「あ、おはよう」
「はよ」
窓を開けるのを遠慮するなと言われてからは適度に開けるようにしている。まあもともとそんなに窓を開ける人間ではなかったから松田くんと会うのは滅多にないんだけど。どちらかというと萩原くんがきてた時の方が会うの多い。なぜ。だって静かに勉強することの方が多くなったから……。
「……どっか行くのか」
「ん〜買い物しようかなあと思って」
「デートか」
「あは、違うってば。ひとりでだよ。なんなら一緒に行く? いつも頑張ってる松田くんになにか奢ってあげよう」
なんちゃって、と続けようとした瞬間、それより早く、行く、と言われて固まる。えっ。
「えっ」
「……なんだよ、あんたから言い出したのに嘘ついたのか。警察目指してる俺に嘘吐こうとするなんざ良い度胸してんだな」
「えっ、いや、嘘っていうか、絶対ついてこないと思ってたしだから冗談として……いや別に松田くんと出かけるのが嫌なわけじゃないからね。えっと、じゃあ……ほんとに行く? あっ高いもの奢らせようとしてるならそれはダメだからね。一万までなら考えます」
「……どこの高級料理に連れてくつもりなんだよ。喫茶店とかでいい」
あっほんとについてくるんだ。
「えっと、飽きたら帰ってもいいからね?」
「何時出るんだ?」
「えっ、わたしはもう用意終わってるからいつでもいいよ」
「じゃあ着替えたらそっち迎えに行く」
「あ、はーい」
待ってろ、と言われて素直に返事した。なんでこんなことに? 思春期が終わったとしても高校二年生の男の子が近所のおねえさんと出かけるなんてこと普通ないでしょ。いや、でも松田くんだもんな……。
────────
「待たせて悪い」
「全然待ってないよ、大丈夫。えっと、じゃあなに食べたい?」
「あんたの買い物からでいい」
「……疲れたら言ってね?」
タオルがそろそろボロボロで変えたいからとタオルを見繕う。意外とかさばるこのタオルたち……。一番最後にすればよかったかもしれない。後悔していればいつぞやの時のようにわたしの荷物をかっさらっていった松田くんに瞬きをする。
「えっだめだよ、わたしの買い物だよ」
「いいんだよ。俺のが力ある」
「それは当たり前でしょ……未来の警察官に勝てるわけないじゃん」
でも、と押し問答を繰り広げた結果、惨敗。ありがたく持ってもらうことにした。本当にごめん、ありがとう。
「……次は?」
「マグカップ、壊れちゃったから買おうと思って」
「ふーん、……一人暮らしのための準備じゃねえよな」
「まだしませーん」
「あそ」
こういうマグカップってなんでペアもの多いんだろうなあ。ペアもののデザインが可愛くて仕方ない。でもひとりでペアのもの使うのはなんかなあ。別に恥ずかしかったり虚しかったりはしないんだけど、なんかなあ、ってなる。
「それがいいのか?」
「うーん、可愛いんだけど、ペアものだから」
「2個つかえば?」
「うーん」
「……俺と半分こするか?」
「えっ」
「……嫌なら別にいいんだけど」
「んー。嫌とかではないんだけど、ペアものは一緒に使うものってイメージだから」
ありがたい申し出だけど、と笑えばふーんと興味なさそうに頷かれて別のものを探した。
──────
「結局全部荷物持ってもらってごめんね、ありがとう」
「別に。軽かったし」
「さて、どこに入ろうか」
「どこでもいい」
「そう? うーん」
喫茶店でいいとは言われたけど普通のところに行くのはなんだか申し訳なくてお礼も兼ねていつもよりお洒落で値段もそこまで高くはないけど普段よりはいいところを選んだ。
「アイスティーとアップルパイにしようかな。松田くんは?」
「俺はコーヒー」
「と?」
「……じゃあそのチーズケーキで」
コーヒーだけなんぞ許さんぞ、という気概が通じたのか半ば無理矢理注文をしてもらってほっとする。まあもうお礼にすらなってないけど。わたしの方が助かってるし。
「それにしても松田くんは歩くだけでモテてるねえ……」
「別に」
「あのお友達と一緒に学校じゃモテモテでしょ」
「……ああいう顔が好きなのか?」
「優しそうだけど好みかどうかと言われたらうーん。いや、悩むのもお友達に失礼だよね、そもそもわたしなんかが選ぶ立場ではないっていうか」
ふーん、と相槌を打たれた瞬間店員さんが飲み物を持ってきてくれて軽く会釈する。わたしが見た中じゃ一番好みの顔は誰だろう、怪盗キッドのお父さんかな。しぶい。
「黒羽盗一ってマジシャン知ってる? あの人かっこいいよね」
「おじ専ってやつか」
「いやまあ、どうなんだろう」
「……年下は?」
「うーん。わたしよりしっかりしてる人なら大丈夫だけど。どうだろう、そもそも年下の子が年上の人を好きになるのって同世代よりしっかりしてる人を好きになるわけでしょ? わたし全くしっかりしてないからそもそも年下の子に好かれることがなさそうだなあ」
「あんたは面倒見いいだろ」
「そうかなあ」
「めんどくさがりのくせに面倒見はやたらいい。……鍵忘れたふりしてくれたり」
それ度々持ち出してくるけどなんでバレちゃったんだろう。誤魔化されてくれない。うーん。
「忘れたふりなんてそれこそ面倒なことしたことないよ」
「男のプライドとか、んなもんねーよ。むしろお礼言わせてくれねえ方が傷付く」
「……あれは女の人がひとりでいるの危ないって松田くんがわたしを助けてくれたんでしょ」
「……強情だな」
「松田くんもね」
そのうちこの押し問答にも負けそうだけどね。
それにしてもここのケーキ、少しお高いだけあって本当においしい。
「誤解されねえ?」
「なにを?」
「……俺とふたりで出掛けて、友達とかに」
「されないでしょ」
「なんで」
「松田くんイケメンすぎるからわたしなんかじゃ釣り合い取れてなさすぎてそういう風にも見られないよ、安心して」
「……ちっ」
「なんで舌打ちされたの……」
「……あんたも可愛いほうだろ」
あらイケメンに褒められちゃった。いやまあ社交辞令なのはわかってます。わかってるけど嘘もつかなそうな松田くんだからある程度は喜んでしまうの仕方なくない?
「えへ。ありがと」
「俺はあんたの顔も好き」
「んぐ。……イケメンにそういうこと言われると照れるね」
あまつさえ好きとまで言ってくれた。これはもう思い残すことはない。嘘です。松田くんや萩原くんが長生きするところを見るまではわたしも死ねない。
「……相変わらず眼中にもねえのな」
「松田くんは警察官から人誑しにジョブチェンジしちゃうのかな? やめてね。世界征服できそう」
「あんたのこと誑しこむことできてねえのにできるかよ」
いやあわたしは身の程を弁えてるだけだから。あと将来かわいい子に惚れるのちゃんと知ってるからね、とは言えない。前半部分だけなら言えるけど。というか度々言ってるけど。
「そういえばあんたは将来なにになんだよ」
「何になろうかなあ」
「……大学どうやって決めたんだ」
「なんにでもなれるように決めたから範囲広がりすぎて逆に困ってるんだよね。まあまだ二年生だからあと一年はのんびり考えるよ」
「なんだ、目標ねえのかと思ったら逆なんだな」
「やりたいこといっぱいあるんだよね。後悔したくないし。検事になるのもいいかもしれないね。松田くんやお友達が捕まえた人を送検するの」
「……めんどくさがりには向いてないだろ。俺らのこと考えてくれてるのは嬉しいけど」
「だよねえ。アッなら今からだとちょっと勉強しなおさなきゃいけないけど、お医者さんはどうかな、松田くんたちが怪我しても心臓さえ無事ならどんな手を使ってでも生き延びさせてあげる」
「医者っていうよりちょっとマッドサイエンティスト寄りだな」
生きててほしいから。でもふたりとも爆死だから心臓を保存するの無理なんだよね。
「何になろうかなあ。昔はお嫁さんとか簡単に言えたんだけどねー」
「……誰の?」
「王子様の? 小さい頃って相手とか考えてなくない?」
「そりゃそうか」
「松田くんは最初から警察官になろうと思ってたの?」
「……最初はヒーローだな」
「ブレないのかっこいいね」
どこかむず痒そうな松田くんににっこりする。すごいなあ。やっぱり長生きしてほしい。
「どの部署に行くんだろうね。最初は交番勤務なんだっけ?」
「……まあまずは高校卒業して、合格するかどうかだけどな」
「松田くんなら大丈夫だよ、今から勉強してるんだもん」
「おう、……まあ、頑張るわ」
──────
「荷物、持ってくれてありがとう。結局わたしの方が大助かりだったね」
「……別に。嬉しかったし」
「? 何が?」
「あんたと出かけるのが」
「……松田くんは人誑しだねえ……」
「たらせてねえから困ってんだけど」
苦く笑って再度お礼を言って手を振る。ひら、とかっこよく片手を上げた松田くんを見送った。