「天国があるとするならこんな感じだと思うんです」
「は?」
降谷さんが隠しもしないこいつ大丈夫かみたいな声を出してきて思わず笑う。そしてこんな姿を見られることもまたさっきの発言を肯定する材料になる。
「ごはんが美味しくて、景色が綺麗で、好きな人がそばにいて、他愛もない会話ができるのって、ものすごく恵まれてるなあと思ってつい」
「……そうだな。これを当たり前に思ってもらえるようにするのが俺たちの仕事だ」
「またそんな他人事みたいに……降谷さんも平和を感じて遊ぶんですよ!」
誇りを持つ降谷さんを崇めてますけど、降谷さんもその輪に入らないと。なんならポジションは真ん中ですよ真ん中。降谷さんを囲ってみんなでダンスしましょう。平和。なんて素敵。写真を撮らせていただきたい。駄目ですよね我慢しよう。写真なんてなくてもこうして横で見させてもらえるんだから、それ以上のご褒美なんてない。
「そうだな」
「ウッ」
「……本当に慣れないな、君は」
「すみませんこんな景色のいいところで満面の笑み向けられると覚悟してても素晴らしい組み合わせすぎて」
白い砂浜も青く透き通った海も夕焼けに照らされてほのかに赤く、きっと詳細を言うと嫌な気持ちにさせると思うから心に秘めるけどそんな綺麗な景色の中に座って夕陽に照らされる降谷さんが本当に本当に綺麗で仕方なかったから私が呻くのも許してほしい。神が降臨したのかなってくらい神々しい絵面だったんです。私が降谷さんのこと知らなくてこの光景を見たら海辺に羽休めに降りてきた天使かと思って拝む美しさだった。
「……君が今まで好きになった人はやっぱり顔の造形が整っている人か?」
「えっ、うーん……確かに私、節操無しに美人が好きなように見えてるかもしれないですけど、心が綺麗だから心を包んでる外見も好きになっちゃうだけで、基本中身からですよ」
言ってから説得力のかけらもないなと自分で思う。いや本当に説得力のかけらどころかチリすら見つけられなさそうな普段の行動に今更ながら後悔する。もし降谷さんが降谷さんの顔面で生まれてこなかったとしても、確実に私は国宝として崇めてた。そんなもしものことを言っても仕方がないし、今は説得力のかけらをどう探すかが問題すぎる。
「……じゃあ別に顔が整ってなくても君の恋愛対象にはなるんだな」
「あっ恋愛の話だったんですか。それならなおのこと恋愛に顔は関係ないですし……でも好きになったら世界で一番素敵に見えるんでしょうね」
「俺よりも?」
「ビャッちょっと待ってくださいなんでそんな苦渋の選択させるんですか? 降谷さんよりも素敵な人……この世の中に存在するの……? えっでも好きになったらそうなるだろうし……えっ……降谷さんよりは無理じゃない……? でも好きになったら……」
唐突に降って湧いた疑問に目の前がぐるぐるしそうになる。漫画的表現で目玉が渦巻かせる気持ちがよくわかった。目の前がぐるぐるだ。脳味噌をかき混ぜられてる気もする。
私に恋人ができたとして、世界で一番好きな人だから恋人のはずなのに、恋人なのに世界で一番素敵な人を超えられないなんてことある? でも降谷さんより素敵な人なんてこの世に存在しないだろうし。
「えっ……うーん、……???」
いつもの降谷さんならこんな私を見て君は面白い人だなと笑うはずなのに、真顔で私を見つめている。馬鹿みたいな悩みにものすごく真剣に悩んでいて面白い通り越して呆れてるんだろうか。それともさすがに引かれてしまっているんだろうか。もしくは両方。
「……悩ませること言ってごめん。忘れてくれ」
忘れてくれと言われてもぐるぐる目玉の次は頭から湯気が出そうなほど考えてしまう難題をそう易々と忘れられるわけもなく、でも降谷さんの言葉はいつも正しいので忘れる努力をする。私のためにもこの難題は忘れてしまわないと、知恵熱が出るどころか今にもキャパオーバーで倒れてしまいそうになる。
だめだ忘れよう。
降谷さんが忘れてって言ってくれたんだから。
「肌寒くなってきたな。そろそろ夜ご飯食べに行こうか」
太陽がもう少しで完全に沈みそうになったところで芸術鑑賞タイムの終わりを告げられて名残惜しくなる。自然と降谷さん、素晴らしい組み合わせだった。波打ち際を散歩する降谷さん、貝殻を拾う降谷さん、私にいたずらしようとした魚を素手で捕まえた降谷さんにはちょっとびっくりしたけど。教えてもらったうんちくが右から左に通り抜けてしまうくらいちょっとびっくりした。いや降谷さんなら余裕でできるのはわかる。わかってても目の前でビチビチした魚捕まえられるとちょっとびっくりする。
降谷さんと来た場所はなんでも思い出にしたくて別に星の砂でもなんでもない普通の白い砂を持って帰ろうとする私を止めずに小さな瓶ならあるぞと車から取ってきてくれて大の大人が二人ただの砂を小瓶に詰めたりしていれば時間なんてすぐに消えてしまった。
「今日は奢らせてくれないか」
「友達はおご」
「ったりしないのはわかってる。でも、今日だけ。仕事じゃなく降谷として出掛けられたのは久々なんだ、今日は最後まで降谷として君と過ごしたい。予約の名前はさすがに安室でしたが、それでも少し高めのところを俺の勝手でもう予約してしまってるんだ。そこなら個室だし、店員も呼ぶまで来ないから降谷として話せる。お願いだ。俺のわがままだから、俺に払わせて」
お願いだ、と何故か私より背が高いはずの降谷さんが綺麗な上目遣いで懇願するように見つめてくるから意志の弱い私は負けてしまった。
「すこしたかめっていったじゃないですか」
声が震える。少し高めって、なんだっけ。口が開きっぱなしになりそうなほど大きな門をくぐりぬけて、お庭に池があるのを眺めながら小さな橋を渡って案内された広い部屋に通されて二人きりになった瞬間絞り出した声は驚くほど震えていた。
「ああ、少し高めだ。……期待外れだったか? 君が好きそうなところはまだ読みきれなくてすまない」
「ちが、……すてきですよ、すてきすぎて、私には分不相応すぎるんですよぉ……あああお皿割ってしまったらどうしようこれ一生かけても払えないんじゃないですかこわい」
「……俺を見るのを忘れてるぞ」
「えっいや見たいですけどお皿から目を離すと急な突風で飛んでいって割れたりしそうでこわくて」
「急な突風ってなんだ」
私の慌てぶりを見て楽しそうに笑う降谷さんを見たいのは山々なんだけど、本当にいつ突風が起きてお皿が落っこちたりしないか不安になるレベルのお座敷。
くノ一かと思うほど動く音の少ない仲居さんの手際に感嘆の息すら漏らさないように必死だった。少しでも粗相をしたら降谷さんの名を汚しそうで。きらきら輝く料理の品々に圧倒される私を見て笑う姿はとても眩しいけど、それどころじゃない。緊張しすぎてちゃんと味わえるだろうか。そんなちょっとやそっとじゃ割れないからと笑われて震えそうになりながらいただきますと同時に呟く。はかったわけでもない同時のそれに少し笑えて緊張が解れてようやく箸を伸ばして頬張った。
「口に合わなかったか?」
私の美味しいときのリアクションはすでにお昼にバレていて、高級料理を口の中に頬張って一瞬固まってしまった私を見て不安そうにする降谷さんに全力でかぶりを振る。でもこの気持ちをなんと伝えれば両方に失礼にならないかがわからなくて口籠る。
「……ものすごく美味しいんです。でも、お昼に食べたお弁当の衝撃がすごくて」
無言に耐えきれずにどう言葉にすればいいかわからないくせに声を出してしまう。どう言えば失礼にならないんだろう。きっと人生でこんな高い料理もう二度と食べられないんだろうなと思うほど恐れ多い値段の高さにふさわしい美味しさ。
悩みながら恐る恐る降谷さんを見つめれば、ふはっ、と声に出して笑われて目を見開く。えっ何その少年のような笑顔はじめて見た。国宝。
なんて思いつつも突然笑った降谷さんの考えが分からなくて首をひねる。面白いことを言った覚えはない、と思いたい。
「いや、なに、嬉しくて。最高級の食材を使ってお客様みんなのことを考えて作られたメニューが美味しいのは当然として、君のことだけを考えて君の好みに合わせて君のためだけに作ったお弁当だからな。そこまで君の口にあったならはしゃぎすぎた甲斐があったよ」
くつくつと喉を鳴らしながら本当に嬉しそうに紡がれてむず痒くなる。降谷さんがそう言ってくれて、申し訳なさも飛んでいったし、さっきよりも素直に味を楽しめるようになった。
「……でもこんな高いところ予約するのはもうやめてくださいね。あの家なら安全だし、いくらでもたくさん話せるじゃないですか」
降谷さんとして気兼ねなく話すのなら私たちの住むあのマンションが一番ぴったりなんじゃないだろうか。今更ながらそう気付いてじっとりと降谷さんを見つめる。ここも美味しくて素敵な場所だけど、降谷さんが降谷さんとして接することのできる一番安全な場所ならお金もかからないし私も値段を気にすることなく落ち着けたのに。
「家は安全じゃない」
「エッ」
ごきゅん、と口の中に入れていたものを咀嚼せずに飲み込んでしまうくらい衝撃なことを言われて固まる。苦く笑う降谷さんに呆然とするしかできない。えっだって降谷さんが住む家なのに? ハロくんだって日頃お留守番をする場所なのに? そんなまさか。
「夜に男の部屋に誘われるのも、部屋に誘うのも安全じゃない」
「な、なんだ、びっくりした……」
まったく降谷さんはお茶目なんだから。安全か安全じゃないかはこの世界で一番大事なのでそういうのでおふざけするのはやめていただきたい。その美貌で私をからかうのは全然良いんですが、安全面で私をからかうのはご遠慮願いたいです。心臓がいくつあっても足りなくなる。胸を撫で下ろして安堵する。やっぱりあのマンションはとても安全だった。よかった。これからも毎日ぐっすり眠れる。
「……まあ、誰が危険人物で誰が安全なのかは見た目じゃわからないのは事実だし、誰も呼ばない方が得策だ。盗聴器とか仕掛けられたくないだろ」
こくこくと頷く。もともと隣に降谷さんが住む部屋に誰も呼ぶ気はなかったけど、この世界は本当に誰がどこで盗聴器を持っているかわからないので気をつけたい。降谷さんの足を引っ張らないように気をつけないと。
なんて考えていれば降谷さんのお箸が急に止まって首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「……いや、なんていうか、……自分がこんなにも心が狭かったことを知ってショックを受けてる」
「えっ、本当に急にどうしたんですか」
ふたりきりだからか目に見えて肩を落とす様子を見せてくれる降谷さんに思わず釣られそうになりながらも心配で声をかける。どうしていきなりそんな思考になってしまったのか本当に不思議。一日オフがもうすぐ終わるからか急に仕事を思い出して不安になってしまったんだろうか。さすがの降谷さんでもやっぱりふりかかる重荷がものすごいと思う。急に落ち込んだりするのも当然だと思う。それを私が癒せるかはわからないけど、降谷さんの答えを待つ。
「もっともらしいことを言って君の行動を制限しようとしてる」
はあ、と重く長いため息を吐いて出た答えにぱしぱしと瞬きを繰り返す。それのどこが心が狭いことなんだろうか。もっともらしいこともなにも、降谷さんの言うことは本当にもっともだし、そもそも私は別になにも制限されたりなんてしていないのに。
「私を危険な目に合わせないためですし、制限だなんてそんなことないです」
「……今は余裕がないからありがたくその言葉に甘えさせてもらう」
見た目一年生の子どもに、公安の優秀な男の人が盗聴器ぺたりとされる世の中ですよ。部屋に招き入れる人はいないに越したことはない。もし呼ぶにしてもちゃんと許可を取ります。降谷さんにそんな手間をかけさせたくないからせめて黒の組織の件が解決するまでは誰も呼ばないです。
なのになんだかまだ責任を感じてる降谷さんの返事に歯痒い気持ちになる。甘えるもなにも降谷さんは間違ったことはなに一つ言ってないし全く悪くないのに。
「最後の最後に勝手に落ち込んで悪かった」
「だから降谷さんが落ち込むことなんてないんですってば」
知らない方が良かったのか悪かったのかはわからないけど結局高級料理の値段を知ることすらできなかった私がひたすらごちそうさまですと頭を下げながら車に戻ればまた落ち込みだした降谷さんに頭を振る。
「そもそも降谷さんと同じマンションに住めてるだけで最高に幸せなので気にしないでください」
半ば無理矢理引っ越しさせられたとはいえ私の身を案じてくれた結果だし、セキュリティは万全すぎるし住めば都どころのレベルじゃない。苦痛に思うことなんてなに一つないのに。
「……君が部屋に気兼ねなく誰かを呼んでも平気になるよう努力する」
「別に私部屋に誰かを呼ぶことそんなに重要視してないので本当に大丈夫ですよ」
「これは俺の気持ちの問題だから」
私の部屋のことなのに?
なんだか降谷さんは私以上に私のことを考えてくれていて申し訳なくなる。制限されてるなんて思ったこと一度もないし、降谷さんとハロくんの隣の部屋に住んでるってだけで世界で一番安全な場所だと思って毎日ぐっすり眠れているのに。
「でもそうですね、降谷さんの部屋から降谷さんと降谷さんのお友達の声が聞けるくらい平和になるのは楽しみに待ってます」
ハンドルに頭をつけてこちらを向いた降谷さんの表情は思った以上に渋い顔をしていて目を瞬かせる。気軽に言いすぎたかもしれないですけど、降谷さんもいて、みんなもいるこの世界ならそんな平和な世界が来るのもすぐだと思うんです。
「……何もできないくせに軽々しく言ってすみません」
でも結局降谷さんの視線に耐えきれずに謝ってしまった。
「違う。複雑な気持ちになっただけだ……友達だと思ってくれてるならそこは君も俺の部屋にいるべきだろ」
それでもまだどこか渋い表情を浮かべている降谷さんに不思議に思いながら私も苦く笑う。
「ちゃんと友達だって思ってますけど、友達の友達ってちょっとどうすればいいのかわからなくて気まずいじゃないですか」
それもそうかとようやく笑ってくれた降谷さんにほっとする。一体何をそんなに気にしているんだろう。お酒だって飲んでいないのにそれにしたって今日は少し降谷さんが情緒不安定で心配になる。
「帰りたくないな」
「え」
「楽しい時間はどうして一瞬なんだろうな」
なるほど久々の休みで、ずっと降谷さんとして過ごしていたから名残惜しいのかと勝手に納得した。そう言いながらも降谷さんはきっちりエンジンをかけてアクセルを踏み始めて町に帰ろうとしている。
「飽きるくらい何度でも遊びましょう」
「うん」
うん?!
降谷さんの可愛らしいお返事に思わず目を見開きそうになる。飽きるくらいなんて言いながら私は降谷さんと一緒にいるだけで飽きるなんて言葉は無縁だけどと思いながらも降谷さんに引かれないためにそれを付け足して言ったのに降谷さんの返事に驚いて固まってしまう。降谷さんを見つめながら固まっているのに特に降谷さんに不思議に思われないのは、行きも散々運転する横顔を黙って見ていたからですよねすみません。それにしても素直で可愛らしい返事に驚いてその言葉を紡いだ唇を凝視してしまう。すごい、赤ちゃんもびっくりするほどうるつやですね。なんてあまりの麗しさに思考がずれてしまう。
「……君は飽きないな。整っている自覚はあるが、そこまでなる程ではないだろ」
「ここまでなる程ですよ。みんな我慢してるんです。私は最初にやらかしたので開き直って見させていただいてるだけで、絶対みんなも許されるならずっと見ていたいと思ってますよ」
夢じゃないとわかっていたらこんな失礼なことしなかった。夢だと思っていたから不躾に眺めさせていただいて、夢じゃないとわかった今はもう散々甘やかされた視界は降谷さんなしでは物足りなくなってしまった。苦く笑われたタイミングや人目を気にしてどうにかこうにか視線を剥がしたりはするけど、今更この美貌を見ないフリはもう無理です。それでも降谷さんに注意されたらどうにかこれまでのノリで見るのは我慢しようと思いますけど、本当に実行できるかはやってみないとわからないです。
「いやみんなじゃなくて君がこの顔を好きすぎるだけだと思うぞ」
「みんな好きだと思います。今は安室さんの性格しか知らないのでポアロのお客様にきゃあきゃあ言われるだけで済んでますけど、降谷さんの性格も知ったらみんな私みたいになると思います」
「……それはちょっと嫌だな」
えっ。やっぱり私みたいなのが増えるのは気持ち悪いですか。若干傷付く心をおさえて口籠る。
「みんなが俺を知らなくていい。友達も、君も、きちんと俺を見て褒めてくれるから、それでじゅうぶん幸せだ」
謙虚にも程がある。この世の賛辞を全て受け取ってほしいくらいなのに。それくらい頑張っていて、努力していて、文字通り血の滲む道を歩んでいるのに、それだけでいいだなんて。
「……」
「不満なら君がみんなの分を担ってくれればいい」
降谷さんは全くこちらを見ていないのに、不満げな私の雰囲気を察してか提案のような言葉を投げかけてくる。私一人が世界中の賛辞を担えるわけがないのに。
「みんなの褒め言葉より、君の褒め言葉が良い」
「…………降谷さんはもっと我儘になるべきです」
「ふは、褒め言葉が良いって言った途端怒られた」
何も言えなくて負け惜しみのように発した言葉に楽しそうに笑う降谷さんは本当に世界からの賛辞なんて必要なくて、人知れず正義を守るスーパーヒーローで、私の友達。
2020/04/09