「えっ」
「おつかれ」
「あ、ありがとう……えっ???」
仕事終わりに同僚と話しながら外に出ればこんな場所で聞こえるはずない声の人から挨拶されて思わず二度見してしまった。だってなんでこんなところにいるの。ここ、わたしの職場……。事件でもあったの? いやそれにしては噂好きで話好きの同僚からはなにも聞いてないし。
「ええと、どちらさま?」
「あっ、ええと、お隣に住んでる松田くん」
「……あー……彼氏?」
「いえそんな」
「彼氏にしてもらえるように頑張ってるとこ」
「えっ」
わたしと同じくぽかんとした声色で尋ねてきた同僚に謎の紹介をしたら松田くんから横槍を食らった挙句、ただでさえ混乱しているわたしをさらに混乱に叩き落としてきた。
サングラスをとって胸元にかけて徐々に近付いてくる松田くんに逃げたくなるけど、横にいる同僚に誤解させたままもどうかと思って足は地面に縫い付けられたまま動けない。
「別にお兄さんには関係ないことだとは思うんだけど、ずっと片思いで今口説いてる最中なんすよ。お兄さんには関係ないだろうけど、応援してくれると嬉しい」
「ちょ、えっ、なに」
ゆるりと触られたことにも気付けないくらい優しく手首を握られたことにも、耳に届いた言葉にも固まる。
「応援、できねえならライバルか?」
「いや、そんな、お、応援するよもちろん! が、がんばってな、ええと、また明日!」
「えっ、の、飲みに行くって言っ」
「またみんなで飲みに行こうな!」
「あ、え、うん、またあした……」
また明日、の言葉は同僚に届いたんだろうか。それにしても急に何を。ぎぎぎ、と隣に陣取る松田くんを見上げれば、わたしの手首を掴んでいた手はいつのまにか松田くんの顔の横にあって両手を上げてなぜか降参のポーズ。
「悪い。ガキ扱いして怒ってくれていい」
「え」
「勝手に触ったし、職場の人に威嚇した」
すぐに降参のポーズをやめてくれたものの周囲の視線が痛くてひきつり笑う。それにしても特に謝られるようなことをされた覚えはないから首をひねる。まあ確かに片思い云々は少し、いやだいぶ扱いに困る話題を出されたわけだけど、別に態度も悪くはなかったしどこが威嚇していたのか。
それに、勝手に触ったとも言ったけれど、あまりに優しすぎて本当に触れられたかどうかすら微妙な握り方だった。
「……威嚇っつーか牽制なんだけど」
「けんせい……」
「ライバルならあれで牽制になったし、そうじゃなかったら威嚇して申し訳ねえけど大の男が片思いで必死すぎる微笑ましい姿に見えたと思うから、まあ、スマートではなかったけど、あんたの迷惑にはならない、と思う」
ふわふわな髪に手を突っ込んでガシ、と頭をかいて申し訳なさそうに説明してくれる松田くんに目をぱちくりとさせる。
「飲み、誘われてた?」
「え、うん、でもみんなも一緒にってさっき言ってたでしょ?」
申し訳なさそうな態度から一転、呆れたようにため息をつかれてわたしは悪くないはずなのに肩身が狭くなる。悪くない、よね。
「……あんたは俺以外にもちゃんと鉄壁のガードでいろよ」
2019/09/16