▼▽▼予告
「私、本当にあなたの妹になろうかしら」
「えっえっ、どっ、どういうことですか」
さあっと顔が一瞬で青ざめるのがわかった。お姉ちゃんと呼んでくれるのは受け入れたし、嬉しいけど、そんな、全力で明美さんを敵に回すようなことしたくない。かわいいかわいい妹がどこの誰ともわからぬ女の妹になろうとしてるなんて、本当の姉の立場からしたらあまり気分のいいものじゃないはず。まだ一度も会ったことのない明美さんの好感度を下げたくない。これからも哀ちゃんと普通にお話しできるように、哀ちゃんのお姉さんに嫌われたくない。
「……なに、私のこと、妹にしたくないの? いや?」
蒼白としている私を見て機嫌が悪そうに睨みつけてくる哀ちゃんにブンブンと首を振る。勘違いしないでほしい、哀ちゃんが妹ならとってもとっても嬉しくて毎日が幸せなのは間違いなし。ただただ哀ちゃんの本当のお姉さんに申し訳ないだけで。
「……お姉ちゃんはそんなことであなたのこと怒らないわよ」
それを拙くもどうにか伝えれば呆れたように笑われる。
「それにお姉ちゃんを替えたいって言ってるわけじゃなくてお姉ちゃんを増やしたい、だから大丈夫よ」
「そ、ういうものですかね」
「そういうものよ」
何が大丈夫なのかさっぱりわからないのに力強く言い切られて思わず頷いてしまった。
「あの、それで、なんでそんなことを言い出したんですか」
「私達、物語の登場人物なんでしょう?」
「いや、それは、その、私はもうどっちも現実だと思っててその、」
「変な気は遣わないでとりあえず聞いて」
私のよくわからない言い訳は哀ちゃんにすぐ止められて口を閉じる。気を遣ったわけじゃないんだけどどう言葉を紡げばいいのかわからなくてしどろもどろになってしまった。
「お姉ちゃんは登場人物じゃないから存在があやふやになるんじゃないかと考えたの。だから、私が本当にお姉ちゃんの妹になればお姉ちゃんも登場人物になって存在がしっかりするんじゃないかしら、って。お姉ちゃんが灰原になってもいいし、私がお姉ちゃんの妹になってもよくて、……でも私の方が簡単に戸籍かえられるだろうし、だからさっき、本当にあなたの妹になろうかしらって言ったの。良い案でしょ?」
ふふ、と楽しそうに微笑まれて胸がときめく。えっかわいい。
あまりの可愛さに胸がときめきすぎて物理的に胸をおさえて耐える。可愛過ぎる。
哀ちゃんにきゅんきゅんときめき続けて返事も何もできない状態で呻いていた瞬間、ゴッ!と目の前で衝撃波が起きてさっきとは違う意味で心臓をおさえる。えっなに。衝撃で前髪ふわって浮きあがったような気がしたんですけども。
驚いて衝撃波があった場所をみれば机の上に、コップ、と、降谷さんの手。ということは、今のは降谷さんが思いきり机にコップを置いた衝撃なんだろうか。コップが割れてても不思議じゃないほどの音と衝撃だったんですけど、コップは無事だし、あんな音がするほど叩きつけたはずなのに水も少しもこぼれていない。どういうこと。
ほんの少しの恐怖を抱きながら手、腕、首、顔、と恐る恐る視線を上げれば恐ろしいほどの笑顔。
「ぴ」
思わず悲鳴が出そうになった。いつも通り美しいけど今降谷さんの表情に関して何か一言でも言えば蛇が私に向かってきそうで唇をきゅっと引き締める。一音変な音が溢れてしまったけど聞こえなかったふりをしてください。
「よく僕がいるところでそういう話ができましたね?」
「寧ろあなたがいる場所で話してあげた私、とっても正々堂々としてて良い女でしょう?」
────ッカーーーン!
えっ今ゴング鳴りました? なんでですか? なんでふたりはいつもそう争うんですか?
「二度手間になるので君の提案は却下です」
「二度手間? ずいぶん自信があるのね。友達にすらなれずにあんなに手こずってた人に何ができるのかしら」
火花が全力で散らされる風景に思わず助けを求めようとぐるりとポアロの店内を見回したけど私達以外に誰もいなくてできるかぎり身を縮こませて蛇をつつかないように存在感を薄くする。
「……大人には大人の事情があるんですよ」
「ふうん。私子どもだからわかんなーい」
「ぐ」
哀ちゃんの貴重なぶりっこが可愛すぎて我慢しきれずにとうとうむせてしまった。ふたりの呆れた視線が突き刺さる。相変わらずどうしようもない人だな、なんて思われてるのが言われなくても痛いほどわかるふたつの視線がつらい。
「考えておいて」
待って私があまりにも気持ち悪かったから帰るんですか。ごめんなさいちょっと哀ちゃんが可愛すぎて耐えきれなかったんですけど次からはちゃんと耐えるので、と情けなくも縋りつきそうになったけど、吉田さんと約束があるの、と続いた言葉にどうにか情けない姿を晒さずに済んだ。ホッとしたのも束の間からんころんと音を立てて爆弾だけ置いていった哀ちゃん。困ります。この空気どうすればいいんですか。
ちら、と降谷さんを見ればばちりと青い目と視線が絡んで固まる。
「僕が言いたいことがわかります?」
「ええと、」
「ヒント、あの子に先を越された上にこんなムードも何もないとこで言いたくないことです。いえ、ポアロはとても良いお店ですけどね」
あえて考えないようにしていたことを問いかけられて息が止まる。自意識過剰な答えを導き出してしまっていないだろうか。でも、たぶん、合っているはず。
「……僕だってそれくらい考えてたんですよ。なんならあなたの許可も取らずに勝手にとりあえず書類上だけでもそうしてやろうかと思いました。嫌われたくないのでやめましたけど」
だけど続いた言葉にばくばくと鼓動が早まる。いやまあ別に嫌なわけじゃないんですけど勝手に"そう"なっていたら驚きすぎて心臓止まるかもしれないので思いとどまってくれてよかった。
「あの子に先を越されたから言うわけじゃないし、あなたをこの世界に繋ぎ止めるためだけにするわけじゃなくて、ただあなたとずっと一緒にいたくて、……こういうの、予告するのっておかしいかもしれませんけど、ちゃんとした日にちゃんとした場所で聞いてくれます?」
「ひゃい」
噛んだ。覚悟してたのに噛んだ。
あとなんで降谷さんはいつも予告してくるんですか? 今日の予告はたぶんアレですよね。私自意識過剰になってないですよね。合ってますか。大丈夫ですか。
「大丈夫です、合ってますよ」
心の中でぐるぐる考えてたのがあまりにも顔に出過ぎたのか降谷さんが小さく笑った。
「あの時のように泣かせたり気絶されないように頑張るので」
「う」
急にほじくり返された悲惨な過去に呻いてしまう。これ私もダメージきますけど降谷さんもダメージないですか? 安室さんの穏やかな仮面は全くダメージを受けていなくてひたすら私だけが恥ずかしくなる。あの時はだって、ようやく友達ということに自信をもてたところだったからその、……微笑ましそうに見つめるのやめてください。
「僕からももう一度釘を刺しておきますけど、あなたもあの子にきちんと断りを入れてくださいね」
「……はい」
哀ちゃんの厚意を袖にするのはほんの少しだけ残念な気持ちになる、だなんて一瞬逡巡してしまったのがいけなかった。ぴくりと安室さんの眉が動いて降谷さんが私を覗き見る。
「いつか言いましたよね、一番ならちゃんと一番見ててください、嘘ついたら捕まえますよ、って。捕まりたいですか?」
「ひえ」
ぶんぶんと首を振って降谷さんに嘘なんてつかないと全力で否定する。哀ちゃんと降谷さんは好きの意味が違うというか。どう言えばいいのかわからなくて一瞬覗いた降谷さんの表情に首を振るしかできない。
「まあもう捕まえちゃったようなものですけどね。一生逃がさないので」
ふふ、と笑われて言葉にならない間抜けな声ばかりがこぼれた。
▽▼▽失敗
あんなにも綺麗な二度見はこの先もう二度とできない。それくらい綺麗な二度見をした私を本当に不思議そうに見つめる降谷さんが視界の端に映っていたけれど、二度見したそれから目が離せない。
「……どうしました?」
「あの、これ、この、……これ、……安室さんが小さい時からありましたか」
「これ……?」
震える指先でそれを指差す。
「いえ、僕は子どもの頃は外を駆け回るタイプでして」
私が指差し続けるそれを不思議そうに降谷さんが手に持つ。それは至って普通の週刊誌で、だけど降谷さんが絶対に手に持つことはなかった週刊誌。
「安室さん、が、載ってた雑誌……」
私の震える小さな音をきっちり聞き取ってくれたのか、ぱらぱらと雑誌を眺めていた手が止まる。
「ホー……」
視線を釘付けにしていた雑誌がばたんと大きな音を立てて閉じて呪いが解けたかのように視線を動かすのが自由になる。恐る恐る降谷さんを見上げればさっきの低い声は幻聴だったのかと思うほどいつも以上に笑顔が輝かしい安室さんがいて眩さに目を細めてしまった。
「……少し待っていてください」
「はい」
有無を言わさない笑顔に思わず姿勢を正して頷く。雑誌を持ってレジに行った降谷さんを見て私ももう一度棚に並べられているそれに視線を移した。どう見てもそれは降谷さんたちが載っていた週刊誌で、ひとつ欠けた状態で他のものは完璧に同じな見たことのある作品が載っている。
どうして、いつから、わからない。
混乱して固まったままの私のそばに降谷さんが雑誌を購入して戻ってきて思考を止める。
「……聞きに行こう」
「え、誰にですか」
「とりあえず確実に知らなそうだけど君の妹に」
確実に知らないと私も思う。でも、私のことを知っていて、事情を知っているのは降谷さんと哀ちゃんしかいない。降谷さんがいつぞや同期の方達にどう説明したかはわからないけど、それくらいの距離感だとどうなるのかわからないし、私を私と認識できる確実な哀ちゃんに聞く。
「噂をすれば」
ちょうど下校時間だったのか店を一歩出た向かいの道路で楽しげに歩く少年探偵団たちが見えた。あそこだけ輝きすぎてる気がする。将来有望すぎるのでは。ただでさえ中身が少し年上の二人を除外しても一年生にしては少し賢すぎる集団なのに。
さすが洞察力の鋭い探偵なのか真っ先に私達に気付いたコナンくんが面倒そうに顔を歪めたのが見えて苦く笑う。安室さんの露悪ムーブのせいなのかはわからないけど相変わらず謎の関係性だなあ。
哀ちゃんも気付いてくれたのか小さな手をひらりとふってくれてさっきまで動揺でざわついていた心が少し癒される。こーんにーちはー!と道路越しに挨拶をしてくれる3人の小さな子達に私も会釈する。いえそりゃ気持ち的には私もこーんにーちはー!と元気に挨拶を返したくなるほどの清々しい気持ちの良い挨拶でしたけどさすがにちょっと道路を跨ぐ大声を出すのには照れが。
「安室の兄ちゃん、デートか?」
「ヴッ」
「?! おねえさん大丈夫?!」
走って駆け寄ろうとするのをコナンくんと哀ちゃんに諌められて言いつけ通り信号をゆっくり慎重に渡ってくる姿に癒されていれば元太くんに颯爽と投げつけられた言葉に呻いてしまった。歩美ちゃんに思いきり心配されてしまって申し訳ない。散々降谷さんを見て痴態を晒していたコナンくんと哀ちゃんにはじっとりとした視線をいただいてしまった。
だってあまりにも直球の豪速球にびっくりしてしまって。
「僕の彼女、ものすごく照れ屋さんなんですよ。いつものことなので大丈夫ですよ。ね?」
「ひえ。はい。びっくりさせてごめんなさい」
「安室さんの恋人なんですか?」
待ってさっきからドストレートで投げないで。
改めて他人から言葉にされると呻いてしまう。
呻きながらもどうにか肯定すれば歩美ちゃんがものすごくキラキラした目で見てきてとても困る。かわいいですね。恋話大好きですもんね。かわいい。でもあんまり突っ込まないでほしい。豪速球すぎて心臓がもたない。
「君達に聞きたいことがあるんだけど、今大丈夫かな?」
降谷さんが唐突に本題に入るスピードも豪速球で心臓に悪い。少年探偵団達の視線に合わせるためにしゃがんでさっきの雑誌を取り出す姿を緊張の面持ちで見守る。
「いいですよ!」
「たいしたことじゃないんだけど、君達はこの雑誌、読んだことある?」
「うーん、読んだことはないけど知ってるぞ。パン焼くアニメ見たことある。美味しそうで腹減って集中できなかった」
「僕も読んだことはありませんが作品はいくつか聞いたことがありますよ」
「歩美はわかんない……」
「私も知らないわ」
「それでこの質問はなんの意味があるの?」
彼らの答えに唇が震えそうになって噛み締める。これはどういうことなんだろう。
「……いや、彼女がこの雑誌をよく知っていたらしかったから恋人として共通の趣味を持ちたくてね。おすすめがあれば聞いてみたかっただけさ」
「えー! そうなんだ!」
恋の話に繋がると分かった途端歩美ちゃんの声が楽しげに変わりふわふわと耳に滑り込む。降谷さんの言葉をただ一人理解した哀ちゃんが驚いたように私を見上げているのがわかって、安心させようとにっこりした。つもり。今の現状をどう飲み込めばいいのかわからなくてきちんと微笑みを浮かべられたのかわからない。引き攣っていたのかもしれない。だって哀ちゃんを安心させられていない。
「ねえ、……あれに、載っていたの?」
降谷さんを囲む輪から外れて私のそばにきた哀ちゃんにひっそりと尋ねられて顎を引く。そう、と哀ちゃんも思案顔になってしまった。誰も正解を知らない謎を、どう紐解けばいいんだろう。
「お姉ちゃんが知ってるもの、これだけ?」
「さっき見つけたんです、そこにちょうど哀ちゃんたちが」
「そう、」
ふたりで黙り込んでしまう。その間も降谷さんを囲むみんなは楽しげで、小学生らしく雑誌の話から漫画の話へ漫画の話からアニメの話へ、どんどん話はずれていって今ではみんなで仮面ヤイバーを語っている。コナンくんは降谷さんに迷惑をかけないようにと熱く語る小学生たちを時々諌めながら、だけど安室さんはしゃがんで目線を合わせながら笑みを浮かべてみんなの話を聞いてあげていてその光景はとても平和だ。
「確かに私にはあまり漫画のことはわからないけれど、そうだとしても全く聞き覚えや見覚えがないのも不思議だわ。あの人も知らなかったの?」
「子どもの時は外を駆け回る派だったんです、って」
「……あの男が知らないのも不思議だわ。蘊蓄が大好きじゃない」
うんちく。面倒そうに吐き出された言葉にずっと緊張に強張っていた頬の筋肉が思わず緩んだ。
「まあ考えてもわからないことを考え続けるのは探偵に任せることにするわ」
「……でも私は、私のことなので」
「お姉ちゃんは私の本当のお姉ちゃんになるかどうかだけ考えてればいいのよ」
「まだ諦めてないんですか。断りましたよね」
哀ちゃんのかっこよさにときめく暇もなく哀ちゃんと私を阻むように割って入ってきた降谷さんに驚いて固まる。少年探偵団は、とちらりと横目に見れば仮面ヤイバーの話に夢中になりすぎていて降谷さんが抜けたことに気付いていない。コナンくんだけが何逃げてんだよとこちらをちらちら見ながら興奮する一年生達をどうにかおさめようとしているけれど、こっちはこっちで修羅場です。
「お姉ちゃんからは断られてないもの」
哀ちゃんの楽しげでどこか勝ち誇った声にハッとして視線を戻した時には哀ちゃんは私達に背中を向けて少年探偵団達のところへ歩き始めていてまた爆弾だけ置いていってくれた哀ちゃんを恨みたくても恨めない。だって可愛すぎる。
「とりあえずこの雑誌の件は後でじっくり調査するとして……断ってないんですか」
「いえあのその、その話題にならなくてその」
少し微笑ましい気持ちになっていたのが降谷さんが私に向き直って向けられた視線で急降下してしどろもどろになる。
「だっ、だってその、どう断ればいいんですか。予告されただけなんですよ! 哀ちゃんになんて言えばいいんですか! 予告されただけで、ちゃんと言われたわけじゃなくて、でもそうなる予定だからって、……合ってるって言われましたけどもし安室さんの考えと私の考えが合ってなくてとんだ勘違い女になったら恥ずかしいじゃないですか! 理由もちゃんと説明できないのに断れません! 言っておきますけど今安室さん言動だけ見てたら結婚詐欺師みたいな状況なんですからね!」
────やってしまった。
言い切って、悟る。言い訳を重ねようと言葉を紡げば紡ぐほど、不満が溢れていってとうとうなにもかも全て曝け出してしまった。いくら雑誌のせいで答えのない壁にぶつかって動揺して興奮のままポンポンと吐き出した言葉だからって、恋人に投げかけるにはとてもひどい言葉の大群ばかりで心臓が一瞬止まってしまったかと思うくらい冷えて、固まった。
ちらり、と降谷さんを見上げるとどの仮面を被っているのかわからないくらい初めて見る呆然とした表情の降谷さんがいて急速に体が冷えていく。
「ご、ごめんなさい言い過ぎましたちゃんとわかってます、あったまにちょっと私が勘違いしてるだけじゃないかなって不安になったりするのは本当なんですけどでもだからって結婚詐欺師は言い過ぎましたごめんなさいあの」
冷え切った空気がちりちりと痛い。
「「きらわないで」」
「え?」
「え?」
綺麗に揃った言葉にお互いぽかんとする。なんで降谷さんがそれを言うんですか。今傷付けたのは私で、嫌われるのは私ですよね。
「……僕の台詞ですよね」
「えっ、私の台詞ですよ、え? だって私がその、言い過ぎて」
「僕の台詞です。一字一句、あなたの言葉に悪いところなんてありません。責められて当然のことばかりです。僕のことを理解してくれているからと甘えていました。前にあなたを泣かせてしまったから、情けない告白をしてしまったから、次こそはと格好つけて準備ばかりにかまけて……、でもそれでまたあなたを不安にさせて傷付けてしまっていたら意味がありません」
準備ばかりにかまけてと言いながら胸元をまさぐって出てきたケースに視線を奪われる。かぱ、と小気味良い音と共に現れる銀色に輝く美しいそれにいつ謝罪を挟み込めばいいのかとぱくぱくと開閉していた口がキュッと閉まる。
「振り回してばかりですみません。本当に、勘違いなんかじゃないんです。あの時の失態をどう巻き返そうか、あなたが好きそうなものは何か、どうすれば喜んでもらえるかそればかり考えて浮き足立って、未来のあなたばかり想像して、今のあなたの気持ちも考えずにひとりで突き進んでしまいました」
一歩、更に距離を詰められる。
銀色の輪が、さっきよりも輝いている気がした。
すぅ、と息を吸う音が聞こえて顔を上げる。
「……僕と結婚してください」
安室さんの笑顔なのに、真っ直ぐ貫く視線は降谷さんで、あまりにもまっすぐな視線に思わず視線が揺らいでしまう。
「わ、たしで、よければ、」
スマートな降谷さんとは正反対に震えて、つっかえて、だけど降谷さんの言葉に吸い込まれるように自然に頷いた。
「あなたじゃないと駄目なんです」
そういっていつの間にかふわりと優しく取られていた手を持ち上げられて目の前でするりと指輪が私の薬指にぴたりとはまる。あまりにもぴったりすぎて、当然のように私の指のサイズを知っていた降谷さんの完璧さがどこかおかしくて気が抜ける。気が抜けて冷静になった目で綺麗な指輪を見て反省する。
勘違い女にはならなかったけれど結果的にプロポーズを急かすような面倒くさい女になってしまったことをどう謝罪すればいいのかわからなくて、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが同じくらい共存している。
「ごめんなさい、その、せっかく考えてくれていたのに全部台無しにしてしまって」
「そもそもはっきり言葉にせずに不安にさせて、なのに嫉妬だけは一丁前にしていた僕が悪いです。……それに、僕達はいつもこうなので、これで良かったのかもしれないです」
だけどそんな私を慰めてくれる優しい言葉を降谷さんは紡いでくれて、今までを思い返す。
確かに、いつも感情を爆発させて関係が変わっている。いつぞやは降谷さんの怪我に怒って友達になれて、友達じゃない宣言に泣いてしまって告白されて、誘拐されて泣いて怒って喧嘩して、……全部私のせい。私が感情をきちんとコントロールできていないせいで降谷さんがきっと考えていたであろう計画をいつも狂わせてしまう。でも哀ちゃんが私達大人をつつくから。つつくつもりはたぶんなくて、本当にただ私をこの世界にどうにか繋ぎ止めようとしてくれていただけなのはわかっていたけれどそれでも結果的にキューピッドになった哀ちゃんにも感謝しながら薬指に光る指輪を見つめる。
「ただ安室透に今全力で嫉妬してるので、今度予約してるディナーでもう一度プロポーズさせてください」
小さな声で紡がれた降谷さんの言葉に顔をあげれば安室さんの笑顔なのに目はどこかまっすぐ射抜くように私を見ていて心臓が跳ねた。
▽▼▽
「痴話喧嘩終わったか?」
「式いつ? 予定全力で合わせるからさ。あっ俺スピーチしたいスピーチ!」
「歩美もいつか綺麗なウエディングドレス着たいなあ」
「あら、その時は私も呼んでくれるわよね」
「もちろん!」
待って待って待って待って。少年探偵団は仕方ないとしてなんでギャラリー増えてるんですか。なんで萩原さんと松田さんがいるの。おかしい。通行人もちらちら私達を見てる。それもまあ騒いでしまった自覚があるので仕方ない。こんな道端で騒いで申し訳ありませんでした。でもなんで萩原さんと松田さんがいるんですか。仕事はどうしたんですか。
「え? 結婚詐欺師っていうワードが聞こえたからちょっと仲裁しようかなと思ったらまさかの知り合いで眺めてた」
仕事中だった。無理恥ずかしすぎる。私の馬鹿。お騒がせして申し訳ありません。
「ははっ、証人がたくさんいてくれて僕としてはこれはこれでラッキーだったかもしれません」
待って。降谷さんは降谷さんで朗らかにちょっと怖いこと言うのやめてくれません? みんなの視線から全力で逃げようと降谷さんの背中にぴたりと張り付いて顔を隠していたのに、楽しげに笑う様子が余計に直接伝わって逃げ場がどこにもなくなってしまった。証人ってなに。私だって降谷さんが大好きで、安室さんの姿でとはいえプロポーズされたのは嬉しくて、離れるつもりは更々ないけれど降谷さんがわざわざ言葉にすると何もやましいことはなくてもなんとなくこわくなってしまう。
「ふたりきりのプロポーズも楽しみにしていてください」
安室さんの言葉で放たれた降谷さんの甘い声。
気絶しそう。