あれは、告白とかいうものなんだろうか。
それともからかわれただけ?
いや、松田くんが人の気持ちを踏みにじるわけがない。そうだとすれば、本気?
いや本気なわけがない。だって松田くんには佐藤さんがいる。
なら、なんだっていうの。だって、松田くんは佐藤さんを好きになる運命で、じゃああれは、そう、本気なのかもしれないけれど、一時的なものだ。よくある、近所のお姉さんやお兄さんに初恋を捧げる、そういう微笑ましいあれ。だからごめんねと言えばいい。ただそれだけなのに。松田くんは返事を受け取ってくれない。
「返事がノーだから受け入れないわけじゃない。あんたがちゃんと俺のことを子供扱いせずに、ちゃんと俺を見てくれたうえでの返事なら受けいれる」
そう言って、考えろ、と。
でも考えても考えても、だって松田くんには佐藤さんがいるじゃない、で思考は終わる。
だってそうでしょう?
あんたの事わりと好きだったぜ、って、生きて、過去形じゃなくて、面と向かって佐藤さんに言ってもらいたいの。そして笑って欲しいの。幸せになってほしいの。
────────
こつこつと窓を叩かれた音がして覚悟を決めて開ければ部屋の主人ではない萩原くんが立っていて少し気が抜ける。
「ねえ、お姉さん。なんで松田のこと好きになんないの?」
にっこりと微笑まれてわたしの頬は引きつる。
なんで、と言われても。そもそも松田くんは恋話とかしなさそうなのにどうしてそう筒抜けなの? 相談とかしてたの?
「……何か聞いたの?」
「なにも。でもわかりやすいよ、お姉さん。前までちょこちょこ開けてくれてたのに全くここ開けなくなったし、松田も落ち込んでる」
「……落ち込んでるの」
「そらそうでしょ」
「返事を受取拒否するのに?」
「ぶはっ。振られてんじゃん」
思い切り爆笑しだした萩原くんに眼を見張る。ああ、でも確かに、今まで振ることはあれど断られたことなんてなさそうだもんね。その第一号がわたしだなんて、申し訳なさすぎる。わたしごときが松田くんを振るなんてとんでもないことをしてるのはわかってるけど、でも、今は気の迷いだからと諭すしかできない。
「でもお姉さん、松田よりいい男なんて他にいないよ?」
「え」
ひいひいお腹を抱えるほど笑ってた萩原くんが目にたまった涙をぬぐいながら言った台詞に固まる。
「あ、俺も松田に負けず劣らずいい男だけどさ」
「……ふ」
ウインクをして付け足された言葉に小さく笑う。
そうだね、君たちよりいい男なんていないと思うよ。
でも、だからこそ、ただのモブでしかないわたしにいい男は不相応だ。
「……松田のこと、ちゃんと松田を見て考えてあげてよ」
「……すごく考えてるよ」
考えてるのに、納得してくれないんだもの。
────────
「……わかったよ。とりあえずはあんたの気の迷い説を受け入れてやる。大人になりゃいいんだろ? 警察官になって、それでも好きだったら気の迷いじゃねえだろ」
これで何度目かと思うくらいごめんねと断り続けていたらとうとう折れてくれたのか気の迷いを受け入れてはくれたけど予想外の展開に眼を見張る。なんでそうなった。ちがう。それだと宙ぶらりんの今の関係の期間がただ延びただけじゃないの。
「でも気の迷いじゃねえし、俺はあんたを好きだから売り込みはしていくからな」
「……そんなことしてたら思い込みで自分を洗脳しちゃうことになるよ」
「なんねえよバカ。俺が子どもだってんならこんなめんどくせえこと続けられずにすぐ飽きるに決まってるだろ」
とうとうバカとまで言われて口をつぐむ。
バカなのは松田くんなのに。
─────────
「合格した」
「おめでとう!」
予定調和でも、やっぱり隣で勉強を頑張ってたのをよく知ってるからかその頑張りが報われるのはとても嬉しくて我が事のように喜んでしまう。
なのに松田くんはどこか拗ねたような表情で首をかしげる。どうしたんだろう。
「……上には上がいるもんなんだな」
「え?」
「……いや。なんでもねえ。なあ、寮に入る前にどっか行こうぜ」
「合格祝いだね! なにがいい?」
「は? ちげーよ、ただのデートだ」
拍手する手が止まる。
いや違わないよただの合格祝いだよ。
「デートだからな」
「……合格祝いだよ」
チッ、と盛大に舌打ちされて苦笑する。懲りない人だなあ。でもそろそろだ。そろそろ、軌道に乗っているはず。萩原くんが忠告を聞いて生き延びてくれることを願って、松田くんは頭に血が上っていない状況で、ダブルエースで事件を解決して、観覧車から無事生還する。そしたらきっと、きっと真実に目を向けてくれる。
────────
最近は合格もして静かに勉強じゃなく楽しそうな声が隣から聞こえていたから窓を開けるタイミングを測りきれていたのに、また何故か萩原くんと遭遇してしまった。お隣さんの松田くんより萩原くんと遭遇する方が多い気がする。どうして。
そんな萩原くんがどこか悔しげな表情を浮かべて窓辺に佇んでいたから思わずどうしたのと声をかけてしまった。
「松田よりいい男、俺以外にもわりと存在した」
「え」
「俺のライバルは松田だけだと思ってたんだけどな」
むっすりと眉根を寄せて顔をしかめる姿がなんだか年相応で、年下なのにいつも余裕綽々な萩原くんのギャップに思わず頬を緩ませる。だって、なんだかかわいくて。
「世界広いね。でもお姉さんにとってのいい男ナンバーワンは松田だと思うんだけど」
なのに拗ねた表情からまたいつもの萩原くんの優しい笑みで言われた言葉に固まる。
「……すごい売り込んでくるね。どうして?」
「落ち込んでる松田、かわいそうだもん」
「……大丈夫だよ、萩原くんだって年上のお姉さん好きになって結婚申し込んだことあるでしょ? あと5年もすれば懐かしくてあたたかい思い出になるよ」
「……確かに幼稚園の頃先生にプロポーズしたけど、それとこれとは別でしょ」
本当にしたんだ。思わず小さく笑う。萩原くんはどこか照れ臭そうに頬を爪でかいてなおも言葉を紡ぐ。
「……俺たちもうすぐ高校卒業だよ? 幼稚園児の男と18の男は覚悟が違うから」
「友達想いだね」
「ほらまたそうやって子供扱いする。お姉さんも頑固だね。頑固同士お似合いだよ」
子供扱いなんてしてない。
子供ならこんなに手間取らない。
松田くんだから、こんな、意味のない問答を繰り返させられている。松田くんが頑固なのも知ってる。人の心を弄ばない人だって知ってる。だけど、それは、「今」だから。今は本当に本気なのかもしれない。だけどもうすぐしたら強くて賢くて素敵なあの人に本気になって、真摯に別れを告げにくる。どうして運命を知っていてわざわざ傷を作らなきゃいけないの。どうして苦しませるの。
「……ごめんね、泣かせるつもりはなかった」
「……泣いてないよ。……諦めてって言って。もうすぐ素敵な人が現れるから。わたしのことは甘酸っぱくて懐かしい思い出になるから。警察になったら、わたしたちを守る気持ちと同じくらい、自分の身を守ることも考えてね」
微笑ましかった気持ちが一気に氷点下に冷めた。気を付けてね、ときっと下手くそだろう笑顔で締めくくる。
──────
「ごめん、殴ってくれていいんだけど、お姉さん泣かせちゃった」
「は?」
飲み物をとって部屋に戻れば藪から棒の台詞に眉根を寄せる。萩原に視線をうつせば本当に申し訳なさそうな、なんなら今にも腹でも切りそうなくらいの表情に、笑えない冗談ではなさそうだと腹をくくる。
「なんで?」
「……いや、ちょっと、ハッパかけようと思って……でもお姉さんには逆効果だった本当にごめん殴って」
「殴んねえ反省しろ」
殴ってすっきりするのはお前だけだろ。自己満足のために殴る気は無い。それはそれとしてなに余計なことしてくれてるんだ。適度な距離感でアプローチしてたのに水の泡じゃねえか。あとダチにそういうことされるの成功したとしても恥ずかしいからやめろ。俺が、俺の力であの人を振り向かせないと意味ねえんだよ馬鹿。
なんていう心の声はもう十分萩原自身もわかってるだろうしあえて口にはしない。恥ずかしいし。
「……あのお姉さん、なんか頑なだな」
「知ってる」
「……なんつーか、松田が心変わりするって知ってるみたいだ」
「は? しねえけど? 前言撤回してぶん殴るぞ」
「いや違う。俺もお前が心変わりなんてしねえの知ってるけど、……お姉さんがそう思い込んでるってこと。お前の告白自体は信用してくれたっぽいけど、……変なこと言っていい?」
んだよ、とイライラしながら続きを促す。これでお前また心変わりがどうのこうの言ってきたら今度こそぶん殴るからな。
「……あのお姉さん、俺たちが所属したい部署、知ってただろ」
「……」
「最初は松田が言ったのかなって思ったんだけど、松田はそういうのかっこつけて終わってから全部言うタイプだろ。……お姉さん、予知夢とかそういう類のことできる人?」
「……そういう話はしたことねえよ」
「お姉さん、不自然な話の流れで爆発のこと言ってたんだよね……。そんで俺、お前より無駄に命の心配されてる。松田が心配されるならわかるけど、俺にばっかだ。……俺、死ぬのかな」
「……縁起でもねえこと言うな」
「心当たりないの」
「……わかんねえよ。俺があの人のこと考えても冷静な判断なんてできねえ。好きだから都合の良いように考えてるのかもしれねえし、好きだからネガティブな方向に考えてるのかもしれねえ。くそ、わかんねえよ」
──────
「デート行くぞ」
もう関わりに来ないと思ったのに。目の前にいるのはあいも変わらずモデルのようにかっこいい松田くんで、心がざわつく。
「約束は守れよ」
合格祝いに行く約束をしたのは覚えてるけどデートなんて約束をした覚えがない。
それにきっと萩原くんは松田くんに全て報告したはず。それなのにくじけない松田くんのまっすぐさに胸が痛む。
気が重くなりながら支度をしてどこに行くかもわからずついていき合格祝いのはずなのに道中は無言で気分は沈んでいく一方だ。ちらりと斜め前を歩く松田くんを眺める。背は伸びきったし、体格も、大人の男の人で、画面越しに見ていた松田くんそのものになってしまった。
はあ、とため息をついて俯きながらどこへ連れていかれるのかわからないまま足を進める。
少し前に腰が抜けて立ち寄った公園だと気付いた瞬間松田くんが立ち止まったのかその大きな背中に勢いよくぶつかってしまってふらついたわたしを全く動じてなかった松田くんに腕を掴まれ支えられて謝る。
「俺のこと知ってんの?」
「……松田くんでしょ?」
その言葉に一瞬俯いて歩いていたせいで違う人にぶつかってしまったのかと焦ったけれど目の前に立ってわたしの腕を掴んでいる人は松田くんでホッとする。
「萩原、死ぬの」
だけど次の言葉に、ひゅ、と息がつまった。
「あの説、当たりだったんだな。でもあんたがあんなに言うってことは、気をつけてさえいれば回避できるんだろ」
「……そんな与太話、誰が信じるの?」
どうにかごまかそうと笑おうとしたけど笑顔が引きつったのが自分でもわかる。松田くんはそれに気付いてるのに指摘せずまっすぐわたしの目を見つめるだけ。
そんな馬鹿げた話にどうしてたどりついてしまったの。
「俺と萩原。……最初に気付いたのは萩原なのが悔しいけど。でも、だって仕方ねえじゃん。俺、あんたが好きなんだよ。なんでも否定的に考えちまうし、なんでも都合よく考えちまう。あんたのことにはいちはやくなんでも気付きたいけど、あんたのことが好きだから、わかんなくなる」
まっすぐな目と、まっすぐな言葉に目を合わせていられなくなる。俯いて唇を噛むしかできない。それに気付いたなら、それを馬鹿げた話だと一蹴しないでくれるなら、好きだのなんだのの話も察してくれたらいいじゃない。
「……俺があんた以外の誰かを好きになるわけがねえ。何年、……何年好きだと思ってるんだよ」
それでも会えば好きになるんだよ、だって、あんなに素敵な人だもの。
「未来の俺じゃなくて今の俺を見ろよ!」
初めて聞く怒鳴り声に肩がすくむ。
「あんたが振ってるのは俺じゃねえ」
そんなこと言われたって、松田くんは松田くんだ。
怖くて俯いて見てた地面がぽつぽつと濡れはじめて雨が降ってきたのかと、こんな大事な時期に風邪でも引いちゃダメだと恐る恐る顔を上げて場所を移動しようと提案しようとして固まる。
「あんたが見てるのは、大人の俺だ」
ぼとぼとと人目も憚らず涙を流して言い募る姿に何も言えなくなる。
「……俺、やっぱり子どもでいい。大人になったら振られるんなら、ずっと子どもでいい。だから、子ども扱いでもいいから、」
嗚咽交じりの言葉に胸が締め付けられる。
「……振られるのはわたしのほうなんだよ」
「──ちげえ、子ども扱いも何もこういうとこがガキなんだよな。大人の男は好きな女の前で泣かねえ。信じてもらえねえからって駄々こねたりしねえ。……わかった」
わたしのハンカチを受け取らず服の袖口で乱暴に涙をぬぐって何をわかったのか睨みつけてくる松田くんに固まる。たぶん、わたしの声は届いていなかった。
「なあ。あんたが不安に思ってるそれは、何歳ぐらいに起きんの」
濡れた頬を乱暴にぬぐってばちん、と両手で自分の頬を叩いた松田くんに目を見開く。行動にも驚いたけど、言葉にも驚いて口の中が乾く。
「……どうして」
「あんた以外好きにならねえって証明すんだよ」
「っ、」
「俺のこと嫌いになったら言え。好きになっても言え。でもそんな、俺が心変わりするなんてふざけたこと信じて振るなら話は聞かねえ」
なあ、何歳?
そう詰め寄られて思わず口を開く。
「にじゅう、ご、くらい?」
「なっげえ。てかあんたもあやふやなのかよ。じゃあそんなあやふやな未来なんて信じてんなよ馬鹿。ばーか。覚悟しとけよ」
くそ、と乱暴に睨みつけられてぎゅっと唇を噛みしめる。なんで言ってしまったんだろう。松田くんたちが変に優秀すぎて、年頃の男の子なのに変に純粋でこんなあり得ない話を信じてしまって、逃げ場がなかった。
逃げ場がなかった? うそだ。頑なに否定すればよかった。きらいだと嘘をついて遠ざければよかった。きらいだと言えなかった時点で、振られるのはわたしだと言った時点で、もうわたしの気持ちは明瞭たるものだった。だけどこの気持ちは蓋をする。わたしは彼らを積極的に救おうとしなかった。そんな資格、ない。
「……5年以上つきまとうけど、俺のこと、ストーカーで訴えるのだけはやめてくれよ」
くそ、かっこわりい、と涙で濡れていた頬が乾いて気持ち悪いのか顔をこすりながら言われたそれについ下手くそな笑みを浮かべてしまった。
2019/06/04