タイトルを考えるのが死ぬほど苦手
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2025/10/21 クロコダイル
鼓膜を擽る大好きな声・小さな自己主張・解けたリボン
これの続き
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「おい、ほどけたから結んでくれ」
いいよ、とまるで小さな子どもを甘やかすように微笑む人魚にタオルを投げて手の水分を拭き取ったのを確認してからスカーフを渡す。おれが海に飛び込まずとも陸と海のどちらの不利にも有利にもならないちょうど真ん中で逢瀬ができるようにはなった。理想のそれではないが、逃げられていた時よりよっぽどマシだと妥協する。顔の真ん中に傷跡があるだけじゃなく、片腕は武器にもなるフックをつけた年嵩の男をなぜかこの人魚はか弱い子どものように思っている。だからもうなりふり構わずそれを利用することにした。一番最初は腹が立って殺そうと思っていた弱い人間というレッテルに乗っかることで女の気を引こうとする姿は、レッテルじゃなく事実みっともない男そのものでしかない。それでもそんなことどうでもよかった。この女がこうしてまたおれに近付いて笑い喋りかけてくれるならおれはか弱い人間にだってなってやる。甘やかすことの好きな女はおれがひとりでスカーフを結べないと思い込んでいるのか、ほんの少しだけ陸に乗り上げておれの首に布を絡めている。息ができる場所で近くにいられることがこんなに簡単なことだとは思いもしなかった。海に飛び込んで距離を縮められても、海水に咽せて何一つおれからは話しかけられなかった。
「お前にとっておれはまだ可愛い赤ん坊か?」
「一人で結べないんだから可愛い赤ちゃんよ」
そうか、と甘んじてそれを受け入れる。あまり欲を出しすぎてまた逃げられても困る。赤ん坊だと言いながら、あの時のことを思い出したのか耳が赤くなっている。おれの言葉を忘れず、近付いてきてくれるだけ今はそれでいい。牛歩だが、それでも進んだ。海に浸かって冷えた手がおれの濡れていない皮膚に触れている。今までは溺れて空気を取り込むことに必死で咳き込むばかりで手の感触すらわからなかった。
「できた」
綺麗に結べた満足感が照れを上回ったのか耳の赤さは落ち着いてしまったが、またその甘やかすような笑顔を向けてくれるようになったことにおれも満足する。余計なことを言わなければ陸に尻を引っ付けたまま尾鰭で波を撫でるだけでおれから離れないから口を噤むのが正解だ。まああんまり楽しそうに海を撫でられると波飛沫がおれに飛ぶから多少は気を遣ってほしいところだが。仕方がない、溺れるよりマシだ。
「ねえ、どうして危ない目に遭うのに海賊なんてしてるの?」
「……そういえばお前はおれがか弱い人間だと思い込んでるんだったな」
だって毎回溺れてたじゃない、なんて不思議そうに善意でしかない視線を向けられてため息をつく。まあそのレッテルを利用して甘えていたのだから勘違いが強化しても仕方がないか。
「海じゃ赤ん坊だが、陸じゃ大概の奴らは始末できる」
「……あなたって、悪い人?」
「くは、海賊に良い人がいると思ってるんならお前こそ可愛らしい稚魚だな」
溺れて咳き込む無力なおればかり見ていたからか眉を寄せて疑う姿に笑う。だが、海に落ちた海賊を拾ってしまうようなお前だから出会えた。それでももうおれ以外の荒くれ者を拾ってほしくはなくて注意する。
「悪い海賊なら私のことも売り飛ばすの?」
「どこの馬鹿が自分の宝を売り飛ばすんだ」
尾鰭が海を撫でてバケツの水をひっくり返したかの水飛沫がおれに降りかかって固まる。濡れた髪を撫で付けて嫌味のひとつでも言ってやろうかと覗き込んだ顔があまりにも無垢に驚いていたから嫌味の言葉が飛んだ。わざとじゃないのか。おい、と声をかけようとした瞬間、さっきよりも酷い波がおれを襲って咽せる。反射的に閉じた目を開ければさっきまで近くにいた人魚がまた海に逃げ帰っていて、さっきのは女が海に帰った飛沫だと理解する。また逃げられた。否定したのになぜ逃げられたのかがわからなくて眉を顰めながらため息をつく。海の中から頭の半分だけを出しておれを遠巻きに見つめる姿を見つけて、まあ姿が見えなくなるまで逃げられなかったことを幸運だと思うべきかと無理やり心を納得させた。
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