である甘露寺さんに伝えてしまうのはどうなのだろう。
私が言葉を探して黙り込んでいる間に、隣を歩く甘露寺さんの気配が目に見えて華やいでいく。

「あら……!ふふ、ふふふっ!その反応、やっぱりいるのね!?」
「え、あ……それは……っ」
「いいのよ、隠さなくても!今のお顔の赤さが全部教えてくれたわ」

甘露寺さんは、私の返事なんて待つ必要もないといった様子で、一人で頬を染めて胸を弾ませている。
一度火がついた彼女の好奇心は、すぐには収まらない。

「ねえねえ、どんな人なの?やっぱり鬼殺隊の人?それとも、蝶屋敷に来る誰かかしら?ああ、もう気になるわぁ!」

甘露寺さんは鈴を転がすような声を弾ませながら、私の腕を軽く揺らしたり、自分の頬を両手で押さえたりして、まるで夢見る少女のように上機嫌だ。
私はただただ、火照った顔を隠すように俯くことしかできない。
甘露寺さんは一度足を止めると、夜空に浮かぶ三日月を見上げるようにして、さらに声を一段と明るくした。

「……実はね、私にもいるの!とっても素敵で大好きな人が!」
「えっ……!?」

まさかの告白に、今度は別の意味で心臓が跳ねた。
こんなに強くて、美しくて、誰からも慕われていそうな甘露寺さんにも、そんな風に想いを寄せる相手がいるなんて。

「本当ですか!?」
「本当よ!その人のことを考えるだけでね、胸がいっぱいになってごはんもいつもの倍くらい食べられちゃうの!」

彼女の口から語られる「好きな人」という言葉には、隠しきれないほどの熱量と、純粋な想いが詰まっていて、聞いているこちらの胸まで熱くなってしまうほどだった。
甘露寺さんをこんなにキラキラさせる人。一体、どんなに素敵な人なんだろう。
私には、その人の正体など想像もつかなかったけれど。けれど、恋心を語る彼女の横顔は、とても誇らしげに見えた。

「だからね、リサちゃん。好きな人を想う気持ちは誰にも止められないし、とっても尊いことなのよ。迷惑だなんて、そんな悲しいこと言わないで?」

甘露寺さんは再び歩き出しながら、私の手を優しく握りしめた。はっとして、繋がれた手を見つめる。
ああ、そうか。甘露寺さんは、最初から全部わかっていたんだ。私が今日、ボロボロになって、自分のすることを「迷惑だ」なんて卑下して閉じこもっていた理由。その根底にあるのが、ただの悩みではなく恋なのだと。
ただ元気づけるためだけじゃなく、このままならない想いごと救い上げようとしてくれていた事実に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

「……ありがとうございます、甘露寺さん」

声が少しだけ震えてしまったけれど、今度は俯かずに彼女の真っ直ぐな瞳を見つめ返して言えた。

「ふふ、いいお顔になったわね!やっぱり美味しいものは正義ね!」

甘露寺さんは満足そうに頷くと、繋いだ手をさらに前後に大きく振って歩き出した。




前へ   次へ


目次へ戻る

Back to top

67283 views