「うわ」
「……うわってなんだ」
ごめん急に扉が開いたからびっくりして。そう苦笑しながら返された言葉にあっそと冷たく返してしまう。思春期とはかくも恐ろしいものなのか。ただ好きなだけでこんなにも心乱されるとは思わなかったし、それがまたこんな風に相手を傷つけてしまうかもしれない照れ隠しになってしまうなんて思ってもみなかった。怖がられたくないから優しく笑いたいのに。好きだからもっと会話を広げたいのに。そう思ってもいざ彼女を目の前にしてみれば照れて素っ気なく突き放した態度になってしまう。
「ああ、告白ラッシュだったのね。おつかれさま」
このそっけなさを告白からの帰りで機嫌が悪く疲れていると判断してくれたらしい彼女にほっとする。怖がられたくない。だけど好きな子に、別の女の人に告白されてきましたなんてバレるのもいささか座りが悪い。
「君はそういう話聞かないな」
やってしまった。完全に嫌味になってしまった。君はモテてる。俺みたいなモテ方じゃなくてひっそりモテてる。俺だけがおまえの良いところを知ってるんだぜドヤァみたいなめんどくさいやつらにモテてる。俺もその一人だがドヤァとはしてない。まあ他の奴らより近い距離に心の中でドヤ顔はたまにしてるが。あと顔が良いからちょっと有利だ、と思いたい。まあそれも俺のこの態度で帳消しになってそうだが。
「私好きな人いるしちょうどいいよ。降谷くん見てると断るのも大変そうだもん」
「は?」
は?
心の声と実際の声が重なる。いや、初耳なんだが。まあ男女でそういう話はしないのが普通なのはわかってても衝撃の事実に固まる。冗談でなく? 好きな人が、いる?
「……そんなに意外?」
固まったまま動かない俺に追撃するな。意外というか、その可能性を忘れてて心の準備ができてないところを思い切り攻撃されて瀕死になってるだけだ。それ、俺じゃない?なんてかすかな希望も持てない。だって俺は彼女に当たりがきついし素直じゃないし、……なんか逆に今まで世間話に付き合ってくれてありがとうなんて感謝の気持ちがわいてくるくらいだ。
「だれ?」
「……うーん。秘密」
「なんで?」
「普通秘密にするものじゃない?」
「ヒント」
「ぐいぐいくるね。自分が絡まない恋バナ好き?」
殺しにかかるのやめてくれ。俺じゃないのが確定してしまったじゃないか。しんどい。こうなったら相手のやつを特定してやる。俺よりいいやつじゃないと許さない。……俺の思春期のせいで大体の男は俺より彼女に優しくていいやつかもしれないけど。しんどい。
「……今まで俺のこと聞いてただろ」
「ええ? 私が聞き出してたことになっちゃったの? 愚痴を聞いてあげてたつもりなんだけど」
「ぐ」
「……29歳になったら教えてあげる」
「なにその中途半端な数字」
「私の好きな人が29歳だから」
「はあ?! 犯罪じゃん!」
「好きなだけなら犯罪じゃないよ。その29歳の人と話したこともまだないし。そもそも伝える気はなくて見てるだけでいいの」
あいつかそいつかとクラスメイトの顔を思い浮かべていたのに、全然関係ないとんでもない年の差のの男を好きになってやがった。犯罪だろ。相手はかろうじて彼女の存在を知らないからセーフなのか。だってもし彼女が言い寄っていてころっといくような変態だったら危ない。言い寄ってなくてよかった。これからも一切近寄りもしないでほしい。
それよりも、見てるだけでいい、だなんて欲がなさすぎて眉を顰める。それは本当に好きなのか。
「……好きなのに見てるだけでいいとかおかしいだろ」
「恋愛にはいろんな形があって、正解なんてないよ」
ぐ、と言葉に詰まる。情けない。好きな女の子に八つ当たりして正論を言われて、自業自得にも傷付くなんて。
「その人が誰かのものになってもいいのか。いや年齢的に犯罪だから君が何かしようとしたら意地でも止めに行くけど」
「ふふ」
優しく微笑まれて体が熱くなる。余裕のない俺の恋心を笑われた気がして。余裕のある笑みを浮かべた彼女に想いの強さで負けた気がして。
知らない間に手のひらを強く握りしめていて慌てて力を緩める。たぶん、バレていない。こんな余裕のないところを見られたらそれこそ負けだ。
「私はその人が幸せだったらそれだけで幸せなんだ。降谷くんもそういう人、いるでしょ?」
「……俺は、好きな人は俺が幸せにする」
「あー。たしかに降谷くんはそういうタイプだよね。かっこいい」
絞り出した声は不思議には思われなかったみたいで微笑ましそうに俺を見つめる目から逃れる。かっこよくなんてない。好きな人の幸せを祈らず、自分のエゴを前面に出してるだけだ。わかってる。わかってるけど。
────────
「……なあ、好きなやつ、どんなやつ?」
「えー。恥ずかしいから言わない」
不覚にも可愛いのにムカついてしかめ面になる。
いやいつだって可愛いけど、その照れは見たこともない29歳の男を思い浮かべて出た表情だろ。可愛いけど、憎らしい。
「別に誰か教えろって言ってるわけじゃないんだから教えろよ」
「……顔がね、まず整いすぎてて、頭も良くて、スポーツもだいたいなんでもプロ級で、あと、正義感が強くて、それで誰よりも優しくて、優しいから強くて、……友達を、大事にしてて」
「っ、おい」
「ごめん……えっ」
ぼろり、と急に大粒の涙を流し始めた姿に一瞬固まって、勝手に体が動いた。
どうやったのか覚えてない。腕の中には大粒の涙を俺のシャツに吸い込ませていく感触。つまり、抱きしめていた。とんだ早業だ。
「……なんで泣くんだ」
「……ちょっと、悲しくなっちゃって」
「そんなに悲しいなら言え。犯罪だからちょっとでも相手の男が君に触れようとしたら通報するけど、……一回玉砕してこい。それで大人になるまで待つとか、あるだろ」
待たないでほしいけど。玉砕して目の前の男に意識を向けてほしいけど。でもそんな都合よくいかないのはわかってるから、とりあえずその犯罪にしかならない年齢差の恋をやめるべきだ。泣くほど苦しいなら、やめろよ。
「……違うの。本当に私は付き合ったりしなくていいの。その人が幸せならそれでよくて、」
「……そいつ、幸せじゃないのか」
「……どうだろう。わかんない。強い人だから。でも私なら耐えられない。友達がみんな、……」
どうしたらいいの、と嗚咽交じりに本格的に泣き始めて抱きしめる力を強くする。背中に腕を回されない情けなさに俺が泣きそうになる。どうしたらいい、は俺の台詞だ。君のように犯罪にならない恋愛で、目の前に立っていて、話していて、触れ合うこともできるのに、それなのに彼女を認識したこともないそいつに勝てない俺は、どうしたらいい。
「強くなるしかないか」
「ひっ、……ぇ、……っ、?」
自分の嗚咽で俺の声が聞こえなかったのか、号泣してるのにもかかわらず俺の言葉を聞きかえそうとする律儀なところに小さく笑う。
勝てないなら、勝てるまで強くなればいい。それだけだろう。
──────
「……降谷くん、最近、頑張りすぎじゃない?」
「心配か」
「そりゃ……うん」
「ならそのまま他のこと考える暇もなく俺のことだけ心配してればいい」
「えっ」
「そうしたら泣かないで済む」
「え」
心配げな表情が戸惑いの表情に変わり、そして固まる。くるくると変わる表情が可愛らしくて、勝手に一矢報いた気にもなれて口角が上がった。
しばらく黙って見ていればじわじわと朱を浮かべはじめた姿に胸が高鳴る。流石にここまで言えば俺の好意も伝わったのかもしれない。告白はしたくない。どうせ今告白したところで申し訳なさそうに振られるだけだ。告白さえしなければ、濁してさえいれば振られることもない。でも意識はしてもらえる。だから、ようやく意識されそうな今、緊張もするけど気持ちが高揚する。
「王子様みたい」
「……それは褒めてるのか」
期待していたのに耳に届いた言葉に唇がへの字になる。だってそれは架空の人物で、降谷零として見てくれているわけじゃない。
「褒めてるよ。ありがとう。心配してくれて。でも私は大丈夫。考える時間はたくさんあるから。ちゃんと考えて、受け入れるから。だから大丈夫なの。……だから、降谷くんも無理しないで。今からそんなに頑張らなくて大丈夫だよ」
「……なんだそれ。俺は別に無理はしてない」
強いね、と微笑む姿にしかめっ面がさらにひどくなった。こんなしかめっ面の王子様がいてたまるか。
2019/12/10