「……たばこを、その……吸いたい?」
「……いやまあ大人の男っぽくて憧れてただけで別に吸わなきゃ吸わねえで特に何も」
そっか、と微妙な表情で頷かれて判断に迷う。前半言わなきゃよかった。籍はいれてもまだ遠慮がちに戸惑う姿の方が多い。とりあえず俺のものにはなったけど、俺のものになったという自覚がこの人にはない。好きだということをきちんと受け入れてはくれたけど、それでもまだ、近所の子どもが遊びに飽きるのを待つおねえさんのような視線を時折感じる。好きということは認めてくれた。俺のことを好きだとも言ってくれた。でも、俺がこの人に伝える愛を少しでも減らしてしまえば途端に「俺のため」と身を引いてしまいそうでこわい。
俺は飽きないし、一歩間違えれば逮捕される側並みの執念深さだってことはこの人だって身を持って知ってるはずなのに、それでもまだ不安が残るのはどうしてなんだろう。
「……あー……」
先に疑問を投げてきたくせに俺の答えに満足してくれなかったのか次の言葉を返してくれない姿にどうすればいいのかわからなくて頭をかく。どう反応するのが正解だったんだろう。
気まずくなって視線を逸らしてしまった。そらした先で、きゅ、と心臓が縮まる。ソファの上に置いてある鞄の中から覗き見えたのは、白い、箱。
「……俺のこと嫌いになった?」
「なんで?!」
思い切りびっくりする声にホッとしたくても、あの箱から目を離せなくて頭をかいていた手がだらんと落ちる。
「……長生きしてほしくねえのかなって」
そのまま箱を指さす。たばこ。
だから聞いてきたんだろうか。また俺じゃない俺を見てうだうだと悩んでいる。俺、あんたのために、……結局自分のためでもあるけど、あんたより年下だけど、寿命とどうにか戦おうと試行錯誤してるのに。あんたが俺のものになったのと同時に、俺もあんただけの俺になったのに。死なないでと言うくせになんであんたの思う俺が吸ってたそんなもの持って帰ってきたんだ。
「ちが、その、……これ、お菓子……」
慌てて鞄をひっくり返す勢いでさらっていろんなものと一緒に出てきた箱を俺に突きつけたかと思えば消え入るような声で気まずそうに呟かれた声に固まる。突きつけられた箱を見て反射的にばちんと顔を叩く勢いで覆い隠した。
「………………さいあく。ちょっと忘れてくんね?」
とんだ早とちりだ。
てっきり、……てっきりまた俺自身じゃなく、この人の中にしか存在しない未来の俺を想っているのかと思って、今ここにいる俺は嫌われたのかと思って、……くそ。
「……ふふふ」
「……笑うな」
「ごめん、かわいくて」
その言葉にまたため息をつく。
「……いつになったら大人になれんだろ」
「ならなくていいよ」
うるせえ。俺がなりたいんだよ。なんて、いまだに思春期丸出しのような思考で反発して情けなくなる。
「なんでタバコ吸いてえのか聞いてきたんだよ」
「……もし我慢してるならこういうお菓子も見るの嫌かなって思って見つからないようにしようと思ったんだけど、結局変に傷つけちゃってごめんね」
「別に、……あんたに隠し事される方がこたえる」
ただそれを吸えば格好だけでも大人に見えるかなと憧れただけで、その考え方自体が子どもだし、あんたと過ごせる日が1秒でも減る可能性があるなら吸わない。俺の思考回路は全部あんた基準で、だからこそ、隠し事されるのが一番嫌だ。いつまで経っても振り回されて、子どもで、こんな情けない勘違いで笑われることもなかった。
「……ごめんね。私、ちゃんと今の松田くんが好きだよ」
本当にそう思ってるなら下の名前で呼べ。あんたも今は松田のくせに。でもそれでも、この人にしてはものすごく頑張ってくれてる。遠慮がちでも戸惑いつつでも、好きだと言ってくれるだけで、この何云年の片思いが報われる気がする。
「……本当に好きなら名前で呼べ」
でもやっぱり、それはそれ。これはこれ。
俺の気が長いからとそれに慣れられてしまっては困る。
あと単純に、俺がこの人に勝てるのは今のところこういうことを言ってからかうことだけ。
情けない顔を覆っていた手の指の隙間からちらりと覗き見れば瞬時に赤色に染まって戸惑う姿に小さく喉を鳴らす。
「……今のじんぺいくんが好きだから、その、……そんな駆け足で大人にならないで、これ以上かっこよくなられたら、それはそれで無理だから……」
「ふ」
「あ」
声が漏れてしまって照れて赤かった色が違う意味に変わる。俺がからかっていたのがバレたのか声にならない呻き声をあげて痛くも痒くもない、ぺちん、とした音が俺の肩から鳴った。
「松田くんの馬鹿!」
「あんたのこと?」
「まつ、ま、……ッ、」
バレてしまっては仕方ないと覆っていた手はおろしたけど反省はしない。俺のことを馬鹿だと言ったのは分かっていたけどあんたも今では立派な松田だからとすっとぼけながら気分良く笑う。この調子でからかってどうにか数分前の情けない俺の失態は忘れさせたい。
2020/12/07