▽▽▽安室サンの彼女
「あっ、安室サンの彼女だ」
「……なんか微妙な顔してんだけど本当に恋人か? あいつちょっとやべえからまさか同意得てないんじゃ」
「えっまさかそんなことはないだろ、……そんなことないよな? え? 大丈夫? 俺たち警察官は市民の味方だから本当のこと教えて?」
「おい」
安室透としては出してはならない、というかバーボンでも出したことのないだろうドスの低い声が思わず漏れてしまう。
2人とも素早く俺と彼女の間に立って警戒態勢に入ってしまったせいで余計に眉間に皺が寄る。まあ、今はいいか。周りに誰もいないし、……だって彼女も遠ざけられた。
「……どうしてあなたも変な顔したんですか」
「いえあの、……安室さんの彼女、なのかな、っていう、その、」
二人の壁の隙間からひょこりと顔を覗かせて申し訳なさそうに呟く姿に既視感を覚える。なんだか友達になるならないで言い合いをしたいつかもこんな会話をした気がする。どちらかといえば一般的に好感度が高いのは安室だと思うのに、彼女の降谷第一はどうにもこうにも揺るがないらしい。降谷を好いてくれているのは、本当の俺のことだし、もちろんものすごく嬉しい。嬉しい、が、安室だって偽りの姿とはいえ全部が全部偽りではないからなんだか毎回フラれた気分になって傷付く。あと同期にやべえやつという認識を持たれていたことが発覚して普通に傷付いた。いや、まあ……いつか手遅れになるなよと忠告してくれるほど俺が自分の気持ちに鈍かったことや、彼女がいなくなって荒んでいた姿も見られているからその認識になるのもわかるが、断じて思い込みの激しいストーカーではない。
「……ほらやっぱやばいってちょっと安室サン疲れてたのかな? ごめんね、俺らの勘違いだったみたい」
「恋人です」
「本当か?」
俺が話したことを妄想だと処理して彼女を安心させようとする萩原に慌てて断言する。つい浮かれて報告したのは疲れた故の妄言じゃない。事実だ。ただちょっと彼女が降谷を好きすぎて安室と降谷をうまく処理できていないだけで。
断言したのに、なぜか余計に疑い始めた松田に泥沼。これどう動いても泥沼にしかならない。どうすればいいんだ。
「あっ、あの、すみません、その、ちゃんと恋人です。その、ただ、安室さんの彼女、っていうのに慣れなくて」
「……本当に? 脅されてない?」
同期のことそこまで疑うことあるか? ひどくないか?
「脅されてないです。あの、最終的にちゃんと私からも告白しました!」
「……ええ……おまえそこは……おまえ……頑張れよ……」
「いや……今お前から告白するのは立場的にも難しいかもしれないけどよ……そこはバシッとお前が決めろよ……お前の方がやばかったんだからさ……」
疑いの目の次は憐れみの目。いや俺からも告白した。した結果泣いて気絶され、……あの時のことを思い出して渋面を浮かべてしまう。
隙間から見える彼女もどこか気まずげで、更にそれが心臓を抉る。あれは全面的に俺が悪かった。悪かったからあの情けない告白は忘れてほしい。いや告白を忘れられると困る。どうにかこうにか薔薇を抱えてスマートに告白したことに記憶を書き換えてくれないだろうか。無理か。くそ。
「いや、も、っつったな。お前一回告ってフラれてんのか」
気付くな。
松田の顔が面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりに途端にニヤけてどんどん安室の表情を失っていきそうになる。
「えっ安室サン振る子いるんだね。なんで? 胡散臭かった? 付け焼き刃だもんね安室サン」
おい。
付け焼き刃ってなんだ。安室は萩原を参考にしているんだからそれは自分も貶していることになるんだからな。気付いてるのか。
「あの、あの、……安室さん、はその、ええと、安室さんは悪くなくて、その、心の整理が……できていなくてですね、その、……ずっと好きだったんですけど、自分の気持ちをちゃんと理解できていなくて、ええとだから、……ちゃんと大好きです」
「……」
「……」
「……」
「おい噛みしめたいのはわかるけどなんか言えよ」
「僕も大好きです」
ちげえ、と松田に思い切り肩を殴られた。痛い。ということは夢じゃない。嬉しい。人目のあるところで好きだと言われるのがこんなに嬉しいとは思わなかった。はは、と笑ってしまって今度は無言でもう一度強く殴られる。俺が殴られるたびに悲壮感あふれる彼女の表情も愛おしくてつい笑ってしまう。
「そろそろ僕の彼女、返してください。僕の彼女です」
「こいつうぜえな、もう一発殴るか」