「俺がやらかしたら止めてくれ」

 そう萩原に言い残して立ち上がる。えっなにどういうことと後方で騒ぐ声が聞こえたがそのまま見てたらどういう意味かわかるから。

「よぉ」

 ワッ、と空気が跳ね上がったのがわかる。今まで生きててこの顔に感謝したことなんて一度もないけど、今はそれをどうにか有効利用する。どうすれば有効なのかはわからないから結局ただのいつも通りの俺だけど。それでもソファ席に座ってる女性陣が一瞬で色めきだったのがわかるからこれでいい。俺は世間一般的に、良い男。好きな人にこの顔が全く通用しないから無駄だと思っていたけど、向かいの椅子席に座っている男共を威嚇するには十分だ。

「俺の愛の告白保留しといて合コンか?」
「ま、つだくん」

 引き攣った笑顔を見せる姿に俺も口角をあげる。知ってる。来るつもりなかったんだろ。おおかた騙されたか人数合わせだと割り切ってきたか、そんなとこだろう。それにああは言ったものの別に俺の許可なんて必要ない。そもそも告白を保留どころか俺はフラれてるし、それで勝手に諦めないから見てろよってストーカーしてるだけだし、咎める権利は持ってない。なんなら俺が咎められる側だ。でもまだ萩原に止められては困る。
 この人の前に座る男にちらりと視線を向けて、また元に戻す。この男がいけない。自分勝手な嫉妬をしたけど数合わせだってわかってたから何もしなかった。何もする権利なんてなかったから。でも、この男が完全にこの人に狙いを定めたのがわかってしまったらもう無理だ。恋敵として乗り込んでもいいだろ。

「顔か性格か、どこを気に入ったか知らねえけど良い女だから惚れるのはわかるぜ。俺も片想い歴片手じゃ足んねえし」
「まつだく、」
「まあライバルの顔拝みにきただけだから。この人のこと好きなら俺のこと覚えといてくれよ。じゃあな」








 言い逃げして自分の席に戻る間のにやにやにやにやした萩原の態度が鼻に付く。けどまあそんな顔をされるようなことをした自覚はあるから甘んじて受け入れる。

「やらかしたと思うけど止めらんなかった。面白くて」
「……さすがに嫌われたと思うか?」
「どうだろうね。頑ななわりに俺らには優しいから大丈夫じゃない? 陣平ちゃんより良い男もいなさそうだし」
「……俺より良い男がいたらどうすんだよ」
「降谷がこの世の合コンに出ない限り一生大丈夫じゃない?」
「……今何してんだろうなあいつ」
「まあ大丈夫でしょ。今の陣平ちゃんの方が大変な目にあってんじゃない?」

 あっけらかんと言い放つ萩原に鼻で笑う。確かにこっちもこっちで大変だが降谷の方が大変だろ。
 お、と萩原が声を出した先に視線を向ける。きゃあきゃあと楽しそうに女子達があの人の荷物を押しつけて文字通り背中を押す姿に緩みそうになる頬をどうにか耐えた。男の視線はどこか名残惜しそうだが、俺とまっすぐ目も合わせられないような腑抜けはライバルにすらならない。

「まつ、ま、松田くん! さっきのあれ、あれ、何して、もう……ばか……」
「好みのやついた?」
「そういう問題じゃなくって……」
「合コンどころじゃなくなった?」
「そりゃまあ……そもそも合コンじゃないけど、まああんなことされたらこうなるでしょ……」

 疲れ切った態度で俺を見ずにこれからどうしようか考えているんだろう姿を見つめながらホッとする。初めてこの顔に感謝したかもしれない。あんなことをしても女子からは嫌な目に見られず、男に対しての牽制もある程度できる。というかあんたが合コンと思ってないだけで完全に合コンだろ。
 座って座ってと萩原に促されてもふるふると首を振るだけ。いやそりゃそうだろお前馬鹿じゃねえの。同じ店で合コンしててその席抜けて別の男の席に座れるやつはいないだろ少しはもの考えろ。だなんて合コンの邪魔をした自分を棚に上げつつ呆れる。

「出るか」
「お姉さんの代わりは俺がしてこようかな」
「女が一人減ってんのに男が一人増えてどうすんだよ馬鹿」

 本当にする気はないのはわかっていても思わず突っ込んでしまった。俺が威嚇しに行ってる隙に萩原が卓上のものは片付けてくれてあとは会計だけの状態になっていて地味に助かると思ったのを素直に口に出せなくなるからふざけるのはやめろ。馬鹿。

「ほら行くぞ」

 まだぐるぐると考え込んでいる姿を横目に荷物を奪い取る。どうせ向こうに戻ることもできないのにそれでも足を動かそうとしないことに自分勝手な苛立ちを覚えて手を取る。きゃあ、と色めきたつこの人の友達たちの声にこの人の印象が下がることはなさそうだとほっとして、一番色めいた声をあげてほしい当人は驚きの表情で俺を見上げるだけで舌打ち。
 全然飲み食いできてないし迷惑料だと財布を萩原に投げつけて出口へと向かう。

「松田くん、……別に私誰とも付き合う気はなくて、もちろん、その、申し訳ないけど松田く」
「まだ俺のこと子どもだと思ってんの」
「まあ合コン邪魔するのは子どもだと思われても仕方ないよね」
「……そういうことじゃなくて」

 会計を済ませた萩原に後ろから俺の財布で頭を叩いてぐうの音も出ない言葉を投げつけられて口を閉じる。はあ、と疲れ切ったため息をつくのが聞こえて意識すらされていないことに傷付く。

「……じゃあ俺はお先に。また明日な。お姉さんもまた今度一緒にごはん食べよ。あっ陣平ちゃんももちろん一緒にね」

 ばいばい、と俺の財布をスーツにねじ込んで返しながら駅へと足速に帰る姿を睨みつける。

「……もう過ぎたことどうこう考えてもどうしようもないね、わたし達も帰ろう」

 大人な態度で何もかも飲み込んで俺に張り付けた笑顔を見せる姿にいつまで経っても追いつけない。むしろどんどん引き離される。時間は同じように過ぎてるはずなのにどうしても差が生まれていく。焦って追いつこうとすればするほど背中が遠ざかる。

「……俺は諦めの悪い男だからさ、あんたが俺のことを見てくれるまではしつこくするけど、あんたがちゃんと俺を見て、この俺を嫌いだって言うなら泣いて喚いてもしかたねえってわかってんだよ」

 でもあんたは俺を見てくれてねえじゃん。俺じゃない、何かを見て怯えて、勝手に運命の人を決めて、ただそこにあんたの気持ちも何ものってないのに納得できるわけがない。握ったままの手の力を強くしたってこの人は握り返しもしてくれないし、振り払いもしてくれない。俺のことなんかひとつも見てくれない。せめて振り払ってくれればいいのに。

2020/12/21


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