▼▽▼

 泣き止んだ私に降谷さんはまた一言、信じる、と呟かれて小さく笑う。当人の私ですら二、三度現実逃避をしたことを他人がそんなすぐに信じられるわけがないのに、優しいなあ。

「……そんなに物語の俺は嘘ばかりついてるのか」
「いえ降谷さんは正義の塊でかっこいいですよ」

 なんだか少し傷付いた表情になった気がして、気のせいかもしれないけど慌てて首を振って否定する。

「だけど俺の言葉はあまり君に届いていない」
「降谷さんが私を本物だと言ってくれて、嬉しくて泣いたのに?」

 それはそうだが、と不本意そうな降谷さんに苦笑する。目的のためなら手段を選ばない降谷さんを見ているせいで優しい言葉や甘い言葉を信じることはできないから申し訳ないけど、でも、降谷さんの正義は信じているから。

「……なんだか違う気がする。君は確かに俺のことを信じてくれていて、きっと俺のことが好きだからこうして色々助けてくれてるんだろう。だけど、なんだろうな、……俺のことを好きだからこそ、俺のことをよくわかっているからこそ、信じてくれていないような気がする」
「最終的には信じているんです。ただちょっと、予言……情報目当てかな?って気持ちになるんです。ごめんなさい」
「…………」

 難しい顔になった降谷さんに申し訳なくなる。私なんかの情報が役に立つならいいんですけど、でももう言えるものは全部言ってしまったからもうこれ以上はないですよと、なんだかもうそう言えば言うほど怪しさ満点なのは自分でもわかってるんです。わかってるけど事実なんですもん。降谷さんには休んでほしいんです。

「何も質問しなければ情報目当てだと思わないか?」
「……いや降谷さんはすごい人なので些細な私の言動できっと情報が引き出せますよね……?」
「……八方塞がりだな」

 呆れたように笑われて思わず私もつられて笑う。申し訳ないです。降谷さんがすごすぎる人なおかげで疑心暗鬼です。

「俺のことが好きなら信じてくれないか」
「……好きだからこんな変な女見張ってないで休んでほしいんですよね……」
「……見張ってると思ってたのか?」

 ものすごく驚いた顔で聞かれて逆に私も驚く。えっ見張ってなかったんですか? 変な女すぎて逆に大丈夫だと判断してたんですか? それはそれでどうかと思います。

「……見張ってると思ってたのか……。いや、そりゃ……悪いが一応一通り調べはしたが、見張ってはいなかったぞ」
「どうしてですか?」
「命の恩人だから。犯罪に身を落としていたら命の恩人でも逮捕するが、調べた結果は白だったし、俺が個人的に会いに来てるだけだ」
「個人的に」

 個人的に会いに来ているとはなんだろう。対して役に立ってないし降谷さんがただ頑張っただけだから受け取るお礼もないけど、それでもと言われてあんまり納得はしてないけどなんとか受け取った。から、お礼でもないはず。それならやっぱり怪しまれてると思うのが普通だし、疑うのは警察の仕事だから別に嫌な気にもならないし、そんなに甲斐甲斐しく優しく接してくる必要なんてないのに。

「……なるほど」

 降谷さんが個人的に会いにくる理由をうんうん考えていれば急に納得されて顔を上げる。
 上げなきゃよかった。
 真顔の降谷さんが私の目をまっすぐ射抜いていて固まる。おかしなことを言った時の「は?」みたいな塩対応の顔より真顔のほうが怖い。美人の真顔はとてもこわい。はじめて知った。
 怒らせてしまったのか、呆れられてしまったのか、何もわからないから余計にこわい。でも私が何かしでかしてしまったということは馬鹿でもわかる。降谷さんが理由もなくこうなるわけがない。

「君と俺の関係を簡潔に言ってみてくれ」
「え」
「ぱっと思いついたものでいい」
「憧れの人と、モブ……?」
「……同級生ですらないのか」

 真顔だった表情にようやく色が戻ってほっとするけど、呆れられた表情に変わっただけで何も安心はできない。でも何もかもの感情が削がれたかのような真顔よりは全く怖くないから良し。それにしても、同級生、とは。

「……私、降谷さんと同じ学校設定なのはわかってるんですけど、正直なところ、その時はたぶん10分も夢見てないんですよね……もったいないですよね……体育祭とか文化祭とかで活躍する姿見たかったです」

 制服着てたのは覚えてるけど、顔が良いって思った5分と、命大事にって言ってなんだこいつみたいな顔された5分と、その感覚しかその制服着てた覚えがないから同級生って感じが全くない。ちょっと駆け足すぎてもったいない。

「まあ確かに関わりは薄いが……じゃあ知人」
「そんな恐れ多い」
「知人でか」

 即答した私に溜息をつきそうなほどの呆れ顔の降谷さんに申し訳なくなる。

「……俺は君のことを友達だと思っていた」
「え」
「確かに君は怪しすぎる人だったけど。たまに会って話したりするのは友達じゃないのか? まあ君からすればそれは取り調べだと思っていただけだったのが今判明したが」

 ともだち。
 ちょっと待って友達ってなんだっけ。

「……大丈夫か?」
「ともだち、調べていいですか」
「……」

 やばいなこいつ、なんて目で見られながらもどうにか同意は得たので携帯を取り出して意味を調べる。ともだち、友達。
 ともだち、とは、勤務、学校あるいは志などを共にしていて、同等の相手として交わっている人。
 一番最初に出てきた文字を目に入れて、ついでに声にも出す。

「……学校、は確かに同じ設定ですけど、その」
「さっきも聞いた。時間にして十分もないんだろ。俺も君と話したのは、君曰く、夢を見ている時だけだ。君じゃない君と学校で話したことなんかない。それでも俺は君のことを友達だと思っている。同等の相手というのが引っかかるのは、俺だってそうだ」
「そうですよね、私と降谷さんが対等だなんて」
「本来なら、俺がもっと立場をわきまえるべきなんだ。命の恩人に馴れ馴れしすぎるだろう」

 ひ、と喉の奥で声が引きつる。同意を得られたと思ったのにまさかの真逆の考えに恐れ多すぎて気絶してしまいそうだ。降谷さんに、立場をわきまえるべきだなんて思わせてしまった。あの、降谷さんに。

「たいしたことしていないんです……」

 消え入るような声しか出なかった。

「夢だと思ってたんです」

 命の重さなんて考えてなかった。そりゃ死んでほしくなくて、みんな助かってほしくて、その気持ちは変わらないけど、ただ楽しんでた。どうせ夢だしこうなったら嬉しいな、って。

「志なんて、ないんです」

 降谷さんのように、正義を貫こうとしたわけじゃない。夢だと思ってなんの覚悟もなく、ただ楽しんでただけ。夢じゃないとわかってたら行動できたかどうかもわからなかった。

「別にいいだろ」
「え、?」
「君は一般人で、鍛えてるわけでもない。夢だと思ってたから行動に出て、結果俺たちの命の恩人になったけれど、これを最初から現実だと思って行動してたら俺は怒ってたかもしれない。無謀な行動はやめろと。もし君にも不測の事態が起きて、守るべき民間人に庇われて警察官だけが助かっていたらなんて考えるだけでも恐ろしいことにならなくてよかった。……みんなが助かったあとだから後出しジャンケンのようにいくらでも都合の良いように言えるし卑怯でかっこつけてるだけかもしれない、でも、夢だと思ってくれててよかった。民間人は平和で穏やかに過ごしてただ自分の命を大事にして生きてほしい。無事でよかった」

 降谷さんを見上げると目を真っ直ぐ見つめられながらもう一度、無事でよかった、と微笑まれる。ぐ、と涙が出そうになるのをこらえてその優しさに甘えて頷くことしかできなかった。
 無事でよかった、景光さんをどうにか助けようとしたあの時、もしかしたら黒の組織に目をつけられてたかもしれない。鉢合わせてたかもしれない。無事でよかった、本当に。

「……ところでどうすれば友達になってくれる?」
「え」
「俺のことを理解してくれて、命の恩人で、面白い人とは離れたくないだろ。……理解してくれてるせいで友達になるの難航してるが」

 真面目な空気が霧散して気が抜ける。どうしてそこまで私なんかと友達になりたがるんだろう。いや理由も言ってくれたけど不本意だし。理解してるなんておこがましすぎるし、命の恩人なのも正直ちょっと話しただけであまり役に立ててる感ないし、……面白い人、っていうのは、まあ、その、うん。どういう意味なんだろう。どんな意味かによっては否定したいし。

「……友達なら私じゃなくても」
「君と友達になりたいのに君以外と友達になってどうするんだ」

 馬鹿なのか、という視線を向けられて、それは友達になりたいと語りかけてる人に向ける視線じゃないですと思いながら体を縮こませる。

「友達ってなにするんですか」

 私の声はかぼそいままで、尋問じゃないのに尋問されてるかのような気持ちで降谷さんを見つめる。嘘です、ちょっと目を合わせ続けるのは心臓に悪いから形の良い鼻あたりを見つめてます。失礼なのはわかってるんだけど、こんなに長いこと対峙したことがなくてもう心臓がもたなくて。

「……他愛もない話をしたり、笑ったり、喧嘩したり、……改めて聞かれると俺もわからないな」
「降谷さんと喧嘩なんてしたら私死んじゃいます」
「当たり前だが犯罪者でもない女性に手荒な真似はしたことがない」
「いえそういう物理的な意味じゃなくて精神的な意味で……。降谷さんと喧嘩なんて、考えるまでもなく私が悪いことしたんだろうし……」

 物理的な意味だったとしても死ぬけど。フロントガラス割っちゃう人だもん。普通の車のならわかるけど、降谷さんの車ならもっと頑丈に加工されてそうだし、それ割っちゃえるならもう私なんてポキッだよ。いや降谷さんが意味もなく暴力振るうわけがないのはわかってますけど。

「……それをいうならそろそろ折れてくれないか?」
「え?」
「今も十分俺たち、喧嘩してると思うんだがな」
「え」
「友達になるならないで喧嘩してる。だろ? ……別に友達にならないことが悪いことなわけではないけど、そんなに俺の言うことが絶対なら友達になってほしいっていう俺の願いも二つ返事で頷いてほしい」
「屁理屈じゃないですか……」
「それくらい必死なんだ」

 言葉とは裏腹にやれやれと肩をすくめてお茶目な感じで言う降谷さんがなんだかおかしくて思わず頬が緩む。

「……そうですね、……そうでした。私、降谷さんが幸せな世界が見たかったんですよね、なら、降谷さんの思う通りにするべきですよね……むずかしいですけど」
「……君と話してると、まるで神様にでもなった気分になる」
「ほぼそのようなものです」
「それを利用させてもらっておいて言うのもなんだが神様扱いじゃなくて友達扱いしてくれ」
「……わがままですね」
「知ってるだろう?」

 降谷さんのわがままは正義にだけ発揮していただきたい。私に対してわがまま発揮してもなんの得もないです。物語をつぶさに覚えてるわけでもない、ただの凡人です。もっと色々読み込んで何もかも覚えてたらもう少しお役にも立てて自信を持って友達になれたかもしれないのに、ただの凡人だから少し肩身がせまい。

「……あの、えっと、じゃあ、友達扱いってどうすればいいですか」
「普通でいい。友達って何か考えて何かしたりするわけじゃないだろ」
「そうですけど」
「ふ」

 何が面白かったんですか。とても素敵な笑顔だったので大抵の理由なら受け流せますけど理由によっては戸惑います。

「……悪い。楽しいなと思っただけだ」
「ひえ」

 穏やかな笑みは受け流せなかった。心臓に悪い。

  ▼▽▼

「あの、……あの、……これはその、降谷さんを信じてないから言うわけじゃなくて、……その、本当に何も言えないんですっていうのを信じてもらいたくて」

 友達扱いしてくれと言ってくれた早々話を蒸し返して申し訳ないけれど、大事な話だから仕方がない。降谷さんは私を友達として扱ってくれようとしていて、私を疑って情報を探ろうとしているわけじゃないことはちゃんと理解した。でも、私の知識は降谷さんにとって未知で、何が情報で、何がそうじゃないかすらわからない。未来が変わってしまった今、私の知識だってあやふやで確かなものじゃない。そんな不確定な情報を教えてしまって逆に変に先入観を持たせてしまうのも危険だ。
 だから、きっと降谷さんには勘づかれていることの方が多いだろうけど、悲しい結末を辿った歴史を、事実だけでも降谷さんに伝えたほうがいいんじゃないだろうか。そう考えて口を開く。

「……みんな生きてて、みんながみんな、人生の主役なんですけど、……この世界は、……」
「俺は主人公じゃないんだな。……こんなにも色男でハイスペックなのに」
「ふふ」

 言いにくかったことを降谷さんに引き継がれて口が引き攣ったのも束の間、私を和ませようとしてくれたんだろう降谷さんの冗談混じりの言葉に思わず頬が緩む。

「降谷さんが主人公のスピンオフもありました」
「さすが。見る目があるな」

 ことさらに明るく合いの手を入れてくれる降谷さんに緊張が和らぐ。降谷さんの方がこんな話、聞きたくないだろうに。だって、自分が紙に描かれていたキャラクターだなんて話、誰が聞きたいの。生まれて、泣いて、笑って、怒って、悲しんで、喜んで、そんな経験全てが紙に描かれたものだなんて聞いてて気持ちの良い話じゃない。それなのに降谷さんは私を気遣う余裕を見せてくれる。

「……だけど私は降谷さんが大好きで、……幸せになってほしくて、……だから、夢の中だけでもって」
「……うん」
「降谷さんの大事な人、全員亡くなってて、みんなを背負って一人で立っていて、そんな強くてかっこいい人を大好きになったけど、……夢の中でくらい幸せに笑ってほしくて、だから、……」
「……ありがとう、君のおかげで俺は何も失わずに済んでるんだろう? 萩原も、松田も、ヒロも、伊達も、みんな、君が助けてくれた」

 やっぱり降谷さんは私の行動だけで誰がどうなったのか理解していて、だけど降谷さんの感謝の言葉にそれは違う、と思わず反射的に首を振ってしまった。だって本当に私は何もしていない。本当に私が何かできたのは、伊達さんの腕を引っ張ったことだけ。

「君は認めないだろうけど、君が助けてくれたんだよ。君が俺を見て奇声を上げて、命を大事にしてくれと言ってくれたから。普通の人に言われたって聞き流してしまうけど、君が、君だったから俺の印象に残って萩原たちに根気よく説教できたんだ。君のおかげなんだよ」

 私の目をまっすぐ貫いて言い切る降谷さんに唇を噛む。降谷さんと口喧嘩して勝てるわけない。だから首を振って会話を終わらせることしか私に逃げ道はない。そんな私を呆れたように笑いながらも追撃しないでくれる優しい降谷さんにほっとした。

「降谷さんたちの話は、物語が始まる前の話なんです。だから、過去が変わってしまった今、私にはもう本当に何がどうなるかはわからなくて。だって、降谷さんだけでも強いのに、みんな、みんな生きてくれているから」

 ぐ、と言葉に詰まった私を静かに見守ってくれる降谷さんにこれ以上どう伝えればいいのかわからなくなる。というか、結局なにも伝えられていない。でも、私の中途半端な知識で変な先入観が入るのだけは避けたいし、だけどじゃあどう話せばいいのかなんてわかるはずもなく結局同じことの繰り返しになってしまう。

「……ひとりしかいない俺は大変そうだな」

 ふ、と微笑んだ降谷さんに胸が痛む。だけどひとりなのにあんなに立派に正義を貫けたのはやっぱり心にみんながいたからで、ひとりだけどひとりじゃなかったんだと思う。
 でも何を言っていいかわからなくて口をつぐむ。

「俺は君のおかげでみんな生きてるしみんな巻き込んでやったからな」

 はは、とドヤ顔で笑った降谷さんにシリアスが吹っ飛んだ。え。

「だっ、だ、大丈夫なんですか」
「自分の口で降谷だとバラしたことはないから安室として接してはいるが、まああいつらも優秀だからな」
「そ、え、……そう、え、」
「はは。俺の同期は頼もしいから」
「そう、です、ね?」

 なにか吹っ切れたかのような降谷さんにひたすら戸惑いを隠せない。たしかにこの間も松田さんと萩原さんだけだったけど喫茶店にいて安室さんと仲良く話していたけど。
 でも私が勝手に戸惑っているだけで、降谷さんからしたらもう長いことそれが当たり前の風景で、戸惑うけれど、それ以上に胸があたたかくなる。

「……あー……憧れの人から降格したか?」
「いえそんなことは全然ないです。え、どうしてですか」
「君は一人でなんでもできる俺を好きになったから」
「ひえ、いやそうじゃなくて、確かに私の知ってる降谷さんは……そうなんですけど、でも、だからって憧れがなくなったりとかは絶対ないです。降谷さんがこの国を嫌いになるのと同じくらいの可能性しかないです」
「絶対揺るがないじゃないか。そんな軽々しく言うものじゃない」
「軽々しくなんかないです。降谷さんの正義が好きなので」

 ふ、と空気が抜けるような笑みを浮かべられてぎゅ、と心臓を掴んで呻く。

「友達の笑顔見てそうなる人は滅多にいないから頑張って慣れていこうな」
「がんばります……」
「そんなにも頑張れなさそうながんばりますははじめて聞いた」

 はは、と更に楽しそうに笑われてぎゅうぎゅうと胸をおさえる。心臓が出てきちゃう。あぶない。
 結局私の心のつかえがほんの少し取れた程度で降谷さんからすればなんの情報の更新もなくて本当に申し訳ない。いや降谷さんは全くそんなこと気にしてないんだろうけど、勝手に申し訳なく思ってしまう。


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