任務先の喫茶店で愛する彼女を見つけて帽子を深めにかぶって息を潜める。どうやら彼女を合わせて三人で女子会をしているようで、華やかな会話が耳に届く。こういうのは慌てず騒がず意外と近くに座ったほうがバレないからと彼女のすぐ後ろの席でゆっくりとターゲットを待つだけの簡単なお仕事、のはずだった。

「あー……私は結婚する気はないからなー」
「えっ!」

 えっ。
 彼女たちの声と心の声が重なる。
 ターゲットを探すのに夢中になっていても届いてしまった彼女の声に集中力が途切れる。
 彼女は今、なんと言った? 結婚する気が、ない?
 いや、でもだって、ほら、曲がりなりにも付き合ってる恋人同士なのに。恋人の次は普通、結婚、で。なのに、なぜ。もしかして恋人と思われてなかったんだろうか。いや、好きです付き合ってください、ってちゃんと言った。彼女も真っ赤になって照れて頷いてくれた。だから恋人なのは間違いない。

「イケメンの彼氏いなかったっけ?!」
「彼氏はいるけど、……うーん、結婚はしないかな」
「えっ!!」

 えっ。

「あっでもまあ、彼氏にしたい人と夫にしたい人は別だもんね。優良物件すぎて逆に夫としては不安?」
「あはは、そんな感じかな」

 硬直して動けない。息は、できてる。よかった。死ぬところだった。こんなところで死ねない。
 それにしても、彼女の言葉は嘘だ。いや現実逃避したいとかそんなこと、そんなことはあるけども、長年付き合ってきたからこそわかる。結婚はしない、は本当だけど、理由は嘘だ。なら、なんだ?
 心当たりは、……3つの顔を持ったり色々しているから、あるにはあるけど、彼女にはバレてないのだから違う理由だろう。それなら彼女の友人が言った説が一番現実味があるけど、それは嘘の匂いがして違う。なら、なんなんだ。

「じゃあさ、その人以外で結婚したいなあって思う人いるの?」
「浮気じゃんそれ」
「言うだけならタダじゃん。別にほんとに浮気しろって言ってるわけじゃないし、もし理想の人がいたらちゃんと別れればいいだけの話だし」
「まあそれもそうか」

 えっ。ちょっとそこの友達二人チャチャを入れるのはやめてくれ。別れるほうに乗り気にさせるのもやめてくれ。この二人、今までのどんなターゲットより俺を振り回してくる。頼むから俺の彼女に変なことを吹き込まないでくれ。

「いやいや、やめてよ、結婚する気はないだけで、私はちゃんと彼氏のことが好きだからね。結婚する気はないだけで」

 上げて落とされて殺されるところだった。危ない。ショック死しそうでもうこれ以上聞きたくない。けど聞きたい。
 つまんないとブーイングをする彼女の友達たちの次の行動で俺の生死が決まりそうでこわい。もうこれ以上抉るのはやめてくれ。でも今ここで理由は聞きたい。じゃないと安室だとこんなこと聞けない。急にどうしたのと不審がられる。ただでさえ同じ顔をした性格の違う男ということで口説き落とすのに時間がかかって、事件が何もかも解決したら本当は同一人物でしたと告白しなきゃいけなくて、今からそれを考えるだけでどうしたらいいのかわからなくなるのに、課題を増やさないでくれ。受け入れてさえもらえたらそのままスムーズに事が進むと思っていたのに、結婚する気がないだなんて。

「その彼氏だから結婚する気はないの? じゃあもし、もしだよ? その彼氏とお互い円満に別れて、それで次に今の彼氏と同じくらいちゃんと好きな彼氏ができたとしたら結婚する?」

 どうして彼女の友達はグサグサとナイフを突き立ててくるんだ? 聞くにしたってもうすこし遠慮がちに聞いてくれても良くないか?
 答えを聞きたいようで聞きたくないけどやっぱり聞きたくて、耳をすます。

「うーん、……そうだねぇ。……今の彼氏にフラれたら考えようかな」

 なんでだ。
 なんで俺とは結婚する気はないって断定するくせに、次の相手だと考える余地があるんだ。なんでだ。おかしいだろ。それにフラれたらってなんだ。フる気なんて毛頭ないぞ。あえていうなら俺がフラれる側だろう。約束はあまり守れないし、会えるのも少ない、いつフラれるか内心びくびくしてるんだぞこっちは。

「散々茶化したけど、なんか悩みとかあるんなら言ってよ?」
「そうだよ、あんたいつも変なことで悩むんだから、なんかあったらすぐ言ってよ。真面目モードで話聞くからね」
「うん、ありがと。でも私今すごい幸せだから」

 ふ、と静かになったかと思えば友人たちが真面目に彼女を心配している声が聞こえて、良い友達なんだなとホッとする。いやホッとしてる場合じゃない。なんで今幸せなのに俺と結婚する気はなくて、ありえないことだがもし俺に振られたら次の彼氏とは結婚する気があるのかをどうにかこうにか問い詰めなければ。どうやって? わからない。わからない、が、彼女との幸せな結婚のためにどうにかしなければ。
 とりあえず今は任務に集中しよう。彼女たちの会話で全然集中できてなかったが幸いにもターゲットはまだきていない。ターゲットが来る前に話が終わってよかったが、任務が始まる前にものすごく疲弊してしまった。
2020/02/12


← →
←