「ねえねえ、合コンしない?」
「あれが最後の約束だったでしょ? そもそも私、け、」
「お願いお願いお願いお願い! てか私が勝手に合コンと思ってるだけでただの飲み会だから!」

 いつものように押しの強い友人に怒涛の言葉を浴びせられている声が聞こえて内心同情しながらも男の幹事は誰なんだろうと考えてしまう。
 同い年のはずなのにどこか大人びたあの人を好きになってしまったのはいいものの、接点が皆無な僕にはどうしようもなかった。けれど、これはチャンスなのでは。なんて思ったものの、仕事上の会話以外できない僕が、それ僕も混ざっていいだなんて言えるわけもなく黙々と帰り支度を進める。

「だから駄目なの。私けっ、」
「お願いお願いお願いお願い!! 私男の人見る目ないんだって!! だから私が変な人に引っかからないように見張っててよう」

 なぜか何も話さず帰り支度をしていた僕と同じタイミングで帰り支度を終わらせた二人とエレベーターに乗っている。いやなんで? あんなにお願いと肩を揺さぶって駄々をこねていたのに。揺さぶられながらも話を遮られながらも駄目だと言い続けていたのになんで僕と同じスピードでエレベーター乗ってるの? 不思議すぎる。

「そんなの私だって変な人かそうじゃないかだなんて見分けつかないよ……」
「ねえお願い同僚のよしみで恋活手伝ってよぉ〜」

 えーん、とわざとらしく泣き真似をしながら右腕に抱きつき縋る同期が羨ましくて仕方がない。エレベーターを最後に降りて同じく扉をくぐって退社をしようとして固まる。雰囲気がこわい男の人が会社の前にいる。通りすがりの人どころではなく完全にこの会社の人間目当てですよねとわかる場所に陣取っているから余計にこわい。目の前を歩いていた彼女たちも驚いたのか立ち止まって固まっていて、だけどやっぱりどこか大人びた彼女は誰よりも早く硬直からとけて今のうちにと言わんばかりにするりとお願いお願いと泣きついていた同期から逃げて、……逃げて、その男のもとへ走り寄っていった。

「ど、どうしたの」
「迎えに来た」
「えっ、仕事は?」
「終わった。わり、飲みに行く予定だった?」
「え、ううん、帰る」

 それだけじゃなく気さくに話しかけている。なんで。

「あの時の人じゃん」
「……あの時」
「合コン邪魔した健気な男の子」
「……あぁ……邪魔してすんません」

 反省の気持ちなんて全くありません、というのが漏れすぎている謝罪も気になったけど、その謝罪の原因がとても気になる。合コンを邪魔した? でももしあのひとに彼氏がいたならそんな場に行くようなタイプの人じゃないし、じゃあ、つまりはその、この、強面だけどイケメンの男の人は、僕と一緒で彼女に片思いをしている恋敵……?

「あのね、私この人と結婚したから不安にさせたくないしもうそういう飲み会にはいくら言われても行かない。ごめんね」
「そっか、私こそしつこくしてごめ……エッ結婚?!?! 恋人になっただけじゃなくて?!」
「ええと、……恋人期間はないです」
「えっ?!?!?!」
「エッ?!?!?! あっ」

 恋敵どころじゃなかった。想像の斜め上の回答に思わず声が出てしまって慌てて口を抑えても時すでに遅し。ぎゅるん、と頭が動いて完全に捕食者の目で捉えられてしまって愛想笑いを浮かべることすらできない。バレた。バレてる。完全に敵を見る目になった。でもどうやらバレたのはこの完全に見た目がやばい男の人だけで、女性二人は僕なんか全く蚊帳の外で会話を続けている。いつ、どういう経緯で、まるで取り調べのように矢継ぎ早で質問される彼女の背後で番犬のように僕を威嚇する姿にどうすることもできない。
 だってこれ謝ったら彼女になんで謝るのと意味を問われて強制告白をしなきゃいけなくなる。ただでさえ失恋してるんだから追い討ちかけるのやめてほしい。というかもう結婚してるから礼儀正しく真面目なあの人がそれを裏切るわけなんてないし、そもそも結婚してなかったとしても僕なんかが君に敵うわけないのは一目瞭然だから自信を持って、ただの同僚に威嚇なんてしないでほしい。
 君のその視線で人を殺せそうな威嚇が怖くて失恋の悲しみがあまりわかない。こわい。やめてほしい。

「どーも。まだ籍だけだけど結婚しました、松田です。これからもたまに迎えにくるんで今後とも夫婦共々よろしくお願いします」
「えー! よかったねえ! あの時の君、めちゃくちゃかっこよかったよぉ! ドラマみたいってあのあともみんなで盛り上がったんだ」
「いや、……あれは嫉妬丸出しでかっこわるいことなんで……あん時は俺フラれてたし」
「エッ」
「んだよ」

 同僚より先に全くの無関係の僕が声を上げてしまった。学んで。僕の声帯、学習能力ないの? 学んで。ほら松田くんさっきよりも威嚇度増してる。こわい。ところでどうして女性二人はこの威嚇に気付かないんですか。僕だけをピンポイントで威嚇できるんですか。それもすごい。こわいけど。

「……いやあの、……こう、フラれる要素がひとつもないのにびっくりしてしまって……すみません」
「あっそれはあの、ええと、まあ色々理由はあるんですけどその、まあ私なんかにはもったいないくらいの素敵な人だから」

 その言葉で威嚇していた空気は瞬時に霧散してようやくへらりと愛想笑いを浮かべられた。惚気られてしまった。だけど失恋したはずなのになんだかそこまで苦しくない。なんでだろう。ああ、いつも大人びていてどこか達観している彼女が、彼の前では慌てふためいたり照れたり忙しそうで、幸せいっぱいに見えるからだ。

「お似合いですね」

 だから、心からの言葉だ。

「だろ?」
「もう! 松田くん!」
「えっまだ名字呼びなの?!」
「お、もっと言ってやってください」
「えっ、ちょ、まだ慣れなくて」
「かわいそ〜。ねぇ?」
「え? あ、はい。あ、というかこれからは松田さんって呼んだ方がいいですよね」

 急に話を振られて思わず頷いたまではいいものの、何を調子に乗ってずかずかとプライベートに入り込んでしまったんだ。僕の馬鹿。今までだって名字すら呼んだことないくせに、馬鹿じゃないか。
 心の中で猛省していればボンッと顔から火が出るんじゃないかというくらい真っ赤になった姿に目を見開く。

「あんた良いやつだな」

 そして何故か先程まで威嚇していたのを忘れたのかくるりと掌を返してにこにこしながら僕を褒めてきた松田さんにぱちりと目を瞬いた。

「やだかわいい〜松田さん可愛い〜」
「やめ、ちょ、」
「まーつださん」

 語尾にはーとをつける勢いで甘ったるく名前を呼んでからかう同僚にバレないように忍び笑う。失恋したはずなのに、松田さんと呼ばれる彼女を見て傷付くんじゃなくて微笑ましく思えたのは、変なのかもしれないけど、でも良い恋の終わり方をした。

「俺もあんたが俺のこと松田くんって呼ぶたびに松田さんって呼ぼーっと」
「ちょ、っと、松田くんまで何」
「松田さんが自覚してくれないのがわりぃと思いまーす」

 とても楽しそうな松田さん達に今度こそ声を出して笑ってしまった。

2021/02/09


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