本当なら可愛くて仕方ない彼女を目に焼き付けているはずだった。なのに今俺が対峙してるのはなんだ? 可愛くもなんともない、覆面をかぶったガタイのいい男だ。誕生日、誕生日だぞ? 俺の誕生日ならまだいい。あとでいくらでも祝ってもらえる。でも彼女の誕生日だ。あとで祝ったって仕方がない。彼女ならきっと一日遅れようが一週間遅れようが一ヶ月遅れようが許してくれるだろうし、きっとプレゼントの用意が何もなかったとしても一言おめでとうの言葉だけでまた大仰な反応を示してくれるだろうことは想像に容易い。
でも、俺が祝いたかった。
一番におめでとうと言って、その日一日中彼女のそばにいて、余計なことなんて何一つ考えずに彼女のことだけ考えて過ごす予定だった。
なのに今俺の目に映っているのは可愛くもなんともない男が俺の下で呻いている姿で、つい私情が入り込んだのかみしりと腕の骨が鳴る音がした。耳元で骨折るなよ〜とヒロの呑気な声が聞こえたのを無視して手錠をかける。そもそもヒロと風見でなんとかなっただろう。ならなかったのか。いけるだろ。俺の部下なんだぞ。大丈夫だろ。心の中でぶつくさ言いながら何事かを喚いている男を引き渡す。
帰っていいか。
「後はこっちでなんとかするからもう帰っていいぞ。ありがとな」
心の中で思っていたことが漏れていたかのようなタイミングで耳に入った声に踵を返す。ヒロが悪いわけじゃないのはわかってる。お礼を言われることでもない。
わかっていてもこんなにも気がせくのは、彼女の周りにいる間男のような小姑が思い浮かぶから。ただの間男であれば威嚇して叩き潰して恐怖で身動きすらできなくなったそれを捨てればいいだけ。でもあの小さな体で大きなものを抱えている女の子は間男のようでその実ただの小姑でしかないから八方塞がりになる。
ただ俺と同じように彼女に恋焦がれているだけなら対策のしようがあるのにどちらかというと彼女に害をなす気持ちを抱いているのは俺の方だから、いつも大人気ない態度で接してしまう。だってあの子は命の恩人を、姉を、ただ純粋に慕っているだけ。対して俺の彼女に対する感情は大事な人の命の恩人という純粋な感情の共通点はあるけれど、深く潜ってみれば下心まみれで少しつつかれればその欲が、俺を清廉潔癖のように崇めている彼女にバレてしまいそうで幻滅されたくないからいつもついムキになってしまう。神様扱いをしないでほしいと言いながら格好はつけたい複雑な男心に苦く笑いながら自分の家の扉には目もくれず彼女の家の扉を開けた。想像していた通りに小さな靴があって苦い表情がさらに渋くなる。
ほら見ろ。油断も隙もない。
小さな靴を恨めしく睨みつけながら靴を脱ぎ捨てて廊下を足早に進んで扉に手をかける。
「こんな大事な日にいない方が悪いわよね」
「そ、そんな、私はその、いつもどんなときでも正義を貫くあの人を好きになったので、その、あんまり悪く言わないであげてください……」
くそ、と思ったのも束の間、戸惑いながらもまっすぐな言葉に胸を撃ち抜かれて、みし、と取っ手が軋んだ気がした。好きだ。ありがとう。でも全然落ち込んでないのもそれはそれで悲しい。好きな相手にそういう方面では全く期待をされていないのは寂しすぎる。いや君が傷付かないのがもちろん一番大事なんだが。恋心は複雑なんだ、許してくれ。
「……じゃあこんな意地悪なことを言う妹のことは嫌いになる?」
さっきまでの楽しそうな声音とは打って変わって姉を取られて嫉妬が滲んだのを隠すこともせずに、それでも甘える声を聞いて彼女の出す答えが瞬時に理解できた。他意のない言葉なのはわかってる。色がないことなんてもちろん理解してる。血が繋がっていなくとも姉として、妹として相思相愛なだけだと知っている。
それでも彼女の好きをやすやすと渡したくなかった。
「好きです」
「僕よりも?」
「ぴぇ」
つるりと自然に出てくる彼女の言葉を止めることはできなかったけれど、しっかりと腰を掴み彼女を引き寄せ反対の手で頭を支え妹から恋人へと視線を無理矢理移動させた。勢い余って胸板にごつんと鼻をぶつけさせてしまって申し訳なく思うが俺の胸元でいつものように奇声をあげていたから痛みはそうなさそうでほっとする。
いらついた表情を隠そうともせず反射的に手を伸ばしたのか彼女の手を掴んで引き止める姿は、同じことをしているはずなのにみっともなくは見えなくて、これが見目の大人と子どもの違いなのか、それとも下心の有無からくるのかはわからない。
「……今更なによ、今日のデートはキャンセルしたんでしょ」
「間に合わせる気しかなかったのでキャンセルはしてません」
「あらそう」
果敢にも睨みつけてくる姿に小さく笑う。彼女が責めてくれないことを妹が代わりに責め立ててくれるおかげで罪悪感が宙ぶらりんにならずにすむから、助かるのは助かるんだ。謝りたいのにそもそも彼女は俺を怒らないから。
「……お待たせしてすみません。行きましょうか」
「ひえちかい行きます」
「ふふ」
まだ急な至近距離は奇声をあげさせてしまうけど前より慣れたおかげで会話だけはスムーズにできるようになった彼女の前進に小さく笑う。ゔ、と呻く声と俺の笑い声に重なってため息が聞こえて見下ろす。
「行きますよ」
「……そんなに急かさなくたって帰るわよ」
つん、と顔をそらして強気に言い放つ子どもに笑みが浮かぶ。
「おや、帰るんですか。別に良いですけど、ひとつ席があきましたね」
「……は?」
目が合うときは大体睨みつけられているせいで吊り上がっている瞳がまんまるく開いてわざとらしくにこりと笑顔を作る。
「夕方はもともと君を誘うつもりでしたよ。彼女の誕生日なので」
「……おねえちゃん」
「アッごめんなさい、誕生日にわざわざ誘うと気を遣わせそうだったのでその、……予定が空いてるならその、急だけど一緒に行きませんか」
「でも」
「その、……いやですか」
「……お姉ちゃんがいいなら」
もちろん、と花咲く笑顔に心の中で小さく笑う。本当は一日中ふたりきりがよかった。でも彼女の誕生日なのだから、彼女が喜ぶことをしてあげたい。それが俺の嫉妬心をくすぐったとしても。
ちら、とほんの少し憐れみが混ざった視線を感じて苦く笑う。
「あなたは嫌でしょう?」
「最終的に僕も納得済みで予約しましたし嫌なわけではないですけど、嫉妬はしますね。恋人になってはじめての誕生日デートに妹がついてくるんですよ?」
「あの! えと、その、かばん! かばんとってくるので!」
あまりに素直に答えたからか居心地が悪くなったらしい当事者が身動いだのを受け入れてしっかり抱きしめていた腰や頭に添えていた手をぱっと離す。すぐ戻ります!と真っ赤な顔で言い訳でしかない身支度に行った彼女の背中を視線で追ってから、視線を落とす。
「まあ朝と昼の埋め合わせは大人には夜更かしという手がありますので」
「……あなたの誕生日じゃなくてお姉ちゃんの誕生日だってことを忘れないでよね」
今日のところは勝ちを譲ってくれるらしい妹の素直じゃない激励に思わず頬が緩んだ。
「はしゃぎすぎないように気をつけます」
2021/02/01
2021/03/25