相変わらずかっこいいなあ、とたまに見ることのできる王子様の足元を見つめる。下半身すら王子様っぽい。
足が長い、長すぎる、と驚いて視線を上げたのが彼を見つけたきっかけだった。イケメン、なんていう言葉にすらおさまらないほど整った顔で王子様というあだ名が速攻でわたしの中で決定した。王子様だ王子様。青い瞳に金色の髪。彫刻のように整った顔にスタイルも良し。王子様だ。確実に王子様だ。たぶんお忍びなんだ。なんて、ありもしないことを想像して眼福の時間を無理矢理止めた。だって他人にジロジロ見られるのって気持ち悪いでしょう。視線を引き剥がすのってこんなに大変だったかしら、なんて思うほど頑張って俯いて、靴すらも王子様が身につけているというだけで高級っぽく見える。一生に一度、見られるか見られないか、そんなレベルのイケメンをおがめたことに感謝しながらその日はウキウキ気分で一日を過ごせた。
だから、今日もだ。今日も、わたしはウキウキ気分で一日を過ごせる。ありがとう、王子様。
嬉しくて緩む頬をおさえながら心の中でそっと王子様に別れの挨拶をして電車を降りた。
──────
王子様が電車に乗るのは極たまに。彼の通っている学校はここから遠いのか王子様と同じ制服の子はいない。たまに改札で見かけることはあるけれど電車内で鉢合わせるのは王子様だけだ。
今日は何故だかとてもすいていていつもは座れない席があいていたから思わず座ってしまった。近いのに。すぐそこなのに。やってしまった。そう後悔してももう遅い。誰かがきたらすぐに譲れるように気を張ろう。
気合を入れた瞬間、こつ、と足音がして見慣れた制服に肩が強張る。王子様だ!
王子様が目の前に立ってらっしゃる!
思わず変な言葉遣いになってしまうほどに動揺して俯いた。どうやら今日の彼はそこに立つことに決めたらしく動く気配がない。困る。困った。これは緊張する。王子様のシワひとつない制服と埃や傷ひとつない靴を視界に収めて縮こまる。目立たないように、いつものように。王子様のように素敵な人に変な人だと思われないよう普通を装いたい。装いたい、のに、難しい。
座っている今の状況だけでも結構苦しいのに、降りる駅が近付いてきている。ということは、立ち上がらないといけない。すみませんと言って彼の前に立って横を通り抜けなければならない。なんだこの人生最難関ミッションは。
いつもは遭遇すれば嬉しくウキウキ高鳴る鼓動は今は緊張と焦りでばくばくとうるさくなっていて余計に焦りが募る。アナウンスがなった。意を決して深呼吸をして立ち上がる。
「す、みません」
「いえ」
心地のいい耳障りの良い声が頭上から落ちてきて脳内を駆け巡って、思わず扉を跨ぐ時に躓いてしまった。王子様が見ていないことを祈る。
それにしてもはじめて聞いた声はとてつもなく良い声で、二文字しか発していないのに耳から離れない。ぐわんぐわんと頭を駆け巡る王子様の声に顔が熱くなるのをおさえきれずにいつもより早足で目的地へと向かった。声も、王子様みたいだった。
──────
ようやく耳に引っ付いていた声をどうにか消化できた頃、また王子様の足元が見えた。その制服が王子様だけだから当然といえばそうなんだけどなんだか下半身だけで特定していると言えば誤解を生じそうだ。今日も麗しい靴で、……とぼんやり見つめていれば隣に同じ制服を見つけて思わず顔を上げてしまった。ばち、と綺麗な青い瞳と目があって思わず会釈する。本当は反射的にそらしたかったけれど王子様にそんな無礼なことできない。
だけど挨拶した方が失礼だったのかもしれない。宝石のように綺麗な瞳が少しだけ真ん丸くなって今度こそ視線を俯かせてしまった。すみません王子様、驚かせてしまいました。
「どないしたん?」
俯いたままのわたしの耳に、ぞわ、と産毛が全て立ち上がってしまいそうなほど良い声の囁き声が聞こえて息が詰まる。この間の王子様とはまた違った方向でいい声の人だ。そしてあまり聞き馴染みのない関西の言葉に思わず耳をすませてしまう。
「いや、なんでもねえよ」
瞬間聞こえた声は王子様の声。良い声と良い声はひかれあうんだろうか。なんて変な思考になりながら、ああさっき見えた王子様と同じ制服の人か、と納得する。王子様との一方的なやりとりのおかげで顔は全く見られなかったけれど。
「それにしても跡部が電車乗ってるん珍しすぎてなんやわろてまうわ」
「俺だって電車くらい乗る」
あとべ。聞こえた単語はもしかして王子様の名前なんだろうか。なんだか名前まで素敵な気がしてきて、どんどん王子様に対する夢が大きくなってしまっている。
「俺もこっちから乗るん久々やねんけどな。昨日姉さんとこ行っててん。ほんまこないな偶然てあるもんやねんなぁ。驚いたわ」
「この方面は人がいねえからな」
「おったらファンが嗅ぎつけてぎょうさん来とるわ」
「ハッ、そうだな」
どうやら王子様はとてもモテるらしい。それはそうだ。だってこんなに綺麗でかっこいい人なんだもの。
そう考えて慌てて耳を意識的に閉ざす。聞かないように。聞かないように。人の会話を盗み聞くなんてそんなことしちゃだめだ。まして王子様相手に。王子様じゃなくてもやっちゃだめだけど。
ぐるぐると聞いちゃだめだ、と繰り返していればいつのまにかわたしの降りる駅だったようで慌てて立ち上がって降りた。
──────
ぼんやりと窓の景色を眺めていれば綺麗な金色が窓ガラスに反射して目を眇めた。瞬きをして窓越しにさっきのはなんだと見てみれば王子様の髪色が窓ガラスに反射したようで頬が緩んだ。すごいなあ、普段は何が反射しようと全く気にならないのに王子様がやることなすこと全て人の目をひいてしまうんだろうか。さすが王子様。
ぼんやりとそのまま外を眺めていればチラチラと映り込む金色の髪に、ぼんやりに集中できない。ぼんやりすることに集中も何もないのはわかっているけど。
ぱち、とガラス越しに目があった気がして、だけどそんなことはありえないからその奥にあるビルの山々に無理矢理思考をそらした。
今日もかっこいいですね、王子様。
そらせてない。内心頭を抱えながら綺麗な金髪がちらちらとガラス越しに視界に入って余計に気になってしまう。王子様と同じ学校の人は堂々とそのお顔を拝見できるんだろうな、羨ましい。なんて段々ストーカーじみてきた己の思考に申し訳なくなる。すみません。
「落としましたよ」
びく、と肩が揺れる。俯いてた視界に高級そうな靴がうつっていて、それが王子様のものだと気付いて勢いよく顔を上げた。王子様だ。王子様が、目の前に立って、しかもなんだかわたしに話しかけているらしい。慌てて状況を把握しようと差し出されたそれを見て、首を傾げた。
「あ、の……それ、わたしのものではないです……」
かわいらしい刺繍のついたハンカチが差し出されていて、綺麗な声で紡がれた言葉を思い返して言葉を絞り出す。事実なのだけどせっかくの親切心を無下にするような言葉を吐き出したことで声が震えてしまった。恐る恐る顔をあげれば端正な顔の一部、眉毛がぴくりと動いたかと思えば、ゆらりと揺らいだ綺麗な青色の瞳にわたしも戸惑う。
「……すみません、てっきり」
「いいえ、あの、ええと、わたし、駅員さんに届けておきますよ。あの、わたしの方が先におりますし、ええと、時間もあるので」
また、ぴくり。まるで人形のように綺麗にパーツが動くんだなあ、なんて感想を持ちながらいえばいつも堂々とした王子様の表情がわずかに歪んで口を噤む。庶民がでしゃばりすぎただろうか。いや、でも。
「……ですが」
「め、迷惑とか、そんなの全然思わないので、あの、大丈夫ですよ、本当に」
「……すみません」
「いえっそんな! 大丈夫です!」
申し訳なさそうにしている王子様の手から半ば強引に奪い取るなどという行為をしてしまい心臓が止まってしまうんだろうかというほどの緊張に泣きそうになる。
そして降りてから気付いた。わたしはとんでもない失言をしてしまったのでは?
わたしの方が先に降りる、そんなこと、いつも王子様を見ていなければ気付けないことを。……気持ち悪いストーカーだと思われていないといいのだけど。
2019/10/04