「よぉ」
「松田くん」
思いもしなかった遭遇に思わず目を見開く。もうそろそろ帰ろうか、だなんて楽しくはしゃぎすぎて疲れた様子を見せていた友達たちが再び元気を取り戻したのを見て苦く笑う。恐ろしいことに若干麻痺していたけど、この人とんでもないイケメンだった。
勝手に盛り上がってしまった友達たちにあれよあれよという間に置いていかれて内心溜息をついて松田くんを見上げる。お祭りでもスーツにサングラスで、知らない人が見ればヤクザの元締めだと勘違いしてもおかしくはない。現に混雑している祭りのはずなのに松田くんの周りは少し人混みが緩やかだ。
「……かわいいな」
「?」
ぽつり、つぶやかれた言葉に首を傾げる。最近の松田くんはいつもサングラスをかけているせいで視線の先が把握できなくて謎が増えてしまった。
「あんただよ。浴衣。かわいいな、似合ってる」
謎のままでよかった。
リアクションに困ってへらりと笑う。
「松田くんはお仕事?」
「無視かよ。……プライベート寄りのボランティアだよ」
プライベート寄りのボランティア?
「あいつらと遊びに来てたんだけど、血の気の多い奴らが多くてな。遊びに来てんだか仕事してんだかわかんなくなってたとこにあんた見つけたから抜けてきた」
あいつら、と指差した方向には萩原くんや見たことのない人たちがいて軽く会釈する。
「戻って遊んでおいでよ。忙しくて滅多に遊べないんだから」
「嫌だ」
一刀両断すぎる返事にぎょっとしてしまう。松田くんを見上げるとものすごく機嫌が悪そうでなんだか浮かれた格好のわたしは肩身が狭くなる。
「俺があっちに戻ったらあんたはどうするんだよ」
「え、いや、普通に家に帰るけど……」
何を勘違いしたのか友達たちにも見当違いな優しさを見せられて置いていかれてしまったけど、もう十分祭りは楽しんだ。もともと慣れない下駄にみんな少し歩き疲れ祭りも十分楽しみきってだらだらと名残惜しさに会話を続けていたけれどあとは解散するだけだったし。
「誰と」
「えっ、……誰って……」
「……そんな可愛いかっこしてるのに人通りが多いとはいえ夜道一人で帰らせるわけねえだろ馬鹿」
馬鹿、と罵られて、ぐ、と言葉に詰まる。前半さえなければ、素直に忠告を頷いて聞けたのに。
────────
結局松田くんの押しの強さに負けて送ってもらうことになってしまって友達たちと通った屋台を今度は逆行する。申し訳なさとか複雑な感情が胸を渦巻いて無言で歩いてしまう。せっかくみんなで遊びに来てたのを邪魔してしまって勝手に気まずくなりながら俯いてからころと鳴る下駄を見つめていれば隣を歩く長い足が止まってわたしの足も反射的に止まった。
「これ掛けて待ってろ」
「え?」
何を、と聞く前に視界が薄暗くなった。それと同時に不安定にぐらつくそれを反射的に手でおさえて松田くんのサングラスをわたしの顔につけられたのだと理解する。少し大きめで、今にもずり落ちそうで手で固定しながら雑踏の中に入っていってしまった松田くんの背中を視線だけで追いかける。すぐに見失ってしまって、だけど松田くんは絶対に戻ってくるという無駄に強い安心感のおかげで不安になることはない。サングラスをかちゃかちゃ手持ち無沙汰に顔の上で揺らして突っ立って待機する。すれ違う人の視線がたまに恥ずかしい。このサングラス、わたしのじゃないです。なんて、すれ違う人に言い訳するわけにもいかない。
「待たせた、悪い。さっき通りすがった時迷子っぽいの見えたから迷子センター連れてってた」
「さすがおまわりさん……視野が広い……」
「惚れた?」
「……さすがおまわりさん」
「ちっ。わーってるよ、やって当然のことだもんな」
でもちょっとくらい期待したってよくねえか、だの、なんで祭りなのにガードちっとも緩まねえんだ、だのぶつくさ呟いているのが聞こえて苦く笑う。わざと聞こえるように言われてもわたしは答えられない。
警察官だったとしてもプライベートだし、やって当然なんてことない。これは松田くんだからこそ視野が広くて、正義感が強いからできたこと。だけどわたしは首を縦に降ることはできないから、警察官を盾に逃げる。
「……まあいいよ。長期戦になるのはわかってる。今日は浴衣着てデートしてくれるだけで充分だ」
「……デート」
「……待ち合わせして約束したわけじゃねえけど、別にデートでいいだろ」
「送ってくれてるだけで、デートじゃないよ」
「……チッ。ほんっと頭かてえよな」
「ところでサングラス、子どもが見ると怖いからわたしに持たせたのはわかるんだけど、どうしてかけてなきゃいけなかったの? わりとはずかしかったんだけど」
サングラスのおかげで人の視線からは逃げられたけれど、すごいこっち見られてるんだろうな、なんて意識でいっぱいいっぱいで居た堪れなかったんだから、ちゃんとした理由がないとちょっと拗ねるよ。
「ナンパ避け」
「へ、」
「女一人でも明らかに男物のサングラスかけてたらナンパ野郎も思いとどまるだろ」
「……そんな心配しなくても」
「あんた変なやつに好かれやすいからな。あとしつけえやつ」
俺とか、と言いながらわたしの顔にかけてるサングラスをゆっくり外す松田くんに固まる。
「そんであんた優しいから断りきれねえのも知ってるし、だからこれかけててもらった」
「…………」
「……あんた本当こういう話題頑張って無視するよな」
だってどうすればいいのかわからない。
「まあ頑張って逃げろよ。捕まえるのは得意だぜ」
2020/06/01