▼▼▼

「引っ越し? なぜ」
「なぜ、と言われても。もうここにいる必要もなくなったので」
「予言が終わったから?」

 まあ、そうですね、と曖昧に微笑む。降谷さんはもう私のことを預言者として扱うことに決めたのか安室さんの名前で改めて自己紹介はしたのに、周りに人がいないときはほぼ降谷さんの口調だ。
 最後に会った日はあまりに私が具合悪そうに見えたようであれからすぐに家に送り届けてくれた。緊張の糸が切れたんだと思う。申し訳ないです。でもやっぱり降谷さん私のこと調べてたんだなあ、私の家あっちですともなんとも言ってないのに先導して送ってくれたもの。疑わしいものは調べる、それが降谷さんのお仕事だし別に気にしてはいないけど。あと今まで本当にあそこが私の家なのか不安だったけど降谷さんに送ってもらったことで降谷さんお墨付きになったのもよかった。そこに私の名義があるということで、それなら普通に私の名義で引っ越しもできるだろうから。
 勝手に調べられることについてはあまりにも怪しすぎる女だし本当に気にしていない。だけどさすがに面と向かって事情聴取のように根掘り葉掘り聞かれるのは困ります。
 だってこの町が怖いから離れますなんてこの場所を愛し守ってる降谷さんにはとても言えない。でも黒の組織関連が解決するまでこの町はやっぱりただの一般人には危険だと思うのですぐさま離れたいです。今まで夢だと思っていたからなんとも思わなかったけど、こっちが現実だと理解したからには自衛もいろいろしなければ。まずこの町から離れる。それが一番の自衛だと思う。たぶん。

「嘘だろう」
「歩く嘘発見器ですか」
「これくらいあなたが助けた奴ら全員わかる」
「ええ……」

 優秀すぎて最早引く。それにしても、あなたが助けた、なんていうと大層なことをしたように思えるかもしれないけど、私はその時夢だと思ってたわけで、結局命大事にを周りに広めてくれたのは降谷さんだし、私はほとんどなにもしてないのになあと苦く笑う。松田さんだって萩原さんが生きてたから頭に血が上ってなかった結果ダブルエースの実力で助かったわけだし、景光さんだって降谷さんが冷静になれたからで、あれから結局どうして解決したのかは私には想像もできないし、伊達さんは、……伊達さんだけは頑張ったなあって自分を褒めてもいいような気がするけど、でも腕を引っ張ることしかできなかったし。

「私はなにもしてないですよ」

 だからこれは謙遜でもなんでもないのに。

「なにもしてなかったらあいつらは生きてない。そうなんだろ?」
「……いやそんなことないですよ」
「……」
「……」

 歩く嘘発見器すぎて気まずい。私の嘘が下手すぎるのか、降谷さんが規格外すぎるのかどっちなのか気になるところ。

「どうしてそんなに頑なにここを離れようとするんだ」

 ここが米花町だからですよと言えたらどんなにいいか。

  ▽▽▽

 目を覚ませば現実世界だった。あんなにみっともなく人前で泣いて、覚悟を決めたのに夢から目が覚めるのはいつだって突然で拍子抜けだった。だけどやっぱり嬉しくて、お母さんに速攻で会いに行って泣きついた。どうしたの、と夢の中のお母さんのように何も聞かずに優しく包み込んでくれるお母さんに何も言えずにただただ泣いた。

  ▽▽▽

 頑なに引っ越そうとする彼女をみっともなく問い詰め続ける。最近は会うたびに引越しをやめてくださいと言うものだからか彼女に避けられはじめた。せめて理由を言ってくれれば納得するのに、あるはずの理由を教えてくれないから余計に納得ができない。俺が嫌いになったとかそういうものなら言いにくいのもわかるが、彼女が親と電話して号泣してスッキリしてからはまた俺の顔を見て、はわ、だの、ひえ、だの反応を示すようになったからそんな理由ではないのは誰が見ても明らかだ。別に予言が終わろうと続こうと近くにいればいいじゃないか。
 ずっと同じことばかり考えてしまうのを無理矢理止めて顔を上げれば心の中で噂していた本人を見つけて近付く。

「こんにちは」
「こんにちは」

 にこりと返事をされたけどいつもの反応がなくて首を傾げる。今度こそ慣れたのか? いやそれにしても唐突な。

「今日も観光地巡りですか?」
「え? 観光地巡りって……私ここに住んでもうかれこれ十年以上ですよ? 何を観光するんですか。ふふ、おかしいですね」
「え?」

 くすくすと笑う彼女に固まる。俺は彼女の言葉を引用しただけだ。俺が笑うならまだしも、どうして彼女が。

「この間、観光するってあなたが言ったんじゃないですか。僕も面白い言い方するなって思いましたよ」
「……そんなこと言いましたっけ?」

 本当に不思議そうに首を傾げて考える姿に眉根を寄せる。意味がわからない。
 
「悩み事は解決しましたか? いつでも相談に乗りますよ。引越しのこと以外なら」
「悩み事……? 何もないですし、……引越し、は予定もないですよ?」

 あんなにも引っ越す引っ越さないの口論を繰り返していた毎日を忘れるわけがない。しつこいくらい追い縋ったんだ。ここに住むメリットをひたすらに説いて、他の場所に住むデメリットをひたすらにうそぶいて、子どもじみた駄々を捏ねまくって最近の君は困り顔しか浮かべられないくらい、俺との会話はきっと悩みの種だっただろう。それなのにそんな会話を、忘れるわけがない。
 それとも、それはただの趣味の悪い流し方なんだろうか。あまりにもしつこすぎて、とぼけたふりして会話ごとさせないようにしてるんだろうか。

「……今日の予言はなんですか?」
「? なんですか、それ。私、そんなことできないですよ。できたら楽しそうですけど」

 くすりと本当に楽しそうに笑う姿は彼女そのものなはずだけど、でも、彼女がこの話題でそんな笑顔になるはずがないんだ。彼女は彼女の功績を誇ろうとせず、自分の力ではないと困ったように笑いながらも、なにか言いづらい訳でもあるのか否定もできずに戸惑い困惑する、予言に振り回される預言者なんだ。楽しそうだなんてそんなふうに明るく、夢を語るような言葉は絶対に紡がない。紡げない。
 あんなにも怯え涙した彼女と同じ顔で、同じ口で、だけど何も知らない、彼女の皮をかぶったお前はなんだ。

  ▼▼▼

 また夢の中。もう疲れたのでやめてほしい。まあやっぱり向こうの世界の方が馴染み深いからこの間は目が覚めて安心して号泣しちゃったけど。
 でもやっぱり一回覚悟決めて腹をくくったからかそこまで落ち込むことはない。なんだまたか、みたいな。もう振り回されるのに疲れたのかもしれない。でも私の涙を返せ。どっちのお母さんもお母さんはお母さんだし、どっちのお母さんも私を愛してくれている。それならもういっそ私の世界はこういうものだと割り切った方が早い。でも涙は返せ。あと二重生活は疲れるからなんとかしてほしいけど。片方が夢なら夢らしく楽しいことだけならまだいいのに仕事は仕事でどっちでもやらなきゃいけないから世知辛い。

「……こんにちは」
「はわ、こんにちは」

 いやそんなの降谷さん前にして思うことじゃなかった。三つの顔を持つ人の前で二つのお仕事しんどいですとか怒られそうだし。いやあえて怒られてみたい気もする。気持ち引き締まりそう。というか急に現れるのやめてほしい。いい加減人の顔見て奇声あげるの失礼だからやめたいのに、急に出てこられると心の準備ができてなくて声が漏れる。
 延々変なこと考えてた私に引いたのか難しい顔でだんまりな降谷さんに焦る。ただでさえ変な女と思われてるのにこれ以上はいやです。あと忙しい降谷さんに私を疑うなんていう無駄な仕事増やしたくない。

「今日の予言はなんですか」
「えっ。もう終わりって言ったじゃないですか。これ以上はもう無理なんですって。全部知ってたらもっとなんとかできたのかもしれないですけど、ごめんなさい」
「……」

 こわい。あっ引っ越そうなんてしてるから余計に疑わしいのか。そりゃそうだ。でも引っ越したらもうここには関わらないしそしたらいつになるかはわからないけど降谷さんもいつかはわかってくれて私を見張るなんて無駄でしかない仕事もしなくてよくなるし、やっぱりモブは引っ越すのが一番だと思う。あとこの町は何で殺意持たれるかわかったものじゃないしなんのスキルもないモブは逃げるに限る。かろうじてまだ事件に巻き込まれてはいないけど、これからだって巻き込まれたくないもの。

「……大事な話がしたいのですが、お時間よろしいですか」
「えっ引越しの件ならいくら説得されようと決めたことですからね」
「大事な話です」
「説得は無駄ですよ」
「それは後にしてください」
「あっはい」

  ▼▼▼

 私の家は降谷さん的に大事な話をするのに適した場所なんですか? 私は寝起きするたびにどっちの世界にいるのかわからなくて戸惑う場所なんですけど。まあでも精神的に危うい場所でも降谷さんが大事な話ができるくらい物理的には安全な場所なんだなと思うことにする。この世界で物理的に安心なのはとても大事。

「双子だったりしませんよね」
「わかっててきいてますよね」
「あなたの口から聞きたい」
「違いますよ」
「……もう1人のあなたに会いました」
「えっホラーな話ですか?」

 それとも私に変装した誰かに会いましたか。でも私に変装するメリットもないし首をかしげる。確かに降谷さんと話をしたりする距離感ではあるけど、私に変装したところでそこまで仲睦まじい会話ができるほどの仲でもないから本当にメリットなんてない。はず。たぶん。私の顔に変装するのはいいけど私の顔で恨みは絶対に買わないでほしい。

「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれない。昨日の記憶あります?」

 昨日は現実パート……いやもうどっちが現実かはわからないんだけど、昨日はもうひとつの方で過ごしてたから、記憶は向こうの分しかないです。なんて言えるはずもなく、へらりと笑う。

「……俺に下手な誤魔化しや嘘は通用しないと言ったのは君だ」
「あっはい。そうですね。……あー……」

 急に口調が降谷さんになってなんとなく身が引き締まる。でもだからってこんなことどうやって言えばいいのか。予言はなぜかそれこそ私以上にすんなり受け入れてもらえたけど、さすがに実は私は別の世界の人間で夢の中だと思って好き勝手してたら最近はどっちも現実世界みたいになっててやばいんです。なんて、私の頭がやばいと思われてしまうからちょっと言いにくい。

「……最初は多重人格かなにかかと思った」

 ちょっと待ってそれはそれでありえそうでホラー案件だからやめてほしい。ただでさえ夢と現実があやふやなんだから。

「だが違った。周りの人間の証言も監視カメラの記録も君の顔をした誰かの言う通りで嘘はついていなかった」
「えっと……私が2人いるってことですか?」
「いや、君は1人しかいない。だけど、俺と会う時だけありえない場所に君がワープでもしたかのように移動してる。そしてまた元の場所に戻ってる、ようだ」

 降谷さんの言葉にぱちりと瞬くことしかできなかった。
 はっきりものを言う降谷さんがふわふわとした物言いで、狐に化かされたかのようなあやふやな事実を並べているのが不思議で、それが自分のことで、なんだか私の心もふわつく。

「君がいつぞやに観光をすると言っていたことがあるだろう。あの日の監視カメラを調べたんだ。雑踏の中、君が急に現れて、そして君は唖然としながらモニターを見上げていた。そして俺が声をかけた。俺と別れた後の君の足取りを追って、監視カメラからまた君が消えた」

 松田さんの観覧車事件の時だ。あの時、急な雑踏と聞こえた日付にモニターに釘付けになった。だけど急に私が現れたのに、周りで私を不思議に思う人はいなかった。そもそもそれを、不思議に思うべきなんだろうか。急に現れなかったとしても、通行人が急に立ち止まれば迷惑だし視線もあちこちからぶつかるはずで、視線どころか物理的に誰かとぶつかったっておかしくなかった。それなのに急に立ち止まってモニターを見上げる私を誰も不思議に思わず、ぶつからず、降谷さんが声をかけるまでどうして突っ立ったままでいられたのか。

「えっと、……」
「君の予言関連だけ、世界から隔離されてる。周りの人間の記憶も調整されてる。君の会社の人たちが君がずっと社内で仕事をしていたのを証言していた。そのわりにはどこかあやふやだが、だが、嘘をついている目じゃなかった。事実カメラにも映っていた。でもちょうど俺たちが会話をしていた時刻、映像が乱れて確認できない。でもあの乱れた時間内であの距離を移動するのは物理的に不可能だ」
「こわ」
「……その反応で大丈夫なのか」

 私の軽めの返答に降谷さんが眉根を寄せて声が低くなる。降谷さんもこわい。確かに間違った反応をしてしまったかもしれないけどなんだかもう最近ちょっとやそっとじゃ驚かなくなってきてて。こわいのはこわいけど、でも現に私はふたつの世界を行き来してるし私が2人存在する説だったとしても、寝起きするたびにワープしてた説だとしても不思議じゃない。

「……そんなに動揺してないってことは予言はもう終わりだって言ったのにやっぱりわかってたのか」
「なんていうか……あー……」

 どうすればいいのやらと口ごもっていれば、あなたの言うことを信じる、と真面目な顔で言われてもうどうにでもなれと覚悟した。降谷さんに捕捉された時点で逃げられないことは決まりきってるんだから。この世界で探偵に怪しまれたらその時点で逃げるのは諦めた方がいいと思う。
 当事者の私でさえ今のこの現象をよくわかっていないから信じる、という言葉自体は信じられないけど、でも降谷さんの正義は信じられるから、私の処遇はもう降谷さんにお任せしよう。

「最初は夢だと思ってたんです」
「え?」

 信じるといった降谷さんが早速聞き返してくる。仕方ない。私だって時間をかけて納得した問題なんだから。すぐに信じられる方がハニトラかな?って思ってしまう。

「私の世界ではここは物語の世界でした。だから夢だと思ったんです。降谷さんは覚えてないかもしれませんが、二言三言言葉を交わして、私は現実世界で目が覚めて、とても楽しい気持ちで現実世界で仕事をしてたんです。そしてまた眠って、降谷さんと会って、降谷さん曰く予言を、私にとっては夢の世界だから物語を変えてみようなんて軽いノリで調子に乗って喋ってしまったんです」

 降谷さんの眉間にどんどんシワが寄っていく。でも顔が良いのは損なわれない。羨ましい限りです。そうやって心の中で茶化しても心は晴れずひたすら口を動かす。

「最初は本当に30分もなかったんです。ほら、夢って現実では6時間きちんと眠れているのに五分の出来事だったりするでしょう? それに私が夢だと思い込んでた原因は、町の構造を知らないのにその角を曲がればあそこに辿り着くって思い込んで曲がったら実際にその場所に着いたから、余計に夢だと思い込んでたんです。おかげで観光はとても捗りました」
「……それは良かった」
「でも、伊達さんの時、高木さんや伊達さんを引っ張った腕がとても痛くて、事故の音が耳に響いて、運転手さんの怪我を見て、とてもこわくて、夢なのに、夢のはずなのにこわくて、そこからおかしくなったんです」

 降谷さんの表情は眉がよったまま変わらない。私の声はどんどんか細くなっていく。だって、自分でも信じられないことを口にするなんて。

「最初は2日、帰れなかった。だけど夢ってそういうものだし、最初は気にも留めなかった。今日は長いな、って思うくらい。でもだんだん、だんだん起きれなくなった。夢の中で眠って、夢の中で起きて、夢の中で仕事をして、二ヶ月もそれが続いて……安室さんに会った時、母に会いたくて、って言ったことがあったでしょう?」
「……喧嘩をしたのかと」
「夢から覚めて母に会いたかったんです。でもできないから、どうしたらいいかわからないから、降谷さんがそばにいるならなんとかなると思って覚悟を決めて電話をして、私の夢の中なんだから、私が知ってることを聞いても夢だから答え合わせになんかならないと思って、だから、私の知らないことを教えてほしかったんです。それでも、私の知らないことだから答え合わせなんてできないし、結局わからないことだらけなんですけど。でもそれでも、母の声は私を愛してくれているし、覚悟を決めて、ここも現実だと思おうと思ったんです」
「……」
「……私の世界だとここは物語の世界だって言ったじゃないですか。ジャンル、推理漫画って言えばなんとなく察してくれると思いますけど、覚悟を決めてもこの町はただの一般人には怖かったんです。降谷さんの守ってる場所を危険な場所だとは言いたくないけど、でも、怖いんです。だから引っ越そうと思いました。ここに住む覚悟を決めたのに、また目が覚めたんですけど」
「それがあなたじゃないあなたが現れた原因ですか」
「それはわかりませんけど、まあ、私が夢を見ていない間は誰かが私をやらないと、それこそ辻褄が合わなくなってしまいますもんね」

 難しい顔で黙り込んだ降谷さんを、被告の気持ちで判決を待つ。

「そもそも私の顔をした誰か、って降谷さんは言うけど、そっちが本物かもしれないですよ?」
「は?」

 重い沈黙に耐えきれずに空気も読まずに軽口を叩かなきゃよかった。芸術のように綺麗な顔で怖い顔するの本当に怖いからやめてください。このタイミングで軽口を叩いた私が悪いんですけど。

「俺を見て変な声を上げて変な予言をするのが俺の知ってる本物の君だ」
「……変な女ですね……」
「君のことだが?」
「いやわかってるんですけど、……ちょっと面白くて」
「……君は面白いと涙を流すのか」
「ふふ」

 降谷さんの前でみっともない姿を晒したくないのに、降谷さんの前で号泣するの、2回目だ。だってなんだか心強くて。降谷さんに太鼓判を押されたら、もうそれが本当の本当だって気がして。なんだか安心して涙が出てきてしまう。降谷さんにハンカチを貸してもらうのは二度目だけど、安室さんの姿と違って今度は降谷さんだからか少し拭うのが乱暴で、少し痛くて、なんだかその痛みも本当の証のようでまた嬉しくなる。


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