天は私に味方した。松田くんを助けるのは当然なんだけど萩原さんももちろん助けたくて、日付はわかってもどこのマンションなのかは全然わからなくて歯痒い気持ちで毎日を過ごしてた。だけど、天は私に味方した。このマンションだ。ここ。警察官がたくさんいて、松田くんもいた。携帯で電話をしている姿を見て時間がもうないと全力で走る。
 ごめんあとで怒られてくださいと警官の群れをかき分けて封鎖されていた階段をのぼる。のぼるのぼるのぼるのぼる。
 萩原さん以外の処理班が見えて目的地がすぐそこだとわかってもスピードは緩めない。はやく。間に合え。間に合わせる。
 ごめんなさいと再び彼らを文字通り跨いで萩原さんが驚く顔を見せるより先に爆弾を抱える。

「せーーーーのぉ!!!!!!」

 これまた天が味方してくれたのか都合よく開いていたベランダから全力で外に投げた。ぴ、と私の胸元からカウントダウンが始まった瞬間死ぬかと思ったけど、なんとか間に合ったようで爆弾は綺麗な空で花火のように打ち上げられてホッとする。ちょっと爆風で尻餅はついてるけど私が生きてるということは萩原さんも生きている。勝った! これで無茶して松田くんが観覧車に乗る可能性も若干減ったはず。乗ったとしても萩原さんが生きてることで勝ちが確定。あとは観覧車から引き摺り下ろすだけ。よし。勝った。

「死ぬかと思った〜」
「……ねえ君、陣平ちゃんの知り合い?」
「え?」

 振り向けば引き攣った顔で現状把握できていないらしい萩原さんから質問を投げかけられて間抜けな声を出してしまう。

「違う、ええと、君、え、助けて、くれたんだよね? 改心した犯人とかじゃないよね?」

 萩原さんの質問にギョッとしてしまう。えっなんでそんな勘違いをされて、あ、でもそうか、タイマーは止まっていて、爆発をすることを都合良く知っているのは犯人だけ。そりゃ疑われる。どうしよう。

「あ、その、下でその、遠隔操作がどうのこうのをぶつぶつ言ってる人がいて、その、いてもたってもいられず」

 無理がある。無理があるよぉ。どうしよう。

「下? わかったちょっと待って」

 わかってくれたの? 言った本人も無理があると思ったのに? いやまあとりあえずついでに近くにいる人全員取り締まって確認してくれれば嘘はついてるものの犯人は逮捕できるからいいんだけど。なんでもとりあえず言ってみるもんだなあなんて呑気に考えていれば、伝え終えたのか無線を置いて電話を私に向けてきて首をかしげる。

「……知り合いなんでしょ?」
「え?」
『テメェ何してんだボケ!!」
「ウワッ松田くんなんでバレたの」

 スピーカーにしていなくても聞こえる声量で怒鳴られてまた迂闊なことを言ってしまう。知らぬ存ぜぬを通せばよかったのにどうして名前を言っちゃったの私は。馬鹿なの。顔を見られてないんだから知らぬ存ぜぬで逃げ帰ればまだなんとかなったかもしれないのに。無理か。さすがにここで顔を合わせることを避けられたとしても調書でバレちゃうか。

『やっぱりテメェかこのバカアホボケ何してんだ』
「うわこわい」

 怒涛の罵倒にまた間抜けな声を出してしまって携帯を私に向けてくれている萩原さんも苦く笑った。すみません、私ちょっと頭はあんまり鍛えてこなかったんです。

「テメェまじなにして、っ」

 二重に声が聞こえてもう一つの方へ顔を向ければ肩で息をしている松田くんが立っていて再びギョッとする。ごほ、と息切れで咳をしながらどすどすと大きな足音を立てて近付く松田くんにへらりと誤魔化すように笑みを浮かべて、失敗したと悟る。グラサンはどこかで落としてきたのか顔があらわになっていて頬を伝う汗だと思っていた雫が、近付くにつれて目から流れでる涙だということに気付いて体が冷える。泣いてる。

「なん、なんでお前がここ、……爆は、生き、くそ、なんで」
「泣いてる」
「ア? 泣いてるよお前のせいで大事なやつふたりもいっぺんになくしたと思ったからな! なんか文句あんのか」

 松田くんの心からの叫びにぎゅうと心臓が強く掴まれた気がしてごめんなさいと小さく謝る。泣かせるつもりはなかった。だって私は松田くんを守りたくて、笑って生きててほしくて、だからみんな助けたくて、なのに松田くんが泣いてる。

「ごめんなさい」
「まあまあとりあえず落ち着けって、この人がいなかったら俺確実に死んでたし」
「そもそもテメェがさっさと解体してりゃ済んだ話なんだよ」
「それはそうなんだけど。ごめん。一緒に怒られよ」

 真ん中で仲裁に入ってくれようとした萩原さんが一瞬で手のひらを返して私の横に並んで座った。え。思わず松田くんの涙から萩原さんに視線をうつせばにっこり微笑まれて顔が引き攣る。

「俺は俺の分怒られたら俺も君のこと怒るからね」
「え」
「すっごい感謝してるけど一般人が無茶しちゃダメです」

 それだけ言って松田くんに視線を向けてマジでごめんってと軽い謝罪を口にした萩原さんに余計に血が昇ったのか顔を真っ赤にして涙に頬を濡らして激昂する松田くんを見上げるしかできなかった。








────────

「お前なにのんびりやっ」

 てんだ、と萩原に文句を言う声は途中で止まった。

『せーーーーのぉ!!!!!!』

 聞き覚えのある声が聞こえるはずのない萩原の電話の先から聞こえて固まる、次いで、爆音。一瞬で全ての血が抜けたかのように体が冷えて世界が真っ暗になる。きー……ん、と爆音の耳鳴りが止んだ瞬間『死ぬかと思った〜』と間の抜けた声が聞こえて真っ暗だった世界に希望の光がさして硬直からとける。
 どうしてここにいるんだとかいろんな疑問に思うことはあるけどそんなことは全て吹っ飛んで全力で走った。階段を駆け上って駆け上って駆け上って、ばくばくと心臓が痛いほど跳ねて息を吸うたび苦しくて、だけど電話が繋がって、やっぱりあいつだってわかった瞬間苦しみなんて吹っ飛んだ。
 怒鳴って登って怒鳴って登って、ようやくついた目的の階で空いている扉から萩原と、座り込んだあいつの姿が見えて世界に色が戻った。

「テメェまじなにして、っ」

 色が戻った瞬間、全速力の代償も戻ってきて喉が引き攣る。俺のこの必死な気持ちなんて全然伝わってないのか間抜けな顔で俺を見上げる姿に腹が立つ。

「なん、なんでお前がここ、……爆は、生き、くそ、なんで」

 腹が立ってるのに、生きてるのをこの目で確認できて、どうしてここにいるのかわからなくて、なにをしたのかがわからなくて言葉が詰まる。

「泣いてる」

 なのにお前の返事はなんなんだ。

「ア? 泣いてるよお前のせいで大事なやつふたりもいっぺんになくしたと思ったからな! なんか文句あんのか」

 泣いてたら悪いのか。手の届きそうな距離で大事なやつが死んだかもしれないと思って、生きてて、それがわかって泣くのは普通だろ。

「ごめんなさい」

 ようやく声が届いたのか、きゅ、と唇を噛み締めながら俺を見上げる姿にまた涙があふれそうになる。

「まあまあとりあえず落ち着けって、この人がいなかったら俺確実に死んでたし」

 なのに空気を読まない萩原が間に入ろうとしてまた怒りが込み上げてきた。

「そもそもテメェがさっさと解体してりゃ済んだ話なんだよ」
「それはそうなんだけど。ごめん。一緒に怒られよ」

 ふざけた様子で、だけど目を見ればこっちは反省してるのがわかる。だからって怒りが収まるわけでもない。何を悠長に会話をしてるんだ。なんなんだお前ら、心配かけたのわかってんのか。ふざけんなよ。
 生きててよかった。





 念の為と救急隊員に様子を見てもらっているのを救急車に背をもたれさせながらタバコを吸ってようやく頭がちゃんと冷えた。なんでこんなところにいたんだ、その答えはついぞ答えられぬままだったし、下で遠隔操作がうんぬんかんぬんだとかは正直嘘だと思った。でも事実萩原から連絡を受け取った下の連中が犯人らしき人物を確保して本当だったし、でもだからってその言葉を聞いたからってお前がなんでそんなことする必要があるんだよ、と思って固まる。
 いつぞやの会話が唐突に脳裏をよぎる。「そもそもなんでそんな鍛えてんだよ」「好きな人を守るために決まってるでしょ」
 好きな人を守るため。
 ああそうか、そういうことか。俺が話していない進路先を知ってたりしたのも、そういうこと。警察学校で知り合った奴らの名前、俺が言ってなかった時から知ってたりしたのもそういうこと。あの時は俺が忘れただけで前に話したことあったっけなんて納得したけど、ああ、ほんと馬鹿だな。
 お前、萩原のこと守るために今まで努力して生きてきたのか。










 告白もしてないのに松田くんと距離空いちゃってつらい。あからさまに避けられたりはしないけど、前より距離を感じる。やっぱり馬鹿なことしたから呆れられちゃったんだろうな。でも助けたかったんだもん。呆れられても、怒られても、嫌われても、松田くんが幸せに生きてくれるならそれでいいよ。

「こういうことはプロに任せな」

 その台詞が聞こえた瞬間、警官たちを乗り越えて松田くんごと観覧車に乗り込んだ。至近距離で驚く顔に思わず笑ってしまいそうになるのをぎゅっと堪えてとりあえずのミッションコンプリートに内心ガッツポーズをする。

「……なっ、にしてんだ」
「何してるんだろうね」

 ごめん私の力がちょっと強いせいで乗り込むというより押し込むという形になってしまって。私の力がちょっと強いせいで松田くんが踏ん張れなくて押し倒してしまって乗っかってしまって申し訳ないです。すぐにどきます。怒らないで。怒られるか。そりゃそうだ。

「お前何、ちげえ、おりろ」
「なんで?」
「なんでって、ここ爆弾あるからだよ!」
「松田くんが解除すればいいじゃん」

 今は普通の爆弾だと思ってるだろうし時間を稼ぐ。普通の爆弾だったら松田くんが解除すれば良い話だもんね。動いてる観覧車から無理矢理下ろす方が危険だって判断してくれるだろうし。いやまあ後でその危険なことをするんですが。

「そ、……うじゃねえだろ」
「あれ?」

 それもそうかと爆弾に向き直るのかと思ったのに、私を説得する方へ話の流れが進みそうになって首をかしげる。

「……お前が未来見えてんのはわかってんだよ」
「え」

 松田くんの言葉に唖然とする。未来、いや未来というのもまたちょっと違うんですけどどうしてそんな発想に。

「萩原守れてよかったじゃねえか、別に俺のことなんかほっときゃいいだろ」
「え?」
「チッ、とりあえずお前もう余計なことすんなよ、降りてから話す」

 ようやく私に背中を向けて爆弾に向き直ってくれたのは良いものの松田くんから発せられた言葉をうまく処理できない。え、萩原くん守れてよかったのはそうなんだけど、なんでそれで私が未来、いや厳密のいうとちょっと意味変わるんだけど、まあそんなようなことを知ってるということがバレてるの。
 ええ、わかんない。なんでだろ。そりゃまあ萩原くん助けたときのあまりの都合のいい言い訳に疑う気持ちもわかるけど、でもほんとに犯人存在してくれたしなんとかなったと思ったのに。ついでにそのまま共犯者も吐いてくれて犯罪を未然に防いでくれるのが一番だったんだけどまあそれは仕方ないか。
 いやそれにしたって私がちょっと怪しい動きしたのそれくらいじゃん。どうしてそんな訳のわからない発想になっちゃったの。正解なんだけどさ。
 そんなことをぐるぐる考えていれば松田くんの肩越しにモニターが見えて余計な考えを遮断して気を引き締める。

「……三秒前」
「……解体した方がいいと思うな。萩原くんもいるし大丈夫だよ」
「万が一があるだろ。悪ぃな、お前のこと、守れな」
「じゃあ私と一緒に紐なしバンジーしよっか」

 やっぱり正義の心が強い松田くんの言葉になんだか誇らしくなって、だけど最後まで言わせない。そもそも私が松田くんに守ってもらうんじゃなくて、私が松田くんを守るんだから。そのために今まで頑張ってきたんだから。まあさすがに舞台が観覧車なせいでリハーサルとか何もできなかったけど、まあ、なんとかできるでしょ。鍛えたことは裏切らない。

「は?」

 驚いた顔の松田くんがすごい勢いで振り返る。松田くんは驚いてもイケメンだなあなんて思いながらにっこり笑顔を見せた。そんな幽霊でも見たような顔しないでよ。幽霊にはならないしさせないよ。

「二秒で紐なしバンジーする」
「あ?」
「松田くんはちゃんと爆弾見ててね、それで私の体に頑張ってしがみついてて」
「いや何話進めてんだお前馬鹿か? 紐なしバンジーとか、死ぬだろ」
「これに関しては諦める松田くんの方が馬鹿だよ。どっちにしろ死ぬんなら私に賭けてみなよ。それに失敗したとしてもまだ紐なしの方が遺体は残るよ。死なせるつもりはないけど」

 たぶん。萩原くんを助けられた時点で私は運命を変えられる確信を持てたしもう誰も死なせるつもりはないよ。

「……わかったよ」

 松田くんの了承を得てホッとする。了承を得られなかったとしても勝手に引き摺り下ろす心算ではあったけど救助対象が協力的な方が助かる。

「……俺もお前と同じメニューこなしてたらお前くらい強くなれてたのかな」
「ここ飛び降りる選択肢なかった人がいくら鍛えてたって意味ないよ。さすがの筋肉も防護服にはならないから……」
「普通は紐なしバンジーしようと思わねえんだよこの馬鹿」
「松田くんはすぐ私のことディスる……」

 まあでも、紐なしバンジーは早々発想しないのかもしれないけど、わりとよく映画版とかで飛び降りたりするじゃんコナンの世界の住人。だからいけるよ。コナンくんの秘密道具はないので腕力勝負にはなるけど。あれいいなあ、欲しいなあ。
 そろそろかな、と靴を脱ぐ。邪魔だし。途中で脱げてアッて思うよりは最初から捨て置いた方が気持ち的に。観覧車のドアをいつでも開けられるようにして窓の外からどこの枠に掴もうかとあらかたの目星をつける。ワア高い。でもまあ、たぶん、きっと大丈夫。
 ぴっ、ぴっ、と音を立てる爆弾に松田くんが携帯を握りしめながら私の腰を抱く。アッちょっとときめく。しがみついてほしいとは言ったけどそれしがみつくというより腰を抱いてるだからちょっと困る。あばらが悲鳴あげるくらい抱きついてほしい。そんなエスコートみたいなぎゅっじゃ落ちるよ。

「松田くん、おんぶの形の方が楽だよ。アッ首は絞めないでね」
「……わーってるよ」

 腰から肩に手を回されてこれはこれで気恥ずかしいなと心臓の高鳴りの理由がときめきからなのか命の危機からなのかわからなくなる。私の心臓、図太いな。
 10、9、8、7、6、5、4、
 心臓がばくばくする。やっぱり早打ちがすごくて今の状況を忘れて笑ってしまう。観覧車の扉を開く。松田くんが送信ボタンを押したのか二本の腕できつく私を絡め取ってくれてその力強さに安心する。

「せーーー、」
「好きな女巻き込んで心中しようとした俺が馬鹿だったよ」
「のぅえッ」

 ドォンッ、と鼓膜が破れるんじゃないかってくらい大きな音だったのにかき消されずにしっかり私の耳に届いた言葉に動揺して目星をつけていた掴もうとしていた場所をかすってから少しズレた場所を慌てて死ぬ気で掴めてホッとする。
 死ぬかと思った!

「死ぬかと思った!!」

 ギャンッと吠えて力を入れ直す。そんな私の気持ちなんてお構い無しに私の肩に顔を埋めてくつくつ笑う松田くんにぞわぞわする。

「何松田くん殺す気?!」
「お前が俺を死なせねえんだろ」
「それはそうだけど!!」

 そうだけど!ともう一度吠えて上を見上げる。さっきまで私達が乗っていた観覧車のいろいろなかけらがぱらぱらとふってきていて、とりあえず爆破で死ぬ運命は避けられた。けど、松田くんの言葉のせいで手が滑って落下死になるところだった。
 下を見て、まだ個人を認識できない高さにここからどうしようか考えたいのに松田くんの言葉がチラついて真面目に思考できない。

「とりあえず松田くんの発言は置いといて、爆発したけど一応まだちゃんと回ってるから6分くらいぶらさがり続けとくか、このままさっきみたいに飛び降りて掴んでの繰り返しですぐ下降りるか、どっちの方が確実だと思う?」
「……そんなにぶら下がり続けられんのかよ、俺重いだろ」
「これは想定内だったから15分くらいは練習してたし大丈夫。松田くんが変なこと言わなければ」

 観覧車から飛び降りる練習はできなかったけど、家で松田くんより重たい荷物背負ってぶら下がるトレーニングはしてたから意外と余裕はある。

「……じゃあこのまま。情けねえ絵面だな、俺」
「生きるためなんだから情けなくないよ」

 死を選んだ松田くんも、情けなくなんかなかったけど。

「……お前結局どっち助けたかったんだよ」
「どっち?」
「……てっきり萩原がお前の好きな守りたい人かと思ったんだけど、これで俺もお前に助けられたから条件に含まれただろ」
「変なこと言わなければ15分もつって話聞いてなかった?!」

 私の心からの悲鳴に松田くんがまた笑う。やめてくれる?! なに?! 死を感じてテンションがハイにでもなっちゃったの?! それ吊り橋効果って言うんだよ!! ばか!! 練習してたから余裕とは言ったけど松田くんが変なこと言えば言うほど落下死の可能性が高くなっていってるんだからね!

「お前のこと好きなのにお前は好きなやついるって言うしそれもお前が守んなきゃいけない情けないやつが好きって言うし長生きしなきゃ教えないとか言うし、だからあの時、あんな偶然あるわけなくて、だから萩原のこと好きなのかと思って、萩原は良いやつだけどでもぜってー紹介なんかしたくねえから逃げてたらお前と全然話せなくなるし、でもお前ここ来たってことはわざわざ俺のこと助けに来てくれたってことだろ、俺も条件の内に入ったってことじゃん、ちょっとだけ希望持ってもいいだろ」

 松田くんの言葉が脳に直接流れ込んでくる感覚にぐわんぐわん脳みそが揺れる。もう駄目だ。無理。

「うわッ」

 バッ、と手を離して次の枠へ手を伸ばす。体を揺らしながら雲梯のように伝っていって、いつの間にか足が地面についていた。落ちないように固く私にしがみついていた松田くんの腕をこれ幸いとばかりにとって背負い投げ。ごめん。離してくれなさそうだったから。まさか飛び降りてくると思わなかっただろう警察官たちがざわついているのを横目にひっくり返って地べたに寝転んで目を丸くしている松田くんを見下ろす。

「わっ、私まだたくさん助けたい人いるから!」

 現実逃避の一言を紡いで裸足なのも忘れて駆け出した。

「なんだ、脈ありそうじゃん」

 警察官の安否確認の声でものすごくざわついてるのに松田くんのその一言が鮮明に耳に届いてばくばくと心臓がうるさく騒ぐ。そりゃ脈ありどころか松田くんのことは好きだけど! まさか松田くんが私を好きになる展開は想像してなくて頭がパニックになる。だって、一生言う気なんてなかった。松田くんが生きてくれればそれでよかった。まさかこんなことになるなんて思ってもなかった。
 守ることばかり、強くなることばかり考えてたから、そういう、恋愛の話は受け止め方がわからなくて、正常な判断ができなくて逃げてしまった。

2021/02/21