あんなことがあって距離が縮まっちゃったりするのかと少し心配したけどそんなことはなかった。中学校と小学校だと登校する時間違うしね。電車とかではないんだけどちょっと早めに出ないと間に合わない距離にあるから。それに心配したけど距離が縮まりたくないわけでもない。ただこれ以上近付くと将来悲しくなるから嫌だっていう最低な理由からだ。助けたくてもどうすればいいのかわからない。松田くんだけ助けても他の人が助からなくなるのはそれはそれでしんどい。そもそもわたしに何かを変えるなんてそんな力はない。
だから、これ以上関わることがなくてほっとした。
ほっとしたのに、目の前にいるのは誰でしょうか。
「久しぶりだな」
「……こんにちは」
もうすぐランドセルから卒業する松田くんです。なんでだ。二年くらいまともな接触なかったじゃない。あの日より前は流石にお隣さんだから挨拶くらいは度々する距離感だったのに、全くすれ違わなくなって寂しいけれどさっき言った最低な理由でほっとしてたのに。
「……鍵、忘れちゃった?」
「持ってる」
「お友達が迎えにくるの?」
「まあそんなとこ」
「そっか」
「おねえさんは鍵忘れてねえ?」
「忘れてないよ」
「……ほんとは前も忘れてなかっただろ」
「なんのこと?」
しれっとごまかしたい。別にバレてもいいのかもしれないけど、男の矜持を守らせてあげたい。それともお母さんが怒っちゃったんだろうか。お隣さんに迷惑かけて、みたいな感じで。全然迷惑ではなかったけど。
「まあいいけど。おねえさん次高校だろ? どこの高校行くんだ?」
「えっと、ここから近いところなんだけど」
小学生に言ってわかるだろうか。そもそもなんの興味で、と思いながらもできるだけわかりやすいように教えた。
「ふうん。賢いとこ?」
「えっどうだろう……わたしが入れたからなあ……」
「……おねえさん馬鹿なのか?」
おっとなんだか聞いたことある台詞だぞ。苦く笑いながら松田くんを見る。
「松田くんならもっとすごいところ入れると思うよ。賢いもの」
「……賢くても一緒のとこは行けないけどな」
「3年離れてるもんね」
なんだこの子あれで好感度めちゃくちゃあがったんだろうか。なんだか懐いてくれてるような台詞じゃなかろうか。全く話さなかったのに。かわいい。確かにどう頑張っても一緒の学校には通えないね、かわいい。
「あ、来た。じゃあなおねえさん」
「うん、気をつけて遊んでね」
「おう」
────
「……おねえさん、久しぶり」
「松田くんだ。久しぶり。受験の時期だね、松田くんなら心配なさそうだけど無理せず頑張ってね」
「……おねえさんはどこの大学行くんだ」
あらデジャブ。
それにしてももうほぼほぼ松田くんが完成されてて眩しい。あまりにもかっこいい。
「近いとこだよ」
大学名を言えばよく入れたなとからかわれる。自分でもびっくりです。だけどまだ今のところ家から出たくなかったし近場を探してたらそこしかなかったんだよ。仕方ない。それにしても松田くんとあんまり関わることないのにまだ馬鹿なおねえさんとして記憶が残ってしまっているのか。つらい。今じゃルービックキューブ全面揃えるくらいじゃ喜ばないよ。たぶん。
「……一人暮らしとかすんのか」
「したくないからあそこ選んだんだよー」
自立しろと怒られるかもしれないが、両親とはできるだけ一緒にいたい。前は自立はできていたけどその代わりに親とあまり接することができていなかった。前の親と重ねるなんて失礼なことはしていないけど、それでも気持ちは変えられなかった。
「……ふーん」
「松田くん、一人暮らししたいの? 松田くんなら高校から一人暮らししてても心配ないなあ。しっかりしてるからね」
「しようと思ったけどやめた」
「そうなんだ。まあ勉強とバイトと家事と、ってやることたくさんだから大変だもんね。松田くんなら押しかけ彼女とかきてくれそうだけど」
「いらねえよそんなめんどくせえ女」
そういえば思春期だった。ごめん。しっかりしてるからなんだか同世代と話してるような気分になっちゃって。だけど佐藤さんも押掛け女房タイプだし、きっとそういう子好きなんだろうなあ。
「……あんたのその目、苦手だ」
「目?」
「おねえさんっぽい目。俺のことガキだと思ってんだろうけど、……3つしか変わんねえだろ」
「えっ、わたしそんな目してる? 松田くんわたしよりしっかりしてるのに?」
もご、と口が動いたけど黙り込んでしまった松田くんに首をかしげる。小学生の頃の鍵を忘れてしまって締め出される姿を見てしまっているからだろうか。子供扱いした心当たりはないけど、それのせいで少し過保護になってしまっていただろうか。でももうわたしの失態の方が多いからやっぱり子供扱いなんてできないと思うんだけど。
「……しっかりしてる、って褒めてくれてるんだろうけど、同世代の男にわざわざしっかりしてるだのなんだの言わねえだろ。俺のこと子どもだと思ってるから、しっかりしてるなんて気持ちになるんだろ」
「……あ、あー……」
なるほどなあ、なんて言いくるめられてしまう。確かにそうかもしれない。松田くんのこと褒めてるつもりで松田くんのこと傷つけてた。申し訳ない。完全に上から目線だった。本当に何様なんだろう。
「ごめんなさい」
「……別に。悪気がないのもわかってる。それでも言った俺はやっぱりガキっぽいんだろうし」
「そんなことないよ! 松田くんは」
わたしよりしっかりしてるし、とまた懲りずに言いそうになって口籠る。どうしたらいいんだろう。
「俺があんたのことおねえさんって呼んでるのも子供扱いしたくなる要因だろ」
「……名前で呼ぶ? うーん、でもなあ」
「なんだよ」
松田くんがイライラした雰囲気になったのを見て慌てる。ちがう嫌なわけじゃないんだって。でも理由言うのも恥ずかしい。だけど松田くんを悲しませたままにはしたくない。
「笑わないでね。松田くん、声変わりも終わったでしょ?」
「あ? それがなんだよ」
「……良い声すぎて名前で呼ばれたらドキドキしちゃうから」
「……は、」
「笑わないでって言ったのに……」
松田くんのことを見れずにいたら松田くんが息を吐き出す音が聞こえて唇を尖らす。笑わないでって言ったのに笑ったでしょ、今の空気の音は絶対笑った音だ。悲しませたままにするよりかは良いけれど。
小さく呼び声が聞こえて恐る恐る顔を上げる。そこにはどこか嬉しそうなからかうような表情をした松田くんがいて嫌な予感に身をすくませる。ああこれ絶対あれだ。絶対に、
「──」
ほら呼んできた。予想してたのに胸が高鳴って固まる。
「……松田くんのばーか」
「はは、またガキ扱いされたのかと思ったけど本当だったんだな」
ばーかばーかと子供っぽく罵って逃げ帰った。