「お姉さん、俺生きてるけど、まだ駄目? それともこれじゃなかった? これでも結構生死かけたなあって爆発だったのに別の事件だったりする? 俺そんな波乱万丈な人生なの?」
松田くんに連れられて着いた先は病院で、わけのわからないまま通された病室にはかすり傷だけど怪我をしてる萩原くんが微笑みながらベッドに座っていて固まる。まさか、今年だったの。あやふやな知識しかなくてとにかく爆発しか覚えてないわたしのせいで正確なことは言えなかったけど、けど、勘が告げる。きっと、これだ。
「……いきて、る?」
「元気だよ。お姉さんのおかげ」
「いき、て、る」
「……お姉さんのこと泣かせてばっかだね。ごめんね。ありがとう。ちゃんとこれからも気をつけるから、もう泣かないで。また松田に怒られちゃう」
号泣して息も絶え絶えだったわたしを二人掛かりで慰めてもらってどうにか落ち着いて、うるさくして申し訳ないと萩原くんに謝罪して松田くんとふたりで帰り道を歩く。さっきよりは落ち着いたというだけで、涙は出ていないものの瞳は潤んでいて一緒に歩いている松田くんには申し訳なく思う。
「あとは俺があんた一筋だって証明すりゃいいんだろ」
「松田くんも、……松田くんも、……」
「なに」
観覧車に乗らないでほしい?
でも松田くんは正義の人だ。きっと、未来を知ったとしても、知ったからこそ乗り込む。だから言いたいのに、言えない。
「……俺は死なねえ。けど、心変わりもしねえ」
「、っ」
「萩原も俺も、あんたのおかげで勉強の量も増やしたし、慎重にもなった」
それでも、それでも結局変わらなかったら?
経過が変わっただけで、結末は一緒かもしれない。
「俺は絶対にあんたのところに生きて帰ってくる。あんたが信じてくれるまで死んでも死にきれねえし、あんたと結婚するまで意地でも死なねえ」
それにわたしは何も答えられない。
────────
「なあ、俺今どこだと思う?」
楽しそうに笑う松田くんの声に首を傾げた。なにそれ。松田くんの意味のわからない言葉にうんうんと唸る。
どこって言われても、仕事でしょう?
だけどわざわざかけてきたってことはきっと違う場所なんだから、なんて考え込んでるわたしを松田くんが笑う。
「正解、教えてほしいか?」
「……う、うん?」
「観覧車」
ひゅ、と息が止まる。
「ふーん。やっぱここか」
ばくばくとうるさい心臓の音で松田くんの声が遠ざかる。かんらんしゃ、観覧車、そこは、松田くんが、
「なあ、聞いてんの?」
返事を急かされても声が出ない。ぱくぱくと口は動くけど言葉が出ない。音にもならない。
いやだ、いやだ、聞きたくない。早く電話を切りたい。爆発の音なんて、松田くんが死ぬ瞬間の音なんて、聞きたくない。なのに、口は動くのに、体が、指が動かない。
「あんたのその悲観的なとこ、どうにかしようぜ。解体、終わってんだよ。最期のあいさつ一言だけするためとかならともかく、仕事終わってねえのにこんなクイズ出してのんびり電話かけるほど色ボケてねえよ」
「……え、」
「同期が優秀なやつばっかでよ、俺の出る幕なし。いや目の前のこれは俺が解体したけどな。なるほどこれは死ぬわ、みたいなメッセージ読んだ後に……まあ一般人には詳しくは言えねえんだけど。萩原が原因も排除してくれたしこっちのも遠慮なく解体できたってわけ」
するりと耳に言葉が入ってくるけど脳に届かない。
「……聞いてるか?」
「だ、……」
「生きてるし、大丈夫だ。……なあ、これでもういいだろ?」
生きてる、……けど、油断はできない。だって今もまだ、今もまだ彼は観覧車の中にいて、もしかしたらまだ予断は許さない状況なのかもしれない。結果は同じだけど経過は違ったしあんたの言う通りじゃなかったから気にするな、そんな風に私を励ますための嘘なのかもしれない。
「今すげー騒がしくなったろ。聞こえるか?」
耳が拾う音がたくさん増えて、なんだか聞いたことのあるような声が何人か聞こえてまた固まる。
「観覧車から降りたぜ」
「っ、」
「爆発してない。生きて地面に立ってる」
嘘じゃない。だって、松田くんの帰還を喜ぶ声や歓声が何重にも聞こえて松田くんの声が聞こえにくくなるくらいだ。
「なあ。生きてるだろ」
「ほんと、に?」
「ああ、生きてる。……チッ、ちょっと待ってろ」
「え?」
穏やかに諭し続けてくれた松田くんが急に怒気を孕んだ声で吐き捨てて驚く。
まさか、また爆弾が、
「──今から一世一代の告白すんだよ邪魔すんな散れ!!」
「……え?」
一瞬静寂に包まれた携帯の先が次いでさっきよりもすごい勢いで湧く。今度こそ松田くんの声が聞こえなくなって、わたしに向かって言われたわけではないけれど聞こえた言葉に、内容に、頭が混乱する。どうして、その場には彼女もいるはずで。
「散れっつってんだろうがうるせー! くそ、家で待ってろ! 今度こそ逃がさねえからな!」
「ま、」
待って、とも、松田くん、とも言えずに、ぶちりと通話が切られた携帯を見下ろして茫然とする。
──ピンポン。
家の呼び出し音が聞こえてハッとした。どれくらいぼうっとしていたんだろう。連続で鳴る音に急き立てられてずっと見下ろしていた携帯を落としてしまった。瞬間、その些細な音がまさか聞こえたのかさっきでさえ激しかった呼び出し音がさらに激しくなって目が泳ぐ。どうしよう、どうしよう。
「早く出ろ馬鹿!」
「ひ、」
聞こえた怒鳴り声に思わず肩をすくめる。
腰が抜けたかと思ったけど、残念ながら抜けていなくて恐る恐る立ち上がる。
「……おせえんだよ」
「ご、めん」
謝るのもなんだか違う気がして、だけど謝らなきゃいけない気もして、言葉に詰まってしまった。
「……逃げたかと思った」
「に、……」
現実から逃げていた。
「なあ、早いとこ覚悟決めてくれよ。五年かけて俺にはあんたしか見えてねえって証明しただろ。……幸い俺は年下だし、あんたより先には絶対死なねえから、だから、なあ、……もういい加減、うんって言ってくれよ」
「そんなの、無理だよ」
「なにが? うんって言うのが? 簡単だろ」
「ちが、……くはないけど、……そんな、わたしより先に死なないとか、そんな、できもしない約束」
「は? 俺はやるっつったらやる。二十歳になったら煙草も吸いたかったけど、長生きするために吸わねえことにしたし、食いもんのことも無駄に勉強して、できることは全部やってんだよ。まあ危険の多い仕事に就いてるけど、絶対死なねえし」
そう、そうだ。何かが足りないと思っていた。たばこ。たばこだ。松田くんはサングラスをかけて、ヘビースモーカーなイメージだった。そのトレードマークが足りなかった。わたしのせいで、?
「……あー……もしかして煙草は吸ってたほうがよかったか」
「な、」
「今日のあんた、わかりやすいな。まあでもこれでわかったろ。俺はあんたの知ってる松田とは違う運命を辿ってるって。なら今ここに生きてる松田があんたを好きでもおかしかねえだろ」
この松田くんは、わたしの知ってる松田くんじゃない。あの素敵な女性を好きにならない。だからってわたしを好きになる意味がわからないけど、でも、生きてる松田くんはわたしを好きになってくれた。変な女だと思わずにわたしのことを信じてくれて、生きてくれた。
わたしはずっと松田くんに松田くんを押し付けていた?
画面越しの松田くんはわたしの存在なんて知らない。
画面越しの松田くんの小さい頃なんて知らない。画面越しの松田くんは一緒に買い物なんてしてくれない。画面越しの松田くんは、ストーカーからわたしを守ってくれたりなんてしない。
全部、全部、今目の前に生きてる松田くんがわたしにしてくれたこと。
松田くんより年上のくせにそんなことも理解できずに頑なに首を振り続けるわたしのことを呆れず諦めないで根気よく付き合ってくれた松田くんが、今目の前に生きてる松田くん。
わたし達の間に壁なんて存在しなかった。同じ場所に生きてるのに、勝手にわたしがそう思い込んでいただけだった。
だけど、だけど、遅くはない?
わたしは松田くんに酷いことをし続けてきた。
でも松田くんは、今も諦めず目の前でわたしを説得し続けてくれている。
信じても、いいんだろうか。
一歩踏み出しても大丈夫なんだろうか。
「意地に、なってたりしてない?」
「意地張ってんのはあんただろうが」
勇気を出して聞いたそれの返答に思わずへらりと笑ってしまって睨まれる。ごめんなさい。
これが、最後だから。最後にするから。
「……本当に、後悔しない?」
「しねえっつってんだろ」
「まだ二十代なのに、もうわたし以外と付き合えなくなるのに?」
「は……?」
「……うん、って言ったら、覚悟決めたら、わたし、もう二度と松田くんのこと離さないよ。今以上に体のこと心配して過保護になって鬱陶しいって思うかもしれないし、それでも、っ、」
突然目の前が真っ暗になる。一瞬、高望みしたせいで世界の終わりが来たのかと思ったけど、松田くんのかたい胸板に視界が遮られただけだと悟って固まる。
「……たぶんあんたはそんなこと言いながら、世界が終わろうがありえないけど、もし俺が心変わりしたとしたら俺のこと手離すんだろ。でも俺はそんなあんたが、嘘でもそんなふうに言ってくれたってことが嬉しい」
バレている。だけどバレた上で、その上で気持ちも全部汲み取ってくれてる。気持ちを見透かされすぎて恥ずかしくなるけど、なんだか胸が温かくなる。
どんどん力強くなる抱擁だけど苦しくはならないのは、松田くんが手加減してくれてるから。これから不安なことだってたくさんある。たくさんというか、不安しかない。だって、今回は助かったけど、また何かあるかもしれない。ここはそういう町だ。でも、でも松田くんが約束してくれた。死なないと。
「……なあ、ちゃんとうんって言って。ずっと、あんただけが好きだから、嘘はつかねえから、なあ、俺と結婚して」
「え」
「……先走った。くそ、かっこつかねえ。いやそもそもあんたがいたいけな年下の男をこんなに焦らすから悪い。責任とって結婚してくれ」
厚い胸板から顔が離れたかと思えば松田くんの真剣な、請うような顔が目の前に突きつけられて心臓がばくばくと早鐘を打つ。
「離さねえんだろ」
なあ、と目の前で囁かれて固まる。じわじわと体が火照ってきたのが自覚できて、顔から火が出るくらい顔が真っ赤になってるのがいともたやすく想像できてしまう。
「……結婚する前にしてえこととかあるなら、……納得できる理由なら我慢する、けど」
少し悲しげに表情が歪んで慌てて固まった体をどうにか動かして、引き剥がされた体を松田くんに押しつけるように再度くっつける。びく、と松田くんが反応した気がしたけど、気のせいだったかもしれない。だって照れを隠そうと結構な勢いをつけたはずなのにほとんど微動だにしなかった松田くんにさすがだなあと顔を胸元に埋めながら力強く抱きつく。
「結婚する。したい。……松田くんが本当に、後悔しないなら」
「後悔しねえって言ってんだろ。……はー……やっと、……やっと俺のだ」
すう、と深いため息のような呼吸が聞こえたかと思えば今度は手加減せずに抱きしめ返されて息がつまる。だけど、痛いくらいがちょうどいい。それくらいされないと、嬉しさで気絶しそうだし、夢じゃないかとまた卑屈になる。だから、今は優しさなんておいておいてさっきみたいに手加減なんてしないで強く抱きしめてほしい。
「……よし、区役所行くぞ」
「え」
しばらく松田くんのかたい体に抱きしめられて時間がたつのも忘れるくらいぼんやりした耳に届いた言葉に目をぱちくりさせる。首だけを上に向ければ松田くんのサングラス越しの瞳と目があってその真剣な瞳になんだか緊張して喉がなった。
「あんたが逃げねえうちに。……挨拶が後回しになるから、殴られる覚悟もできてる。でも挨拶も大事だけど、あんたの気が変わらねえうちに、今すぐ行きたい」
落とされた言葉にはく、と口が動くだけで声が出なかった。今? 今って、何?
ぐるぐる考え込むわたしに松田くんは、ふ、と笑って落ち着かせるようにわたしの頬を撫でてくるけど恥ずかしさや照れで余計に集中できなくなるからちょっとやめてほしい。
「ど、どっちかっていうと、わたしが殴られる側じゃ……松田くんに文句つけられる人なんていないけど、わたしは、……」
「俺に散々文句つけてたのはあんただな」
「そ、……ごめん」
「まあ冗談は置いておいて、さすがに男が挨拶もなしとか殴られるだろ。あと俺んちは隣のおねえさんと結婚するってずっと言ってたから知ってるし喜んでくれるだけだ」
「えっ」
おねえさん、なんて呼んでくれてたの、だいぶ昔なのに、そんな時から? え?
驚いて固まるわたしをよそに松田くんはわたしの頬を撫でるのをやめて携帯を取り出してつい視線がいってしまった。ごめんなさい覗き見するつもりはなかった。
でも見てしまった。同期組、なんてグループ名のついたそこに、松田くんが女子高生並みに早いスピードで打ち込んだ文章を。
「お、はや。まああんな啖呵切って飛び出してきたから気になるのも当然か。ほら、証人も集まった」
さっきちらりと見えてしまった画面をわざわざ見せてくれてさっきのそれは見間違いではなかったと理解する。
『婚姻届の証人ふたり、早い者勝ち挙手』
『お姉さんやっとオッケー出してくれたんだ?! ひとりは俺に決まってんでしょ!』
『めでたいな、あのいつもの人だろ? その人と会ったことない俺でもいいならすぐ行くぞ』
『あーあーこんなめでたいことに顔出せないなんてもったいないなー』
『まああいつらは仕方ないだろ。じゃああとでな』
さっきは松田くんの文章だけ見えてしまったけど、増えていた返事にまた驚く。いつもの人、って何。
「ああ、俺家族だけじゃなくて周りにも言ってたし。近所のおねえさんとか言ったら特定するやつとか出てきて迷惑かかるかもしれないから濁してたけど、でも心に決めてる人いるから寄ってくんなってちゃんと言ってた」
わたしの視線で言いたいことに気付いたのか当然のことのように返してきた松田くんに心臓が止まりそうになる。
「…………あんときは振られまくってんのにそういうこと言われてたの気持ち悪ぃ?」
「そんなことはない、けど、……松田くんはものすごくかっこいいから相手はどんな美女なんだってハードル上がってたら怖いなって」
「あんたがどんな顔でも好きになる自信しかないけど。鍵を忘れたふりして俺を守ってくれたおねえさんを好きになっただけだから、周りにも、あんたにも、文句言わせねえ。俺があんたを好きなんだ。それだけだ」
心なしか周りに対してよりも、あんたにも、の方に圧がかかっていた気がして、そんなふうに言われる心当たりしかなくて頬が引きつる。
「……ふりじゃないし、わたしが守ってもらってたんだよ」
「あんたも強情だな。知ってたけど。まぁ、それもまた根比べするか」
「根比べもなにも、本当のことだから」
「じゃあ一生かけて問い詰めてやる」
「……お手柔らかにお願いします」
「とりあえず区役所行くか」
「……あの、ちゃんと言うの忘れてたけど、……わたしも松田くんのこと好きだよ」
「…………おせーんだよ」
わたしの言葉に耳が真っ赤になったのを揶揄いたかったけど、耳だけじゃなくて全身火照ったように赤いわたしがそれを指摘したらやぶ蛇になりそうだから鍵の件と一緒に心の中に大事にしまい込むことにした。
2019/08/13