なんでこの人私のこと好きなんだろう。
 最初は自意識過剰なだけかと思った。ちかちかと眩しいほど太陽を反射する金色の髪の毛に視線が吸い寄せられて、灰色のような青色のような太陽に透かせば色が変わるビー玉のように綺麗な瞳とかちあって、神様が贔屓して作ったのかなと思えるほど綺麗な顔をしているなあ、なんて思ったのが第一印象の人だ。そんな砂漠の王子様のような人が、私のことを好きだなんて自意識過剰にも程がある、なんて思えたのは一瞬だった。
 あの目、ビー玉のように無機質なあの目が、私を映すときだけ飴玉のようにとろけてしまう。甘く甘くとろけてしまう。あの視線を受ければ誰だって確信してしまう。
 でもどうして。
 私は彼と接点がない。クラスどころかそもそも学年が違うし、部活だって、委員会だって、何もかも違う。先輩と後輩の挨拶くらいしかしたことがないレベルの私をどうして。

「先輩」

 びく、と肩が震えたのに気付かれてしまっただろうか。きっと気付いてない。彼が見てるのは私の2つの瞳だけ。飴玉のようにとろけた瞳のくせにまっすぐまっすぐ私を射抜いていて、私の目を見るのに必死で、文字通り他のことには目もくれない。

「落としましたよ」

 飴玉から目をそらして降谷くんの手元を見れば確かに私の下敷き。ノートの隙間からするりと逃げてしまったんだろうか。

「ありがとう」
「どういたしまして」

 甘い甘い声に当分甘い食べ物すら受け付けなくなりそう。どうして私のことなんか好きなの。私、あなたと自己紹介もしてないよ。きっと名前は知られてるとは思う。同じ学校だし、知る方法なんてたくさんある。私が降谷くんの名前を知っているように、降谷くんもきっと私の名前を知っている。でも降谷くんはそれを隠して私を先輩と呼ぶ。

「先輩、あの、質問してもいいですか?」
「私に答えられることなら」

 文武両道の降谷くんに私が何かを教えられることはないと思うけど後輩の質問は無碍にできない。

「先輩は、どこの高校に行くんですか」
「え、……っと、」
「先輩にしか答えられない質問ですよね」
「そうですね」

 色々腹を括った末の思いがけない質問に固まって、降谷くんの更なる追撃に思わず敬語になってしまう。それに答えたら降谷くんはどうするつもりなの。降谷くんが色恋の為だけにやりたいことを放置して追いかけてくるなんていう馬鹿な行為はしないとわかっているからこそ、この質問になんの意図があるのかがわからない。

「……ええと、……ここ」

 でも、どうしてそんな質問をするの?なんて藪蛇をつついてしまうことの方が恐ろしくて、ちょうど手に持っていた高校のパンフレットを爪先で示す。私からパンフレットへ視線が動く瞬間、飴玉がビー玉に変わるのをまざまざと目撃して困ってしまう。パンフレットの文字を食い入るようにゆっくり噛み砕いて、ビー玉から飴玉にまた変わる。

「……僕とは違う高校ですね」
「そうなんだ」

 これ以外なんて返せばいいんだろうか。

「……先輩は、……高校、楽しみですか」
「……? そうだね」

 素直に頷いたけど、新しい生活は楽しみでもあり、不安でもある。もしかして降谷くん、早めの受験ノイローゼなんだろうか。降谷くんの目指すレベルは一年生から、いやきっともっと昔から努力して目指すところで、ようやく少し現実味の湧いてきた受験というものに、さすがの降谷くんも不安になってしまった?

「僕は、楽しくないです」
「あんまり根を詰めすぎたら身につくものも身につかないから、勉強は適度に息抜きした方がいいよ」
「……先輩がいなくなるから、楽しくないです」

 まっすぐ見つめられてたじろぎそうになるのをグッと堪える。まさか踏み込んでくるとは思わなかった。甘い飴玉の目をしているくせに、ただ見つめるだけだった降谷くんが今日こうして踏み込んできたことが意外だった。

「……親しい先輩と離れちゃうのは寂しいかもしれないけど、別に一生のお別れじゃないんだし」

 先輩とは言われたけど、私だとは言われてないから私は逃げる。
 悪足掻きだ。
 きっと降谷くんは勇気を出して言ってくれた。でも私は濁す。だってよくわからないから。私は親しい先輩というポジションですらないから。
 本当に、なんでこの人私のこと好きなんだろう。

「……そう、ですね」

 寂しげに頷く降谷くんを見て罪悪感が湧いたけど、でも、どうしようもない。私と降谷くんは表向きは名前すら知らない間柄なんだから。






──────

「……安室さんを見てると、後輩を思い出します」

 完全に降谷くんなんだけど、名前が違う。まあでも降谷くんなんだろうなあ。警察を目指してたから、きっと、そういうアレなんだろう。
 不必要に避ける方がなんだか迷惑をかける気がして、だけど中学の頃なんかよりよほど会話をしている。これはこれで不必要な接触なのでは。でも降谷くんが会話上手でつい色々話し込んでしまう。
 降谷くんの目が飴玉じゃなくなったのを見てホッとした。
 あの目がチラつくせいで私には恋人というものができなかったけど。なんだか罪悪感がすごくて。さながら呪いのようだった。
 でもその呪いはもう解けた。降谷くんは私を飴玉の瞳で見つめてこない。みんなと同じ。

「え?」
「自意識過剰だと笑われるかもしれませんけど、私、中学生の時にその子にものすごく好かれていて」

 だから安心して、懐かしくて、つい、思い出話を口にしてしまった。きっと名前を変えて潜入捜査というものをしているだろうに迷惑だろうか。

「……僕に似てるんですか?」

 そう思ったけど降谷くんなら迷惑だったらうまく話を軌道修正することなんてたやすいだろうし、相槌を打って話を広げるのを許してくれて安心する。

「どうでしょう。なにぶんもう十数年も昔のことですから。美しい男の子でした。なぜか私のことをとても好いていてくれて」
「なぜ、好きだと?」
「ビー玉が飴玉に変わるんです」
「はぁ……」

 自覚がなかったんだろうか。あんなにも、砂糖を吐いてしまうのかと思ったほど飴玉のような目をしていたのに。

「灰色のような、青色のような、綺麗なビー玉のような目を持つ子でした。その目が、私を見るときだけ甘い甘い飴玉に変わるんです」
「……」
「その子に何かをしてあげた記憶なんてなくて、自己紹介もしたことないんです。先輩、って呼んでくれて、飴玉が私を見つめてきて、あの子はいったい私の何を好きになってくれたんでしょう。ずっと答えは出ないままで、……答えがないのが美しいのかもしれませんね」

 素敵な思い出ですね、そうゆっくり落とされた言葉ににっこりと笑う。砂漠の王子様にあんなとろけた瞳で見つめられるなんて、昔は不思議でたまらなかったけど今思うと恋愛漫画の主人公にでもなれた気がして本当に素敵な思い出。












── side降谷 ──

「自意識過剰だと笑われるかもしれませんけど、私、中学生の時にその子にものすごく好かれていて」

 死ぬ。羞恥で死ぬ。やめろ。いややめてくださいお願いします。バレてた。バレてた。バレてたにしてもつらい。なぜか美しい思い出とやらにしてくれてるらしいがその美しい思い出は俺の恥ずかしい思い出だし美しくもなんともないし消してほしい。
 なんでバレて。ヒロにだってバレてなかった。はず。えっバレてた? ちょっと待てあとで聞こう。いやバレてないだろ。えっでも赤の他人の先輩にバレてたんだぞ、先輩にバレてるならヒロにもバレるだろ。それなら二倍の羞恥。致死量だ。
 いやそんなことはどうでもいい。
 先輩の根拠は、ビー玉が飴玉。
 意味がわからない。いや言ってることはわかる。他人を見るときの視線と先輩を見るときの視線があからさまに違うってことだろ。その例えがファンシーすぎて可愛らしく包んでくれてるけどそれ、そんな可愛いものじゃない。えっ俺そんな目で先輩見てた? バレるほど? でも先輩はロマンチックな紙で包んでくれて美しい思い出にしてくれていて不快には思っていなさそうでホッとする。気持ち悪い視線だと思われてなくてよかった。
 ……実際は、ただの、男の目だと思う。
 十数年越しに先輩に言われなきゃ気付かなかったけど、それたぶん先輩のことを性的に見てただけだ。ごめん。俺も思春期だったから。いやそんな四六時中性的に見てたわけじゃないけど、そんな、好きだからってそんな視線の色があからさまに変わるわけないだろ。視線の色が変わるのなんて、そんなの、……それしかないだろ。ごめんなさい先輩。
 いや性的にって言っても別にそんないやらしい意味じゃなく、先輩とキスしたいなぁとか、そういう、……そういうレベルだから。
 ちょっと待て先輩、なんで今そんな話題持ち出してきたんですか。

「僕の目は、飴玉ですか? ビー玉ですか?」
「安室さんの目は万華鏡みたいです」
「……どういう」
「綺麗だなってことですよ」

 褒めてくれてるのは嬉しい。嬉しいけど。







────────

「俺、わかりやすいか?」
「まあ昔はわかりやすかったけど今はわかりにくいにも程があると思うよ」
「……中学の時、俺の好きな人知ってた?」
「えっ! 誰?」
「だよな。わからないよな。隠してたし……隠してたんだけどなあ……好きな人に好きなことバレてた」
「えっウケる。みんなに言いたい」

 ウケない。言うな。みんなってなんだ。同期のことか。やめろ。

「感動の再会?」
「まあ向こうは気付いてないと思う」
「好意に気付くような聡い子が変装もしてないゼロ見て気付かないわけないだろ」

 確かに。それもそうだ。いや、でも名前も知らない後輩のことだぞ。10年以上前の名前も知らない後輩のこと、覚えてられるか? でも、先輩はそんな名前の知らない後輩のことを覚えていてくれて、安室の姿の俺にその話をしてくれた。偶然?

「気付いてて合わせてくれてるだけじゃないの」
「……その場合、昔の話を持ち出される理由はなんなんだ」

 偶然じゃなかったとして、先輩の目的はなんなんだ。

「うーん……良い男に成長してて手放したのが惜しくなった?」
「……そんな人じゃない」

 本当に言葉通り見ているだけしかできなかった中学生の頃と違って、目の前で見るだけで人の考えていることがわかるようになった。この人の仕事は、だとか、この人の人生の背景は、だとか、図らずも探偵としての能力も磨かれてきているのも事実。だから、中学生の頃の先輩のことは何も知らないけど、今の先輩の人となりはある程度理解できてる、つもりだ。
 先輩があの話を持ちかけてきたのはいつだ。どのタイミングだ。俺の接客風景をどこか微笑ましそうに見つめてカウンター内に戻ってきた俺と、かちりと視線が交わった瞬間。

「飴玉じゃなくなってて安心したのか」
「は?」

 しっくりきた。
 しっくりきて、悔しくなった。
 何年経ったと思ってるんですか。
 十数年も経ったんですよ、先輩。
 もう、名前も聞けなくてただ見つめるだけしかできなかった中学生じゃないんですよ。
 隠せるようになったに決まってるじゃないですか。

「えっまさか中学の時からその人のことずっと好きだったりする?」
「悪いか?」
「悪かないけど重たい」
「好きって重いもんだろ」

 飴玉なんてそんな甘くて軽くて舐めたら終わり、なんてものじゃない。もっともっと重たいものだ。俺がその飴を噛み砕いて食べ終わったとでも? とんでもない。
 先輩にとっては寧ろ、飴玉の方が都合が良かったかもしれないくらい、もっともっと厄介に成長してるだけですよ。覚悟してくださいね、先輩。
2020/06/17


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