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事情聴取を受けるのかと思ったのに、お医者さんのような方に健康診断だけされて降谷さんと一緒に自宅に戻ればマンションの前に小さな小さな何かが蹲っていて目を見張る。あ、と降谷さんがどこか間抜けな声を漏らしたのをきっかけにぴくりと俊敏にその小さな何かがこちらを向いた。
「よかった! 無事なのね?!」
いつぞやは踏ん張れなくて情けない悲鳴をあげてしまったけど、今回はどうにか体が動いてしゃがみこんで受け入れ態勢ばっちりで哀ちゃんの猛ダッシュを受け止めることができて感無量の気持ちになる。ウッ、とは言ったけど。ちょっとあまりの勢いに一瞬そのまま後ろに倒れそうにもなったけど、降谷さんの手のひらがそっと私の背中を支えてくれて無事お姉ちゃんの貫禄を保てました。重ね重ねありがとうございます。
「哀ちゃんが伝えてくれたんですよね、ありがとうございます」
「お礼言われることなんて何もしてないわよ! 何もできなくてずっと待ってて……なのに何この男なんでいつも以上に胡散臭いの?! お姉ちゃんが無事だったことを喜びたいのに、それ以上に腹が立つ顔だわ!」
震える声が首筋にかかって申し訳なさに胸が締め付けられたのに、次の瞬間顔を上げたのか、私の背後にいる降谷さんに向かって怒鳴りつける哀ちゃんの声に違う意味で心臓がぎゅっとする。びっくりした。この小さな体のどこからそんな迫力のある声を出せたの。
私に抱きついたまま、手負の獣のように降谷さんに噛み付く哀ちゃんをどうにか落ち着かせようと背中を撫でる。
「僕、恋人になれたんです」
「は?」
「ちょ」
降谷さんが一体どういう表情をしていたのかはわからなかったけどその放たれた一言で哀ちゃんが何に怒っているかは一瞬で見当がついた。一瞬、私を乗り越えようとしたのがわかって慌てて哀ちゃんを抱きしめる強さを深めて宥める。
「浮かれるのも仕方ないですよね」
ちょっとやめてください。火に油を注がないで。
「はあ??? 私がひとりでずっと不安で待ってる間ラブコメしてたっていうの?!」
「あ、あの早く帰ってこなくてごめんなさい」
「お姉ちゃんは何も悪くないわよ! 今思い返したらこの男帰ってきた時、あ、て言ったでしょ?! 私のこと忘れてたんでしょう?!」
哀ちゃんの怒号に、私も思い当たる。あ、て言ってた。聞こえた。降谷さんにしては珍しい、間抜けな、あ、を聞いた。
怒りながらも私のそばから離れようとはしない愛らしい姿に、よいしょ、と心の中で勢いをつけて抱き上げて立ち上がる。わっ、と今度は哀ちゃんの聞いたことのない可愛らしい声が耳元で上がって頬が緩みながら背後にいた降谷さんに向き直った。
「……忘れてたんですか?」
「いえ、……あの、連絡は確かに忘れてましたが、ここで待ってるなんて知らなくて、その、家に帰ったものと」
「……どうしたらいいか、わからなかったんだもの」
「それに関しては本当にすみません。僕も頭に血がのぼっていたもので……」
「血なんてさがりきって、デレデレになって帰ってきたくせに」
「……すみません」
私の首筋に再度顔を埋めたままちくちくと降谷さんを刺し続ける哀ちゃんに、当事者のくせに私がどう声をかければいいのかわからなくて結局抱き上げたままあやすしかできない。
「ねえ、今日はお姉ちゃんと一緒にいたい」
「それは困ります」
哀ちゃんの小さな小さな甘えにときめく前に、困ったような顔をした降谷さんが即答して気を引き締める。確かに。さっきはとりあえずの健康診断だけで帰してもらえたけど、一応黒の組織が関わっているらしい人たちに誘拐されたんだから事情聴取諸々がきっとあるはず。まあ力になれそうなこと何も聞けなかったのですぐ終わるかもしれないけど、哀ちゃんのそのお願いは可愛らしくてすぐにでも頷きたいのをどうにか我慢して堪えた。
「恋人になれた初日なんですよ、譲ってください」
「エッ」
なのに降谷さんから告げられた理由に素っ頓狂な声が出てしまった。というか、声になっていただろうか。喉が引き攣った音でしかなかったんじゃ。ばちりとあった降谷さんの視線が、甘く、とろけていて思わず哀ちゃんを抱く力が強くなる。
「家族の方が優先順位高いわよ」
「恋人が誘拐されて帰ってきたんですよ? 片時も離れたくありません」
「誘拐された時は友達ですらなかったでしょ」
「ちょっと。痛いところ突くのやめてくれません? あと僕も人目を憚らずに恋人を抱きしめたいのでいい加減どいてくれませんか」
「私に言われても困るわ。お姉ちゃん、が、私を抱っこしてくれてるのよ」
「降ろしてください」
「降ろさないで」
待って待って待って。変な喧嘩はじめないでください。あと私に矛先向けないでください困ります。これどう答えるのが正解なんですか。哀ちゃんを降ろしたら話の流れ的に降谷さんと抱擁しなきゃいけないんですよね。そりゃ、あの、もう、恐れ多くても恋人になったわけだし、なんならあの、キスもしちゃったわけだけれど、そんな予告を受けてしまったらそんな、そんな、
「ふ、ふたりで私を困らせないでください……」
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「あの、」
「結局俺を選んでくれなかったこと、拗ねてる」
私が何かを言う前に降谷さんに恨み節を言われて開いた口を閉じる。あれから結局私の腕が限界を迎えたのに気付いた哀ちゃんが自ら降ろしてと耳打ちしてくれるまで私を挟んでの争いは続いた。結局私は何も口を挟めなくて、それでもなぜか哀ちゃんは勝ち誇った表情で、降谷さんからは笑みが消えた。帰るわ、と満足げな哀ちゃんにもう遅いからと送ろうとしたけどいつの間に連絡したのか車に乗った風見さんが不意に現れて送迎を任されてくれた。哀ちゃんは最後まで送迎なんて必要ないと拒絶していたけど、降谷さんがひょいと哀ちゃんを軽々持ち上げて後部座席に乗せて有無を言わさず発車した。知らない人から見ると誘拐現場にしか見えないなあなんて、今日あった出来事を思い出して苦く笑ったのも束の間あれよあれよと言う間に私の部屋のリビングに座っていて相変わらず手腕がすごいなぁなんて、回想という名の現実逃避。
「選んでくれなかった。……恋人なのに」
「だっ、て……降ろしたら抱きしめる宣言されて、それで降ろしたら、まるで私が抱きしめてほしくて降ろしたみたいになるじゃないですか」
「それでいいじゃないか。何が駄目なんだ」
何が駄目なんだと言われてしまえばもう私は何も言えなくて唇をもぞもぞ無意味に動かすしかできない。本当にそれしかできない。だって、私の膝の上には降谷さんの頭が乗っている。あれよあれよという間になぜか、本当に、いつの間にか、気付いた時にはもうこの体勢だった。綺麗な金色の髪の毛がさらさらと揺れて、降谷さんが話すたび、腹部がなんだかくすぐったい。膝枕の状態でがっちり私を抱きしめていて私に逃げ場なんてなく唸ることしかできない。
「……恋人なのに」
「……」
「呆れてるか?」
「ひえ」
さらりとカーテンのように綺麗に髪が揺らめいてお腹に埋もれていた綺麗な顔が私を見上げる。一瞬不安そうな目が覗いたのに、私の奇声のせいで台無しになってしまった。すみません。
「……こほん、呆れてないです」
「反応見たらわかったからそれはいい。それよりもいつになったら慣れる?」
「それはその、……善処します」
「その言葉はやる気のないやつが言う台詞だぞ。俺も使ったことあるから知ってる」
「……だって、……まぶしくて」
私の精一杯の誤魔化しは即刻跳ね除けられて小さく呟く。
「……毎分毎秒きれいで。あとその、目が、目が駄目です」
「いたい」
全く痛くなさそうな悲鳴が聞こえたけど、降谷さんの目を覆い隠した私の両手はどけられない。降谷さんが私をからかう時の視線だっていつもと違って戸惑ったのに、その時よりももっと、もっと違う降谷さんの目に成す術もない。
「頑張って慣れて。毎分毎秒美しくなると君は言うが、俺の中でも毎分毎秒君が愛しくて仕方ない気持ちが膨らんでいるから少しずつでも慣れてくれないと君に何もできない」
何もできない、とは。
「友達の関係じゃできないこと」
私の表情から察することもできない降谷さんに心の声の返答のようなものを放たれて、心の声のはずだったのに外にこぼれてしまっていたんだろうかと動揺する。
「もう一回できたけど、キスとか、」
びくり、と全身が固まって、だけど手だけは俊敏に動いて片手を降谷さんの瞳に、片手を口に当てて塞いだ。もご、と続いた言葉はくぐもって、何を呟かれたかもわからなかったけど、言い切った後に降谷さんが小さく笑ったのは手のひらに空気が震える感覚が伝わってわかった。
目も口も覆い隠してしまって、だからって私が何かを発言できるわけでもなく、私の膝の上でしばらく降谷さんがくふくふと楽しそうに笑う振動だけが伝わってぐるぐると思考を巡らせる。これどうしたらいいんだろう。
どうすればいいのか考えても、顔全体をほぼ覆い隠しているのに毛穴どこにあるんですかってくらい綺麗な鼻も笑う振動で髪が揺れて綺麗な額が覗き見えて、もうなにか被り物してくれないと降谷さんの美しさが隠しきれないという事実がわかっただけ。
考え事をしていたせいか、していなくてもきっと私には気付かないまま、いつのまにか私の手首は降谷さんの手にするりと掴まれてしまってゆっくりとだけど確実に、いとも簡単に私の目隠しも口塞ぎも解かれてしまった。
「ぅ」
「……うん、かわいい。大丈夫、……君が慣れるまで、なんて言ったら一生無理そうだから言わないけど、無理強いはしないから」
私のことをよくよくわかってくれている降谷さんに申し訳なく思いつつもほっとして小さく頷く。
「嫌われない程度にからかいはする」
なのに意地の悪い降谷さんの低い声で呟かれた言葉にぎょっとして反射的に逃げようとしてしまって、両手首をそれぞれ捕まれ足は降谷さんの頭で動けなくて早速有言実行する降谷さんに私はいつも通りの奇声。そんな私を見て満足そうに笑う降谷さん。
犯罪で危険な目にあうより、降谷さんがかっこよすぎて心臓がもつかの方が心配になってしまった。