「ごめんなさい」
「え、」
断られるとは思わなかった。なんていうと自惚れがすぎるかもしれないが、本当に断られるとは思わなかったんだ。この人の好きなタイプを網羅して、すべて、完璧に、理想の男を演じていたから。俺の一挙一動にかわいらしく照れて、完璧なタイミングで、完璧にムードだって仕上げてた。なのに、なぜ。
ここまで近付いてしまったら、もういっそ懐に抱き込んで守ったほうが早いと、腹をくくったのに。なぜ。
ふられた、なんて思いたくないが、俺はそこまで器の狭い男じゃないから、告白を断られたって彼女を死ぬ気で守る気ではいる。だけど、なんで。どうして。
「ごめんなさい、私、安室さんとはお付き合いする気、全くないんです。私なんかが安室さんを振るなんてなんてもったいないことをしてるんだっていうのはわかってます。だけど、ごめんなさい」
「あの、僕、悪いところがあるならなおしますから、猶予をくれませんか。かならず、かならず、振り向かせますから、」
みっともない。なんてみっともない姿だ。
そんな姿を見てか、彼女がどこか哀れむような、憐憫の笑みを浮かべて固まる。どうしてそんな、
「死んでも付き合えません」
ぼと、となにかが落ちる音がして、ああ、なるほどこれが失恋かと悟る。失恋すると、こんな、まるで心臓が落ちたかのような効果音が聞こえるんだなと自嘲する。だけどその心臓が落ちた音はひとつじゃ終わらなくて、ぼとぼとと地面にそれが落ちていくのが聴こえて視線をうつせば、雨が降っていて慌てて彼女を濡らさないようにしなければと思考を巡らせて彼女を見て固まる。彼女は俺が告白をしたときなんかよりよっぽど驚きに満ちた目で俺を見ていて、彼女にはその大粒の雨がかかっていないのに気付いて手を頬に滑らせて悟る。
涙か。
「……どうし、っ、ても、ひ、だめ、なんです、っか」
「まずは落ち着きましょう」
「ひっ、」
涙と悟った途端、嗚咽も混じる。大の男が過呼吸にでもなるのかというくらい息を乱してすがる姿に、これじゃあたとえ少しの可能性があったとしてもそれすらも無くなってしまうレベルだ。まさか、失恋でここまで取り乱すなんて思ってもみなかった。だって、あのつらい潜入捜査でも、あのときも、あのときも、……泣きはしたけれど、人前で仮面を外したことはなかった。なのに、たかが、失恋で。
「安室さん、落ち着いて」
「ひ、っ、ぅ、すき、すきなん、です」
「……私、悪い女ですね」
「す、きなんで、す」
「……ごめんなさい」
「どう、ひて、……死んでも無理なんですか」
「……あなたのことを好きですが、好きだからこそ、あなただけは信じられないからです」
「い、みが、わかりません」
「安室さんは、なにもかもうそなので」
息が止まる。おかげで嗚咽は止まったけれど、そんな問題じゃない。
彼女が俺のことを理解できるはずがない。組織にすらバレてないのだ。一般人の彼女に正体を知られるわけがない。わかってる。ただふつうに嫌われてるだけだ。ああいや、嫌われてはいないのか。彼女はずっと俺の言葉をうそだと思い込んでいた。たしかに、なにもかもうそだ。だけど、気持ちはうそじゃない。うそじゃない、のに。
「あなたのことを愛しているのは本当です」
「……私の周りに犯罪者がいるんですか?」
「は」
「……ごめんなさい。安室さんは正義の人だと思います。だけど、探偵だからこそ、安室さんの言葉、何もかも信じられないんです。私の周りに犯罪者がいて、その情報がほしいんでしょう? ならそうだと言ってください。協力なら惜しみません」
「ち、ちが、ちがいます!」
呆気にとられ、動揺し、固まってしまったせいで図星をつかれたかのような反応になってしまった。彼女はそんな俺の惨めな姿のどこをおかしく思ったのか小さく首を傾げ、また納得したように微笑む。
「私の勤め先が巻き込まれてるんでしょうか。それなら頑張れます。……家族が、もし、関わっているなら、私が頑張れるかは、わかりませんけど。いえ、身内が何か悪いことをしてるならひっぱたいて連れていきますけど、人質に取られたりしたら悪の道に染まってしまうと思いますので、その、すみません」
「きいてください、まず、まず、前提が違うんです。あなたに利益があるから告白したんじゃありません。信じてください、ただ、あなたを好きだから」
なにか面白いことでも言ったかのように笑われて今度こそ目に見えて固まる。今度は涙も止まった。どうして、信じてくれないのだろう。
ああ、でも彼女は、やっぱり、見る目がある。だって、僕の設定に違和感を持ったということだ。悪い男に引っかからない、素晴らしい女性だ。だけど、だけど、本当にただ、好きなだけだ。せめて信じてほしいのに。
「ごめんなさい。何を言われても時間の無駄にしかなりませんからお互いのためにももうやめましょう?」
「なん、」
「もし安室さんが安室さんじゃない人間になれるなら、その時にまた話し合いでもしましょう。まあ、そんなことできる人、いませんけど。私だって私以外の人間になんてなれないし」
本当にごめんなさいと謝られて立ち去られる。
安室じゃなければいいのか。なんて、僅かな希望を持っても、あれは普通の人間にとって一昨日出直せと同じ意味で、意味がない。
だけど、俺には降谷という本当の名前がある。だから、
だから、
2019/04/23