「…………本当に帰り道なの?」
「…………そーだよ」
投げやりな言葉に苦く笑う。
現場からの帰宅でたまたま通りがかるだけだと松田君は言っていたけど、1時間前にビルの窓から見下ろした時も松田くんはガードレールに腰掛けていた。1時間前、だ。確実に偶然ではない。
「仕事で疲れてるでしょ、早く帰って休んでほしいな」
「……俺より遅い帰宅のあんたに言われたくねえ」
それはちょっとこの時期忙しいだけだから。毎日毎日この時間になってしまうのならブラックかなあと転職活動を見据えるけど、理由のある、労働基準法を守った残業なので会社を睨みつけるのはやめてあげてほしい。無機物だけどなんだか可哀想になってくるから。なんて、仕事に疲れたせいで少し心の中でふざけていれば松田くんの視線が私に移動して気を引き締める。一応心配してくれている松田くんに申し訳ない。
「……心配なんだよ。最近、帰り遅いだろ。今日だってこんな時間だ。通報受け取ってからじゃおせえんだよ」
それは確かにそうだけど。でもだからといって松田くんの時間を拘束する理由にはならないんだよ。
「松田くんが窓から見えたからわたし一人で出てきたの」
「……は?」
「だから、松田くんがいたからわたし一人で出てきたの」
聞き返されたことに苦笑いしてもう一度答える。
「なに、どういうこと」
「ここ、ちょっと暗いでしょ。だから人通りのある道まではひとりでは帰らないようにはしてるの」
「誰と」
「……うーん、誰って言われると別に……その時一緒に残ってる人」
松田くんの眉間の皺がどんどん深まっていくしまた会社が睨みつけられている。やめてあげて、会社は別に悪いことしてないから。
「仕事が終わったあとはみんなで人通りのある道まで一緒に帰るの」
「……なんだ、みんなって別にふたりきりじゃねえのか」
「……同僚の子とかと話しながら帰るんだよ、別にそういうんじゃないから」
ようやく松田くんの機嫌の悪さに合点がいってどうして私が言い訳のようなことをしなきゃいけないのかと思いながらもなんとなくフォローに回ってしまう。別に、私と松田くんはなんの関係もないんだからフォローもいらないのに。
「他のやつは仕事終わったのか?」
「まあ、うん、そうだね」
松田くんが腰掛けて完全に私を待っていたから相手も気を遣って先にここでタバコ吸ってから帰るからとほんの少し帰る時間をずらしてくれただけだから。仕事自体は一緒の時間に終わってる。
「じゃあ呼んでこいよ、そういう理由なら俺が一番魔除けになるだろうしついでに一緒に帰ればいいだろ。まあほんのちょっとの道のりだけど女だけより俺がいた方がいいだろ」
「え、……いやその、」
普段ならとても心強いしありがたい言葉だけど、松田くんの勘違いに口がまごつく。中途半端に濁してしまった私が悪いんだろうか。でも別に、松田くんに言うことでもないし、私が反省しなきゃいけないこともない。はず、なのに、なんだか分が悪くて視線が落ちる。
「……なに? 別に俺、あんたの同僚に目移りなんかしないけど」
「ちが、その、……今日一緒に残ってたのは男の人だから別に、だいじょうぶだとおもう」
「……アッソォ」
驚くほどの無愛想な相槌にびくりと肩が揺れる。
「あんたはほんっと上げて落とすの大好きだな。……何がそういうんじゃないから、だよ」
「別に、その、同僚だし」
「そーだな。その人はただの同僚だけどあんたと一緒に帰れて、一緒に帰る理由すらない俺はあんたを好きなだけで勝手に待ち伏せしてストーカーって訴えられても仕方ないことやってんだよな。警察のくせにな」
何も言えなくて口を閉ざす。
「……完全にただの八つ当たりなんだから怒れよ」
怒れよ、と言われても困る。
「……せめて怖がれよ」
「え」
何を怖がればいいのかわからなくて空気が漏れる。
「……いいよわかんなくて。あんたのそういうところがムカつくけど、あんたのそういうところを好きになったんだから」
2021/02/09